課外14:コーカサス大森林攻略 (1)
アルテミス召集。
さあ、2回目のお仕事を始めよう。
顔パスで、ギルド地下のバーに案内された私たち4人。
ギルコさんの笑顔は今日も眩しくて、リェルさんは今日も無表情だ。
前回と同じ席で、ジークンさんから手渡された依頼書に目を通している。
コーヒーを飲みながら。
「なるほど。
レフィリア教授に相談した結果・・・。
まあ、つまり、金が要る、と」
「端的に言うと、そうですね。
なので、仕事内容は採取に絞る必要は、特になくなりました。
なんでもやります。
黒い仕事でなければ」
「レフィリア教授には、どんな印象を持たれましたか?」
「ギルコさんが表現した通り。
『歩く宝物庫』と『守銭奴の元締め』を足して2で割ったような人でした。
でも、『詐欺師』ではありませんでした。
商品に正当な価格を付ける、優秀な商人、だと思います」
「物の価値を見抜く能力に秀でているの」
「冒険者ギルドと商人ギルドは、『オトモダチ』というわけではありませんの。
数回、目から電撃を放ちあった仲ではありますが。
でも、商人ギルドの構成員がギルドに依頼を行うことは多々ありますので。
クライアント様であるからして、無礼の無いように計らっておりますわ」
「『山頂の洞窟から、ラヴィ鉱石を採取してこい』、とかね」
シンセが嘲笑を浮かべ、ギルコさんに向けて言う。
ギルコさんの表情は、変わらず、ほほえみ。
「非常に質の良い素材であったと、賞賛していらっしゃいましたよ」
「その言葉は、すでに本人から、かけてもらったの」
『世間は狭い』という世間話をしながら、依頼を比較していく。
今回は、次講義まで間隔があくため、最大1週間、仕事に集中できる。
故に、『遠征』を条件に絞り込みを行う、という前提条件を共有している。
「北東の岩山地帯、北西の雪原地帯、東方のハーパー方面、南方の森林地帯、南西の砂漠地帯、西方なら海上のお仕事ですね」
「海と雪原は却下だよ。
アクシデントで仕事が長引く可能性が高い」
「ハーパー方面の仕事は簡易的なものが多く、報酬が少ないね」
「残ったのは、岩山、森林、砂漠。
砂漠かー」
「砂漠には複数の遺跡が存在し、そこで希少な素材を入手できます。
報酬の観点からすると、最有力です。
しかし、遺跡まではちょっと遠いのですよね。
砂漠の入り口までなら、1週間あれば余裕で往復できますけど」
「遺跡探してて、迷子になっちゃうのが、一番怖いの」
「道無き道を進むことになりますからね」
「岩山はこの前行ったし、森林にしようかなぁ」
「ここはリーダーが、男らしく決めろ、なの」
「あたし、女だけど」
「南の森林地帯は、植物素材の宝庫です。
また、洞窟も多く、その中では、優良な鉱石が採取できることも多い。
酩酊の森のように、常時、瘴気にまみれていることもない。
問題は1点のみ、ですわね」
「それは?」
「魔物が強い、のですわ。
東方、ハーパーへ向かう際に通る森は、魔物との遭遇率が非常に低いです。
一方、南方の森、『コーカサス大森林』は、爬虫類系、哺乳類系の魔物がひしめく場所です。
さらに、洞窟内の魔物はさらに危険度が高くなります。
道も複雑に分岐しているため、注意が必要ですわ」
「なるほど。
じゃあ、ここにします。
それだけ、報酬も高い訳ですし。
砂漠や雪原攻略に向けた前哨戦、という位置付けで。
以上。
リーダー、エレナの提案でした」
「異議なし」
「もう1点、提案があります」
「何でしょうか?」
「リェルさん、また貸して貰えませんか?」
*****
【** シンセ視点 **】
ここからは、アタシ、シンセ・サイザーの実況でお送りします。
先日の法陣魔術の講義を執り行った地点。
旅人の大樹から南下する、全く同じルート。
そして、さらに南下を続け。
見えてきたのは、目的地、コーカサス大森林、その入り口。
メンバーは5人。
リーダーエレナ、ノム、レイナ嬢、私。
そして、強制連行されたリェル嬢。
このリェル嬢が、5人の中では一番年上、なように思うが、エレノムの1つ2つ上程度かなと予想している。
しかし、魔術的な実力は、エレノムの方が上。
私がエレノムに出会ったのは、東世界の入り口の街、私の故郷でもある『ミュウリィ』。
いろんな冒険者パーティーにお邪魔するのが、まあ、趣味みたいなものである私は、何の疑問も持たずに、女の子3人パーティーを結成して、東を目指し旅をした。
そして、すぐに思い知る。
コイツら、『マジでバケモノだ』と。
そんな、バケモノの娘に、少しでも追いつきたいという気持ちが、徐々に育まれ、その感情が私に海を越える選択を取らせた。
その先、クレセンティアという地で思い知ることになる。
エレノムでさえ、世界的に見えれば、見上げる立場、であると。
アルテミス決起会の席で、私はレイナにほっぺたをつねられた。
魔術師は相手魔術師に接近、接触すると、相手の実力を読み取ることが容易になってくる。
故に、思った。
嗚呼。
コイツも、『マジでバケモノだ』と。
しかし、仲間がバケモノであれば、それだけ学ぶことも多い。
密かな野望を内に秘め。
盗めるワザは、全部盗む。
そして、リェル嬢。
冷静沈着で絡繰ドールのような仕事人だが、戦闘時はスイッチが入り、攻めに転じるように感じる。
このリェル嬢と私の実力は、ほぼ同程度だと予測している。
ちょうどよいライバル、ということにしておこう。
そのリェル嬢は、浮かない表情で、ため息を漏らした。
「はあ、また、森ですか・・・」
「今度の森は、空気が美味しいから、大丈夫だよ」
「でも、こっちの森の方が高いですよ。
エンカウントレートが」
「リーダー、エレナが命じます。
リェルさん、先頭。
リェルさん、耳がいいから。
魔法を使わない魔物も、察知してくれそうだし」
「ノムレーダーの方が、数段優秀ですよ」
「私はカエルから身を守る必要があるから、忙しいの」
「カエルくらい、無視してください」
*****
ワイルドウルフが3頭、木々の隙間を塗って侵攻してきたが。
接近を許すことなく、断頭され、地に落ちた。
隊列の2番手に位置する私に出番なし。
『あなたたちに力を隠そうとしても無理なので、最初から、スイッチ入れときます』。
その発言ののち、雰囲気が切り替わり。
風の刃が踊れば、即死亡、という状況を作り出した。
改めて。
リェル嬢、強い。
「雑魚は私が全部殺りますので、本番はお願いします」
「こりゃあ、頼もしい用心棒だね」
殺る気十分。
ガンガン行こうぜ状態の嬢。
『変なスイッチ入った』とは、こういうことを言うのだろう。
先日、星空の下を皆で歩いたことで、心の枷が緩くなっているのかもしれない。
一方、バックアタックに関しては、5番手最後尾に陣取るレイナ嬢が、ニヤニヤしながら炎殺していた。
「らくちーん。
最近『エレナ先頭』なケースが多かったから。
昼寝でもしようかな」
「暇なら、私とスパーリングでもしてみる?」
ノムの冗談を受け、エレナの背筋が反り返った。
この2人、ほんとに仲がいいな。
*****
第1目的地に到達。
崖沿いの、水場、滝の下。
今日はここで、一夜を明かす。
あれから、敵の侵攻はさらに苛烈になった。
ワイルドウルフ種、スネーク種、アリゲーター種、ガーゴイル種。
そしてデーモン種。
デーモン種は魔法を使い、しかも知能が高い。
上位種はデットリーカテゴリ。
デッドリーカテゴリーとは、粗く言うと、『自信のないやつは、その姿を確認した瞬間に逃げろ、でないと死ぬぞ』という意味を持つ。
特に、飛翔系モンスターや、魔法を使うモンスターはデッドリーカテゴリーになりやすい。
デーモン種の最下位種である第1種は『デモンクリーチャ』。
紫色の体で、炎の魔法を使う。
『デーモン』というとコイツのことを指す場合が多いが、本来は第4種の『ミッドデーモン』の略称を『デーモン』と呼ぶのである。
ややこしい。
第2種は『リザードデビル』、通称『リザード』。
緑の体で、風術を使う。
第3種は『レッサーデーモン』。
土色の体で、より高度な炎術を使う。
第4種は『ミッドデーモン』。
青色の体で、炎術、および魔導術を使う。
第5種は『グレーターデーモン』。
白色の体で、炎術、魔導術、および雷術を使う。
第6種は『エヴィルデーモン』。
黒色の体で、闇魔術を使う。
この森に出現するのは、第4種の『ミッドデーモン』まで。
それでも、こんな街から近い場所に、デッドリカテゴリーの『レッサーデーモン』や『ミッドデーモン』が出現するのも異常なことである。
そんなこんなで『悪魔の森』と呼ばれることもあるそうな。
デーモンは知能が高く、物理も魔法もイケる。
ある意味、人間を相手にしているのと、さほど変わらない。
気を引き締める、必要がある。
特に、最弱の、私が。
「リェルさんと仲良くできるかと思ってたけど。
今日、思い知ったよ。
リェルさんの方が、私よりも数段強いってことをね」
焚き火の方に両の手を伸ばしながら、私は隣に座るメイド風衣装の彼女を賞賛する。
「そこの赤緑青の3人がいると、霞みますけどね。
マスターギルコのシゴキは、並大抵のものではない、ということですよ」
「ギルコさんって、どれくらい強いんですか?」
「ノムよりは、強いでしょうね。
それ以上のことは、私にもわかりません。
彼女が本気で戦闘を行う姿を、見せてもらったことがありませんので」
エレナの質問に対し、リェルは正直に答える。
前回の仕事のときは『秘密です』としか言わなかったのに。
これに気をよくしたのか、エレナは質問を続ける。
「クレセンティアの街で一番強い人って、誰だと思いますか?」
「『図書館の司書』、だと言われています。
しかし、その存在事態が不明瞭だ、と言う人もいます。
私も、その存在を疑っています。
なので、『アルティリス氏』と回答しておきましょう」
「そこで、『ギルコさん』、とは言わないんだな」
「まあ、私もまだまだ未熟ですので。
自分より上級の人間のオーラを読み取ることはできません。
なので、ここはあくまで、街の噂を伝聞している、というだけになります。
ただ、マスターギルコにも、いろんな噂がありますので。
その噂は、あなたたち自身で収集してください」
ノムを超える能力を持つ『教授』たち。
その教授を束ねる『専攻長』。
その専攻長の中で、最強を言われるアルティリスという女性。
もし、その存在が、『旗』を振ったとしたら。
この学院も、危険な存在であると、多少なり考えた方がよい、そう感じた。
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