第三十話 ゴールデンウィーク、最終日ですぞ!
ゴールデンウィーク最終日ということもあってか、大蛇プラザの混雑具合は、初日の比では無かった。
見渡す限り、人の海。
どうやら、屋上のライブ会場でも、何かしらのイベントがやるらしい。
雹吾は、ルナが人混みに飲まれてはぐれないよう、右手でルナの左手を握りしめていた。
「ルナちゃん、だいじょうぶ?」
「な、なんとか……。
すごい人だね」
怪力のルナがその気になれば、人混みなど簡単に掻き分けることができるのだが、当然のように、怪我人が大量発生してしまう。
ルナは全身の力をセーブしつつ、でも雹吾の手は離さないように、ずいぶんと器用に力を抑えていた。
「雹吾君ー! ま、待ってー!」
いつの間にか人波に流されていた虚子が、なんとか追いかけて来る。
「虚子、掴まって」
「あ、ありがと!」
雹吾の左腕にしがみつく、虚子。
腕に虚子の胸が当たり、身体の奥が一気に熱くなった。
ふと気づけば、両手に花。
レッド人同士では珍しくはないのだが、見た目がブルー人の雹吾とルナが混ざっていると、傍から見ればずいぶんと奇妙な三人である。
体力を消耗してしまったが、ようやく目的地に辿り着いた三人。
鍛冶ギルドの大蛇プラザ出張所。
今日は、和男の新武器である、魔封鋼の棍棒の完成品を取りに来たのだ。
郵送でもよかったのだが、せっかくのゴールデンウィークだ。
この事を理由に、遊びにも来たかった。
雹吾は、辺りを見回す。
今日の主役が、見当たらない。
すると人混みの中から、荒い息を吐きながら、緑色の筋肉質の、七三分けに眼鏡をかけた、オタクのオークが現れた。
そう、彼こそが、今日の主役。
毘沙門天 和男。
「い、いやあ、すごい人ですなぁ。
ゴールデンウィークの初日とは、比べ物になりませんぞ」
額の汗を腕でぬぐう和男。
彼は、胴体のド真ん中に「かずを」と筆文字で書かれた、白いTシャツを着ていた。
連休の少し前の、美術の授業で作成した、手作りシャツである。
そして、その和男の筋肉質の胴体の後ろから、ひょっこりと顔を出す、小柄な女性。
緑色の長い髪の毛の、錬金術の教師。
アルラウネの、森 芽衣子。
森先生は、この場の誰よりも疲労困憊であった。
「ひ、人がいっぱいすぎて……」
森先生は、普段は引きこもりがちの生活を送っているため、他のメンバーよりも、人混みに弱い。
そもそも、この一年三組とは、そんなに接点が多いというわけでもない。
だというのに、今日はなぜか、引率の教師を、自分から買って出たらしい。
職員室にいた傾国先生も、首を傾げていた。
「森先生、だいじょうぶでござるか?」
「ちょ、ちょっとタイム!
毘沙門天君、手、掴まってていいかな?
迷子になっちゃうから……」
「もちろんですとも」
和男が森芽衣子の手を握る。
そして、ヘイムダルたちや黒野が、するりと、何事も無かったかのように人混みから抜け出してきた。
雹吾たちは、ただ歩くことすら困難だったのに。
やはり、日ごろから鍛えている人間は、身体の動かし方が違うのだろうか。
鍛冶ギルドにやってきたのは、このメンバーだけである。
今、他の生徒たちは、大蛇プラザの中の他の場所を、自由に見て回っているはず。
雹吾が、和男を連れてカウンターまでやって来た。
「すみません、オーダーしていた神野ですが」
「ああ、神野様。
お待ちしておりました。
出来上がっておりますよ」
鍛冶ギルドの職員が、カウンターの奥の棚から、包装紙で丁寧にラッピングされた、スリムな棍棒を持ってくる。
和男が、職員に告げた。
「その棍棒、このまま持って行きますので、包装は取って貰えますかな?」
「はい、かしこまりました」
職員が包装紙を鋏で切り、中に入っていた黒鉄の細い棍棒を抜いた。
「重いですので、お気を付けください」
「かたじけない」
和男は棍棒を受け取ると、背中に装着していた鞘に、棍棒をしまう。
棍棒の鞘は、あらかじめサイズを調整しておいたため、ずいぶんとスリムになった棍棒にも、ぴったりと合う。
和男は、棍棒を背負い、みんなに見せびらかした。
「いかがですかな?」
雹吾たちは、手離しに賞賛する。
「おお、いいね!」
「なんか、一味違う和男君って感じ」
「これで、敵を妖術ごと殴り飛ばせるんだよね?
戦闘力が、ぐっと上がったね!」
戦いとは、テクノロジーの歴史でもある。
素手よりも弓矢が強く。
弓矢よりも銃が強く。
銃よりもミサイルが強い。
最先端技術の武器を持つという事は、イコール強くなるということなのだ。
さすがに値段は張るが、それに見合った価値はある。
五十万円という価格に恐縮していた和男すらも、実際に棍棒が手に入った今、悪い気はしない。
虚子が、ぽつりと呟いた。
「ねえ、今更だけどさ、妖術と魔法って、何が違うの?」
「同じだよ。異世界ごとによって、呼び方が違うだけ」
ブルーやグリーンでは妖術と呼び。
レッドやイエローでは、魔法や魔術と呼んでいる。
根本的には同じ技術を指す。
その時ルナが、カウンターの上に置いてあった、鍛冶師用の分厚い手袋を見つけて、店員に尋ねた。
「私、妖術で筋力を増加させるタイプなんですけど、あの手袋着けたら、魔封鋼持っても大丈夫だったりします?」
「多少はマシになりますが、その程度だと思いますよ。
持ってみますか?」
ルナは、分厚い革手袋を着けて、試しに一番軽い、魔封鋼の棒を持ってみた。
「あ、やだやだ! なんか、力が抜けてく!」
まるで、手に持った金属に、力を吸い取られていくような錯覚。
普段ならば起きることが無い脱力感に驚き、ルナは、すぐに魔封鋼の棒を離してしまった。
けたたましい音を立てて、床に転がり落ちる鋼の棒。
ルナは店員に謝罪する。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いえ、お気になさらず」
ドワーフの店員は、にこやかに金属の棒を拾い上げた。
ルナは、期待外れといった表情。
「あーあ。手袋とか鞘とか着ければ、魔封鋼の武器、私でも使えるかなって思ったんだけどな~」
「対魔法効果が、思った以上に強いね、これ」
今までは、魔法を使わない者は、どうしたって魔法使いにはなかなか勝てなかった。
なにせ、火を噴いたり、相手を石化させたり、雹吾に至っては肉体が不定形にすらなるのだ。
だが、魔封鋼の登場により、この立ち位置は逆転するのではないだろうか。
今の和男は、炎を蹴散らし、結界を破壊し、石化の視線を押し退け、雨雲の肉体をも打ち砕く。
魔封鋼は、まさに革命と言ったところだろう。
開発したセネガル重工の株は、連日ストップ高だ。
無事に目的の品を手に入れられた、雹吾一同。
今度はどこにいこうかと、人で溢れ返っている廊下を見ると、人混みの中から、にょろりと突き出ている首があった。
轆轤首の工藤君だ。
工藤君の頭の上には、姑獲鳥の夏美が座っていた。
たしか、姑獲鳥やハーピーなどの、飛行系人種の平均体重は二十キログラム前後と聞いた事がある。
空を飛べる代わりに、肉体は脆いのだ。
これは人間に限った話ではなく、鳥やコウモリなどの、空を飛ぶ生き物全般に言えることだが。
工藤君は、頭に夏美を乗せたまま、エスカレーターを登って行った。
大蛇プラザは、トロルなどの巨躯の人種も多く訪れるため、一階ごとの天井がものすごく高い。
そのため夏美は、工藤君の頭上に乗ったままでも、天井にぶつからずに済むのだ。
ルナが、夏美たちを見て、驚く。
「夏美ちゃんと工藤君、いつの間に……!」
そしてなぜか焦る虚子。
「わ、私だって、早く雹吾君と……」
森先生が、パンフレットを広げる。
確か、今日は屋上のライブ会場で、何かのイベントがやっていたはず。
「あ、今から屋上で、ロックバンド『ワイルド・ワイルド・スーパーワイルド』のライブだって」




