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第7話 告白

「のんびりするのも、大概にしてほしいですわ、全く」


 逆光で見えない影だが、この言い方は間違いなく……


「イザ、ベラ……イザベラだよな!」

「そうですが、ラインハルト様?」


 冷たい声が懐かしく感じるほど!

 あまりの安心感に、思わず泣きそうになる。


 ライトが頭上に動いた。

 光の球だ。


 ズボン姿のクールなイザベラに驚くが、彼女の後ろには馬と、多少の荷物が見える。


「イザベラ、どこか行く途中だったの……?」

「これは、ラインハルト様が見つからなかったときに、野宿をしようと……」


 イザベラは光の球を手元に戻し、俯いたまま言う。

 あまりの大ごとに、オレは首をすぼめた。


「……大変……申し訳、ありません……でした……」


 がっくりと項垂れたオレにイザベラが小さく笑う。


「……ご無事で安心しました」


 本当に小さな小さな声で、そう言った。

 心の底から心配してくれていたんだ……!


 バカ王子!

 なんでこの子の優しさ、わかんねーんだよ!

 ボケ!!!!


 くるりと踵を返すと、


「朝までここで過ごされる気で?」


 歩き出したイザベラに、オレは今しかないと、手を取った。


「あの、その!」


 振り返ったイザベラは、仄かな灯りに揺れて、美しい。

 その美貌に飲まれないように、オレは下を向く。


「オレは、イザベラと、一緒にいたいんだ。……けど!」


 顔を上げたが、イザベラの表情はわからない。

 前を向いているせいで、顔が見えない。


「けど、さ、イザベラが、なにか新しいことを始めるのなら、オレ、応援したいんだ。……もう、考えてるんだろ?」


 これは、この世界は、イザベラの物語だ。

 イザベラがオレを含め、みんなを見返すための、爽快な物語のはずだから。

 だから、オレのこの気持ちは、成就しないって、……知ってる。


 イザベラは振り返らずにオレに言った。


「……何もかも、お見通しですのね」


 いや、そんなことはない。

 が、オレは、そうだ。と言う顔をしてみる。


「ええ。わたくし、吟遊詩人(ミンネゼンガー)になりたくって」

「……みんねぜんがー? 戦隊モノ、ですか?」


 イザベラは薄明かりのなか、眉をひそめたが、そのまま話を続けてくれた。


「……恋愛の歌を歌いながら、諸国を旅するって、素敵じゃなくって? ただ、わたくし、楽器が苦手で……まずはそこからかしら」

「じゃあ、オレ、ギター弾くよ。イザベラのために、ギター弾く! いい奏者が見つかったら、捨ててくれていいから!」


 言い切ったオレに、イザベラが笑いだした。


「何を仰ってるの、王子。あなたは国を背負う人。わたくしといっしょにだなんて……片腹痛いですわ」


 嘲笑だ。

 何を馬鹿げたことを、って笑われるなんて。

 こんなことになるなら、王族なんて捨てるのに……


 いや、捨ててしまおう。


 オレはそっと手を離す。

 見えない森の奥へと爪先を向けた。


「……オレ、帰らないわ」

「なに、おっしゃって……」

「このまま帰っても、イザベラと一緒になれないし、国も、背負いたくない……」


 肩がつかまれたと同時だった。

 頬が痛い。

 殴られた。平手で殴られた。


 さすがに倒れはしなかったけど、痛い!!!

 姉貴にしか殴られたことないのに!!!


「もっと責任をお持ちになって下さいませ。だらしがない!」


 帰りますよ。手首が力強く握られる。

 引っ張られるが、オレの足は進まない。

 いや、進めない。


 だが、オレはどうしても嫌だった。

 嫌すぎる!!!


「……なんでだよ……なんなんだよ! この世界でもいいよーに使われて、捨てられんのかよ! オレだって、イザベラみたいに選びたい! オレの人生、オレが選んじゃダメなのかよ……! ヤダよ! オレだって、イザベラと歌をうたって、色んな国、見てみてーよ!!!」


 情けないけど、オレは泣いてた。

 もう、帰ったら負けだと思った。

 このまま野垂れ死にした方がマシだ。


 何もかも奪われて選べない人生しかないんだって、神様に言われた気分になってくる。

 イザベラが好きな気持ちと、イザベラが羨ましい気持ちが、オレのなかでグルグルと渦を巻いてる。


 動きたくなくて、膝を抱えて座り込んだオレに、イザベラは何も言わない。


 そりゃそうだ。

 こんな軟弱な王子なんてキモいだけだし……


「……国を、追放されますわよ?」


 イザベラが光を消した。

 膝を握るオレの手を、イザベラがぎゅっと握る。


「もう二度と、この地は踏めませんことよ……?」


 ぐちょぐちょの顔を上げると、イザベラがたち膝でオレを見ている。

 月明かりに浮かぶイザベラの目が、サファイヤのように光った。


 オレは鼻をすすらず、言い切った。


「……構わない。イザベラといっしょなら、構わない」


 イザベラは小さく頷くと、素早く立ち上がり、オレの腕を持ち上げる。

 ヨタつきながら立ったオレの上着の襟を握る。


「上着を脱いでくださる?」

「え? 寒い……!」


 追い剥ぎのように脱がされ、馬の荷物からオレに投げ渡されたのは、黒いローブだ。

 モゾモゾとローブを着る間に、渡したジャケットがナイフで軽く切り裂かれ、地面に踏みつけられる。


「え? 恨んでる? え?」

「これで魔獣に襲われたと思うかと……」

「なるほど! ……って、やっぱりいるんだ、魔獣みたいの!? え? 大丈夫!?」

「魔獣避けの香を持っておりますわ」


 逆に言えば、オレ、生きてるの、奇跡じゃね?

 この世界、怖いんですけど!!!


 ローブを着込んだオレを見てから、イザベラはなにかモジモジしはじめた。

 だが、息を大きく吸って吐くと、キッとオレを睨む。


「……全く。ラインハルト様、本当にだらしがないので、わたくしが駆け落ちして差し上げます!」


 今、なんと……?

 今、なんと!?


「さ、ラインハルト様、……いえ、今日からハルトといたしましょう。わたくしのことは、そのままイザベラとお呼びになってくださる?」


 月明かりの下でもわかる。

 真っ赤な顔で彼女は言うと、馬の綱を引く。

 馬だとばかり思っていたが、黒い毛のユニコーンだ。


「このままこの森をぬけ、隣国へ入りましょう。夜通し走れば大丈夫ですわ。……さ、後ろに」


 言われるがまま、イザベラの後ろにまたがり、腰に手を回すが、細い腰! 腰、細い!


「……わたくしがハルトのこと、絶対、幸せにしますから、安心なさって」


 ちょっと待って。

 これって、これって……


 オレがイザベラに溺愛される話になってね!?





 ──そう、この本の正式タイトルは、


『悪役令嬢イザベラは溺愛されないのなら、王子といっしょに、追放されてさしあげます~わたくしが溺愛すれば同じことですわ!~』


 ……なのだ。


 『王子といっしょに』の部分が、吹き出しとなったタイトルなのだ。

 依頼した姉は吹き出しまでは書かなかったし、さらには、書店員も吹き出しの部分がなくても、わかったのもある。


 勘違いしたタイトルのまま、ハルトはイザベラに一目惚れ、そして溺愛しようと思ったわけだが、実は小説のストーリー自体が、王子は現代からの転生者で、さらに元からさらわれる(駆け落ち)することは決定済み。もちろん、ギターの趣味も同じ!


 ──これは、すでにイザベラと、ハルトの物語、だったのだ!


 本の神様の粋な計らいで、ハルトの第二の人生が始まった。

 だが、まだまだ試練は続いていく。

 なぜならまだ、悪役令嬢イザベラの物語は、始まったばかりなのだから。

全7話 完結しました!

1万文字の連載・短編、いかがでしたでしょうか?

ぜひ、気に入っていただけたら「いいね」、いただけますと、励みになります!

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