勘違い?verガーリン
あれから、何度も彼女と一緒に昼食をとった。
しかも、彼女手作りの昼食付だ。これはもう、実質お付き合いが始まっているといっても過言ではないはず。
一度だけ、料理長が作ったというものを持ってきてくれたが、やはり彼女の作ったものが一番うまい。
昼休憩後の授業を受けない日が増えてしまったが、ガーリンは問題ない。
すでに卒業準備に入っているし、授業はほぼ復習だ。ガーリンは復習が必要な頭はしていない。
しかし、彼女はと言えば……。
「私にとって必要な科目は受講しています」
にっこり笑って、堂々とさぼり発言をする。
真面目だと聞いていたが、それは授業態度のことだったようだ。
仕事と勉学があり、いつどれを受講して、いつ仕事をしているかは自分の裁量にまかされているようだ。仕事は一定量必ずあるので、それが終われば比較的自由なのだと思う。
合理的な考え方は好きだ。彼女と話せば話すほど惹かれていくのが分かる。
しかし、近づいても名前を呼び掛けても、全くいい反応が返ってこないというのが残念だ。
触れても大丈夫だろうかと手を握ってみたが、困ったように笑われただけだった。
そんなに魅力がないだろうか。ガーリンのもつ財力を教えれば興味を持ってもらえるだろうか。
……いや、逆に引かれそうだ。
だったら、今度はガーリンが街中で美味しいと評判の菓子などプレゼントしてみようか。
などと考えながら中庭に行くと、そこにいつもちょこんと座っている彼女の姿が無い。
今日はいつもより遅いのか?
教室等の方へ視線を向けると、彼女の後姿が目に入った。
同時に、三人の男の姿も。
――勝手に話しかけるな。
イラッとして、しかし次の行動を躊躇する。
このまま彼女のところに行けば、あそこにいる貴族の坊にもにこやかに接さないといけない。嫌だ。
どうしようかとおもっていると――
突然、ノエルが男に押されて後ろに倒れ込む。
一瞬にして頭に血が上って、走った。なぜすぐに向かわなかった。すぐに彼女の傍に居れば、彼女を抱きとめることだってできたのに!
「エクスィアート様っ……!?」
男の方が自分の名前を呼んだ。それには返事をせずに、彼女の傍らに膝をついた。
痛そうにしているので、抱き上げたいと思ったが、彼女の表情を見るに、全力で拒否されそうだ。
少しでも痛そうなそぶりをみせたら問答無用で抱き上げようと、そのままの姿勢で待っていると、男の方がガーリンに訴えてくる。
しかも、内容があほらしい。
ノエルの成績が優秀なことを妬んでいるだけだ。有り得ない点数を取ったなどと叫んでいるが、算術であれば、彼女が満点を取ったとしても教師陣は驚かないだろう。
どう諌めようか言葉を探している間に、ノエルは自分で反論をしてしまう。
その態度に激昂して、男が手をあげる――って、馬鹿か!
ガーリンはついた膝を軸にして、もう片方の足を蹴りあげた。
人を蹴り飛ばしたのは初めてだが、思ったよりも軽かった。
残りの二人も驚いた顔でガーリンを見てくるが、知ったこっちゃない。好きな女に手をあげられそうになって呑気に見てる男がどこにいる。
「女性に手をあげるとは何事だ」
自分でも思った以上に低い声が出た。怒っていることをアピールしたというのに、
「……女性?」
ガーリンに周りにいる四人から同じ呟きが漏れた。ガーリンが求めたのはそこに疑問を持ってほしかったわけではない。ノエルまで不思議そうに言うってどういうことだ。
「どこからどう見ても男ですよ!」
失敬にもノエルを指さすその指を全部折ってやりたい。
「お前たちは男を見たことが無いのか。こんなに愛らしい男がいるはずがないだろう」
目をむく男の表情の片隅に、真っ赤になるノエルの表情を見た。
男らは、本気でノエルを男だと思っていたようで、女性だと分かるとそれ以上突っ込めないのか、早々に退散していった。
振り返ると、こちらも退散しようとしていた。
「どこへ行く」
「ひええぇぇっ!」
腕を掴んで悲鳴をあげられたことに傷ついたことは内緒にする。
どこかに行こうとする彼女を引きずっていつものベンチに座る。
彼女が抱えているのはパンのはずだ。だから、ここに座るのはいつものことだというのに、どうにも緊張しているようで真っ赤な顔で俯いてしまっている。
「ノエル」
「ひえっ!」
また悲鳴をあげられた。しかも、名前で呼び合う仲になったはずなのに、家名で呼ばれた。
そんなにひどいことをしたか?助けたつもりでいたのだが。
不機嫌なガーリンの視線を避けるように俯いて、彼女はとんでもないことを言う。
「いつから、私を女性だと認識していらっしゃったのでしょうか」
もう、ショックを受けるのか怒りを覚えるのか、複雑な感情が湧き上がってくる。
ノエルがガーリンを意識していないのは、同性だと思っていると思われていたということか。
最初から女性だと分かっていたと伝えれば、彼女は瞳が涙で潤むほど真っ赤になった。
その表情を見た途端、イライラした感情が吹き飛んで行った。
――そうだ。この反応。
「ノエル?」
低く囁くように呼べば、彼女はガーリンを見つめたまま動かなくなる。
そう、この反応が欲しかった。
ここから、少しずつ慣らしていくのだ。
ガーリンはようやくスタート位置に立てたことを知る。
あとは、捕まえるだけ。
ガーリンはしっかりと舌なめずりをして微笑んだ。