講義14:印譜魔術 (1)
「登山です」
そう言い放った黄緑のメイドさんは、満面の笑みを見せてくれる。
やっぱ、あたまほわほわなのかなぁ?
*****
『次回の講義は屋外で』。
そう伝えられていた私たちは、早朝、待ち合わせ場所として指定された山の麓までやってきた。
そこには先客、4人。
エミュ、ホエール、レイナ。
そして、黄緑色のストレートロングヘア艶かなメイドさん。
「全員揃いましたね」
黄緑メイドさんは常時笑顔だ。
過去にもあった、この展開。
異なるのは、ただ1点。
『別の山』であること。
前回の登山口から、西へ進むと、岩山が徐々に緑を帯びていく。
今回の登山口は、クレセンティアから北西の位置にあり、岩山さんでなく、森山さんである。
『今回は危険は少ないです、ワイバーンが出没しないので』。
パグシャさんが笑顔で教えてくれた。
針葉樹が生い茂る、勾配の級な登山道。
岩を踏みしめ、落ち葉を踏みしめ。
ただ、モンスターの襲撃は一度もなく。
純粋に登山を楽しむことができた。
1時間程度の登山ののち。
緑が生い茂る道中で。
突然、『赤い』何かが目に入る。
「何か、ある?」
それは。
『鳥居』だった。
しかも、登山道に沿って、無数に。
本当に、無限に存在するように。
連立する赤の鳥居が、私たちを出迎えてくれた。
「この鳥居を全部潜って山頂まで登ると、ご利益があるそうです」
登山大好きパグシャさんは、まったく疲れを見せず。
また、サラ教授、シナノ教授、ノレリア教授も登山愛好家で。
美女山ガール4人組として、クレセンティアでは有名だそうな。
赤い鳥居を1つづつ潜りながら、山頂を目指す5人。
ホエール先輩のペースに合わせながら、ゆっくりと。
緑の山の中に、こんなにも赤い物体があると、とてつもない違和感を感じてしまう。
それが、神聖なる感覚に変換されて。
なんか、だんだん楽しくなってきた。
「鳥居の数は200個程度。
現在、さらに鳥居を増やしているそうです」
一体、誰が。
こんなにも労がかかる仕事を請け負ったのか。
ここまで部材を運ぶだけでも・・・。
それでも、この先にある『神社』が醸す、神聖さを増補するために必要なものだと感じた。
*****
「見えてきました」
そう。
ついに山頂だ。
建物を、針葉樹の隙間から覗き見ることができる。
パグシャさんの歩速が上がり、ホエール先輩との距離が離れる。
「着いた!」
登山開始から1時間30分ほど。
登山としては、そんなに長い時間とは言えない、ちょっとお散歩くらいの感覚で。
私たちは山頂の神社に到着した。
そこは、岩場になっており、その岩場の上に、神社が、まるで天空に突き出すようにそびえている。
岩場が急であるため、木材の足場を組み上げ、その上に神社が建っている。
その神社に向け、木製の階段を1段づつ踏み。
振り返ると、絶景。
クレセンティアの街、その周辺の草原地帯まで一望できる。
「この景色が、登山の醍醐味なの」
ノムと一緒に感動を共有する。
そののちすぐに振り返り、神社本殿の、その奥ゆかしい美しさを堪能する。
「観光名所ね」
同じく緋色のレイナ様も、ご満悦。
頑張って登ってきた甲斐があったというものだ。
エミュ先輩がホエール先輩にエールを送りながら、遅れて階段を登ってくるのを見つめていると。
本殿の中から魔力反応を感じた。
「ご苦労。
パグシャ、そして研究生諸君」
姿を見せる教授様。
その教授様は、おおよそ。
NINJA!
黒いタイトな生地の服が全身を覆い、同色の黒いタイトなソックス。
白いスカートとトップスには赤のラインが映える。
左腕のみ包帯が巻かれている。
髪の毛はボサボサの赤色の長髪。
黒の鉢巻。
そして、腰に下げられた『刀』。
侍と忍者を足して2で割ったような出で立ち。
とりあえず、仮で、『クノイチ教授』と呼ぶことにする。
ここで、先輩2人も階段を登りきり、教授の前に5人が整列する形となった。
「感想はあるか?」
「登ってきた甲斐がありました」
「うんうん。
そうだろう、そうだろう」
私の感想に対し、ご満悦なクノイチ教授。
腕組みをして、コクコクとうなづいている。
「とりあえず、賽銭を入れていけ」
「そこは、『お参りをしていけ』、が正しいのではないでしょうか?」
「お布施でもいいぞ。
小銭である必要はない」
MOUJA!
「賽銭は、多ければ多いほどご利益があるぞ。
たくさん投げると、妖精が出現するかもしれん」
「それ、宗教違うでしょうが」
「はっきり言う。
神社の維持費が足りていない。
山頂まで資材を運ぶこと、この神社の老朽化対策など。
支出項目は多岐に及ぶ」
世知辛い。
「教授が、神社の運営をされているのですか?」
「聞いてくれるーーーーーーー!
爺さんが神社を守ってきたけど。
親父とお袋が、爺さんに反発して出て行ってしまって。
で、爺さん、死んじゃって。
私だけ、残されてー」
わずかに泣きそうなクノイチ教授。
カッコいいイメージが、徐々に崩壊しつつある。
ここで、レイナがツッコミを入れる。
「でも、あなたがこの神社を守る、その必然性はないはずではないの?
権利を譲ってしまえば、よいのでは、ないかしら」
「まあ、そうだけどね」
湿っぽい表情になったクノイチ教授。
振り向き、しばし、本殿の方を見つめていた。
そこには、年季の入った賽銭箱と鈴。
長い間、この場所と時間を共有してきた、神聖なるアイテム。
「この場所を、好きだって言ってくる人が、いっぱいいるからね」
その言葉で、自分を鼓舞して、元気を取り戻した教授。
参拝客だけでなく、教授にとっても、この場所は大事な場所であるのだ。
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