11:挑戦
「…王子、何作ってるんです…?」
カルナがクラウンを探してると、ある部屋に辿り着いた。
真っ黒の扉に、開けてみればまた真っ黒な部屋。
一体何を作ってるんだ、この人は。
不審に思いながら、部屋に入ると、一番奥に置いてある鳥籠のあたりで、鼻歌を歌いながらクラウンが作業をしていた。
「ん…?あぁ、カルナ。見れば分かるだろ、ローゼンの部屋だ」
床を見れば、『監禁企画書』と書いてある紙が散らばっていた。
「それはまた…どうしてです?」
「不安なんだ。…ローゼンは、多くの人を虜にする。そんなの、婚約者がいるのに、必要ないことだろ?だからさ。自由を奪うんだ」
「きっと、彼女は嫌がるでしょうね」
「無理にでも入れるさ」
クラウンはそう言うと、振り返り、鍵の束を見せた。
それは似たような鍵がいくつも連なっていて…。
自身以外、誰も入れないようにする、というのがはっきりと分かった。
あまりにも歪んだ感情に、カルナは危険だと察し、部屋を出た。
今から鍛錬もあるし、どちらにせよ、長居はできないからだ。
ギギ、と不快な音を立てながら閉まる扉に、心底嫌気が差した。
「…なんてね。馬鹿だな!この帝国の人間は…!」
俺が、"不安"だって━?
どこにも不安なんてない。
ただ、彼女をここに取っておきたいだけ…!
愛ってそういうものなんだろ?
「それで…最後には、ローゼンを…俺が…!」
"タベル"んだ、すべて、何もかも。
彼女が愛しくて堪らない、俺を理解しようとしてるローゼンが!
俺を、受け入れようとしてくれる、ローゼン、が。
「ねぇ、ローゼン。俺を受け入れて…」
恍惚とした赤い瞳だけが、怪しく輝いていた。
今はまだ、この俺は秘密。
♦♦♦
「よし、起きれた!」
ローゼンは大きく伸びをすると、勢い良くベッドから起き上がる。
鳥の囀りだけが聞こえる早朝。
ローゼンには、ある目的があった。
昨日のパーティは、グレイに直接言いたいことを言って、それで注目を集めてしまったため、恥ずかしくなって退出したローゼン。
そのまま眠りについた、のだが、ローゼンには、一つの目標が芽生えていた。
「…みんな、いる。行ってみよう」
変われない、じゃない。
変わらなくちゃ、いけないのだ。
窓の外に見える、ある場所へ。
ローゼンは、またクラウンの所から引っ張り出してきた服を身につけ、部屋を後にした。
騎士団の訓練のために設けられた、広いコロシアムのような場所は、どこまでも広がる草原に囲まれ、天井だけが丸く切り取られた、ドームのような形をしていた。
銀色の外装は、朝日に照らされ、キラキラと反射している。
「総員、点呼!」
ざわざわとしていた空気が一変し、さっぱりとした朝に丁度いい緊張感が漂う。
騎士団長、カルナの声だ。
その声を合図に、騎士たちはそれぞれ決められた組に別れ整列し、点呼を取る。
いつもどおり、朝の鍛錬が始まる。
はずであった。
「あのっ…!」
「集合!…各自、体を慣らしたらすぐに演習を実践する。今日は自分より二つ上の位の者と戦闘演習するように。以上!」
「あの、カルナ!」
騎士たちがカルナの言葉で去っていく中、相手にされずに不機嫌になっていたのは、クラウンの服に見を包んだローゼンだった。
「……姫様には危険ですので、どうぞ、城の中へ」
「…カルナ。聞いてくれるかな。私、あれから考えてみたよ、きちんと。自分のことと、私の周りで起こってることについて」
「…」
「私は今まで剣を持ったことも、人を殺したこともなくて。それが無いのが当たり前だと思ってた。…でも、ここじゃ、違うんだよね」
「ああ…」
「クラウンさんにも、言われたの。…"勘違い"って。守ってもらえることも、戦わなくていいことも、全部私の思い違いだった…って、ことなんだよね。だから、私、この世界の人になりたい…!」
「…どうして?」
「戻れないなら…せっかくなら、この世界で生きたいと思って。…━失礼な態度取って、本当にごめんなさい!私、もう一度、カルナと話したい。カルナに、剣術を教えてもらいたい…!」
精一杯の思いを込めて、頭を下げた。
伝わるか分からない不安に、どういう顔をされているかの不安。
不安が重なって、まるで数十秒が、何分というような、長い長い字間を過ごしているように思える。
「オレも悪かった、ローゼン」
そう言って、頭に置かれたのは、暖かく優しいカルナの手だった。
「……早朝の鍛錬は、5:30から。オレの昔の騎士団服で良ければ貸すよ」
「!…いい、の?私も、一緒に鍛錬に、混ざって…」
「入りたいんだろ?だったら、入ればいい」
カルナがそっぽを向く。
ローゼンはその態度に、もしかしたらまだ許してくれてないのでは、と俯いた。
たしかに、カルナと鍛錬ができるなら、とても嬉しい。
でも…。
「ごめんな、ローゼン。オレさ、こういった経験、無かったんだ」
「…カルナ?」
「今まで、騎士団でもなんでも、誰かが死んだら、"そいつの力が無いから"としか思わなかった」
カルナは話しながらコロシアムの端の芝生に腰を下ろす。
それに続いて、ローゼンもカルナの隣に座った。
コロシアムの中心では、騎士同士の戦いが行われていた。
金属がぶつかる音も、歓声も、騎士たちの顔はみな、輝いていた。
「でもさ、ローゼンが来て、話して、…初めて同性と親しくなって。最初は、嫌われるんじゃねぇかって、不安になってた」
「どうして…?私、カルナが助けてくれて、話してくれて、とても嬉しかったんだよ」
「…この国の女の子たちは、皆綺麗な言葉遣いで、綺麗なドレスを着て…。それが、"標準"なんだ。……それに、オレは貴族出身じゃないだろ?だから、余計に異端視されてた…。ローゼンも、きっと最初だけなんだろうなって」
悲しそうに、カルナは笑った。
カルナがこんなにも悩んでいたことに、気づくことができなかったのか、とローゼンも黙るしかできなかった。
「でも、ローゼンはオレの話をしても、オレを友人だと言ってくれた。毎日、優しく話しかけてくれた。…だから、ローゼンがアイツの……ナナカの魔法にかけられて、記憶を失った時は、本当に気が気でなかった。」
グッと、カルナは拳を握りしめる。
ローゼンはその時改めて気づいた。
カルナが、どれほどまでに自分の存在を喜んでくれていたのか。
そして、自分と友達になったことが、どれだけ嬉しいことだったのかを。
それほどまでに、カルナは、"ローゼン"という人物を、大切に思っていてくれたのだ、と…━。
不思議と、ローゼンの瞳からは涙が一粒零れ落ちた。
「………ローゼン、友達に今までのことを忘れられてしまうって、本当に苦しいんだな。…だから、オレはローゼンがもう一度、ナナカに会いたいって言ったときは、怒れちまった。…はじめて、失うことが怖くなったし、その時はじめて、オレさ、友達と喧嘩したんだ」
言葉とは裏腹に、カルナは照れくさそうに、嬉しそうに
笑った。
カルナの表情を見て、ローゼンも涙を流しながら微笑んでいた。
「…私も、誰かに、こんなにも怒られたの、初めてだった。こんなに悲しかったのも。…もう、嫌だけどね」
「たしかに、な。もういいよな、こんな思いするの。…これからも、一緒にいてくれよ、ローゼン」
「…うん。わがままかもしれないけど、私、ナナカも入れて、そう言えたら……いつか、そう言えたらいいなって思ってる」
「………ああ。アイツ、すごく悲しそうな顔をしてたんだ。ローゼンの魔法を解かせた時…。理由が分かれば、きっと、な」
けど、行くのはお前が一人前に戦えるようになってからな、っとカルナは意地悪く笑いながら、ローゼンの髪をクシャクシャと撫でた。
良かった。また、笑える。
二人は安堵の涙を零して、抱き合った。
同時に、鍛錬の終了を知らせる鐘が青空に、鳴り響いた。
♦♦♦
「ローゼン様」
ローゼンと、カルナが汗を流し終え、着替えて朝食を取ろうと広間に向かおうとしている途中だった。
爽やかな青年の声がして、呼び止められた。
「はい!……あ、この前の…!」
ローゼンの後ろに立っていたのは、この前のパーティで自分の斜め後ろで護衛をしてくれていた、騎士だった。
「団長、すみません。今日も鍛錬に出られなくて」
「気にしないでくれ。…ところでセイン、何か用だったのか?」
セイン、と呼ばれた青年は、困ったように眉を下げ、そして口を開いた。
「先日の婚約発表の場で、こちらのローゼン様の護衛をさせていただいたのですが、挨拶すらまともにしていなくて。…せめて、お名前だけでも、と思ったまでです」
そう言って、微笑みながらローゼンを見る。
そのセインの表情を見て、ローゼンはすぐさま顔を赤く染めた。
それを、つまらなさそうに見ているカルナ。
「…はじめまして、ですね。私はセラフィア帝国の騎士団副団長をしています、セイン=ガーディアルといいます。セイン、とお呼びください」
「…あ、は、はいっ…!その、ローゼン、です。よろしくお願いします…!」
「それと、私本日から、日々のローゼン様の護衛も任されておりまして。…もしも、城を出ることがありましたら、私をお呼びください。…お守りしますから。」
セインとの握手、そして軽い抱擁に、ローゼンの頭はパンク寸前だった。
これはこれは…、と妖艶に微笑みながら、セインはローゼンを離す。
「そんなの…よくあの王子が許したな」
「それは、私も聞いた時に驚きました。…最近、帝都では誘拐が多発しているそうでして…。王子もそちらの処理に付きっきりだそうです」
「…誘拐、ねえ。…人間ばかりが拐われ、実験にされてた過去の事件も、たしか魔女ハリオルベルタと魔術師イグニスの仕業だっただろ?……まさか、な」
カルナは魔女の森を、窓から眺める。
ナナカの研究室は、あの日から、光が見えることはなかった。
ローゼンは、それはない、と口を開きかけて、何も発することなく閉じた。
ナナカがやってない、と信じたいが、その証拠がどこにもないからだ。
どこで何をしているのかさえ、何もわからない。
三人の間には、重い空気が流れた。
そして、ローゼンは一つのことを閃いた。
「…私、帝都に行きたいです。お二人と。」
犯人が分からないなら、確かめればいい。
ローゼンの言葉にまた頭を悩ませるカルナと、ローゼンの勇姿と決断にキラキラと瞳を輝かせるセインがいた。