運命の分かれ道
ドカァァァァン!
〈住民の皆さんは避難してください〉
「また空襲?」
「早く逃げろ!」
……ここ最近、空襲が多い。
平野と一緒に研究所で働き始めて半年。
びっくりするほど、空襲の数が多くなった。
それに、ここへの空襲も本格的に始まって、完全に戦争モードになっている。
今までの戦争時代はまだ平和だったのだと気付かされる程に、今は物騒だ。
それに伴い、私達研究所で働く人にも、武器が与えられた。
私まで武器を持たされてる。
「本田」
上司が私を呼ぶ。
「何でしょう」
「平野を呼んできてくれ」
「わかりました」
……研究所の中で別のところに配属された私達は、全然会えなくなった。
私の方は、本当に研究しかしないところだけど、平野の方は戦闘に直接的に関わるとか。どんなことをしてるのかは、詳しくはわからない。
けど、あまりそこで働く人がいないことは、明らかだった。
「平野」
平野の元に行き、名前を呼ぶと、平野は私の方を見た。
「どうした?」
「うちの上司が呼んでたよ」
「そうか」
ここ最近、平野が大人びた気がする。
私としては、遠くなっていっちゃうみたいでさみしいけど。
「どこに来いって?」
「多分私の職場。どうせ私も戻らないといけないし、一緒にいこうよ」
「ああ」
久しぶりの平安だ。
「どう?そっちは」
「平野こそどうなのよ。顔色悪いよ?」
平野の顔に手を当てると、平野は顔を逸らした。
「っ、大丈夫だし」
「大丈夫じゃないよね。強がらんでいいのにぃ」
「ババアか」
「うるさい」
ぎゃあぎゃあ言っていると、周りから冷たい目で見られて、シュンとなる。
「…ねえ、そういえば平野」
「ん?」
平野はキョトンとしている。
「あ…のさ、」
言いづらい。
「何なんだよ」
待ってよ、そんなに急かさないで。
「…っ、今度さ!
休みあるでしょ??
私とどこか遊びに行かない…?」
なんでこんなに緊張してるんだ。
昔は、娯楽施設には行ってないものの、河原へ遊びに行ったり、家に遊びに行ったりしていた。
なのに、なんで今更こんなに緊張するんだ。
「え、あ、…困ったな…」
平野は本当に困った顔をする。
「ダメなの?」
「ああ、休日もあるんだよ、俺の部署」
…そんなの聞いてない!
「…なら、仕方ない。ごめん、困らせて」
どうしよう、断られるなんて考えてもなかった。
…まあ、どちらにしても行く場所さえも何も考えてなかったけど。
「いやいや。むしろ行きたかったけど。
どこ行くつもりだったんだ?」
「いや、特に」
「何だよそれ」
笑いながら平野は言う。
「…いいじゃん。平野とどこかに行きたかったの」
私よ、何言ってんだ。よくも、ここまで恥ずかしいこと言うな。
すると、平野は私の頭に手を乗せた。
「何すんのよ」
「いや、可愛いから」
…照れるじゃない。
「平野、柄にもないこと言わないの。
ほら、もう着いたよ」
私の心臓は若干バクバクしてる。やめてくれ。
…………………………………………………
平野が私の上司と話している間、私はヒッソリと休みの日にどこに行くのかを考えていた。
そうだ、元住んでたところへ帰ろう。
お母さんがまだ生きてた頃住んでいたあの家にはまだあの呑んだくれのクソジジイが住んでるのだろうか。
流石にもうお金が足りないから、募集兵隊にでも行ってる気がする。
父親に募集兵隊に行かせるのが昔の願いだったのに、今となってはもう無駄だ。こんな形で叶って欲しくなかった。
「…どうせ、あの父親は多分いないんだから、一回あの家に入って必要な物だけ取りに行こうかな」
あの家を出た時、必要最低限の物しか持っていかなかったから、今になって必要な物というのは、ある。
それを取りに行くだけだ。
どこか自分を納得させて、行くことを決めた。
「本田!何ボーッとしてるんだ!早く手伝え!」
「は、はい!先輩!」
先輩に呼ばれて私は急いで仕事モードに切り替えた。
「…本田、じゃあな」
後ろから、平野のそんな声が聞こえて、思わず顔が緩んだ。
………………………………………………
今日は待ちに待った休みだ。
今までの休みは、全て自分のやりたい研究ばかりしていて外には出なかった。
だから、新鮮な空気を吸う機会がなかったから、なんか嬉しい。
「…お、本田じゃん」
この声は。
「平野!」
「そうだ、本田、外出るんだろ?」
「うん、どうかした?」
「一回、家に戻って、お袋に『家の地下シェルターで住むように』って言っておいてくれないか」
「あ、うん、いいけど…
何か、あるの?
もしかして、戦争がもっと酷くなるとか…」
平野は一瞬躊躇った後、「いや、心配だから」と言葉を濁した。
…私にも言えないことはあるのね。
「絶対だぞ!」
「はいはい」
平野からも頼まれたし、最初に平野の家に行こう。
少し、楽しみになってきた。
………………………………………………
研究所を出た後、早速平野の家に向かった。
空は異様なほど青かった。
「うわっ、あっつ」
もう9月の下旬だというのに、まだ暑かった。残暑なのか、地球温暖化のせいなのか。
本当に、溶けてしまいそうに暑かった。
数分歩くと、平野の家が見えた。
半年前まで住んでいた家。
今となっては私の本当の家よりも親しみがあるかもしれない。
「あら、佳那ちゃん!久しぶりね!」
呼ばれて振り返ると、平野のお母さんがいた。
「はい。今日はここに用事があって」
「なら早く家に入りなさい?暑いでしょ、外」
家に入ると、久しぶりの光景が目の前にあった。
ただ、昔と違うのは、一人暮らしに必要な分しか食器がないことだ。
「2人がいなくなってから私、寂しかったのよ〜!」
平野のお母さんは本当に嬉しそうだ。
「私も、研究所で割と一人ばかりだったので、寂しかったです」
私がそう答えると、平野のお母さんは満足そうな顔をしていた。
「そういえば佳那ちゃん、用事って何かしら?」
そうだ、忘れてた。
「あの、平野から伝言なんですけど、
『家のシェルターの中で住むように』と」
「…やっぱり、そうなるわよね…」
平野のお母さんはどことなく暗くなった。
「何かあったんですか?」
「あのね、ここら辺の地域はね、空襲の被害がまだあまりないのよ」
え、ならどうして…?
「だからこそ、狙われた時に大きな被害が出るんじゃないかって、多分心配して言ってるのよ。
さらに、あの子は研究所で働いてるし、佳那ちゃんみたいに開発部署じゃないんだから軍部の情報なんて簡単に手に入るでしょうね」
確かに、平野の所属する部署は、他の所とは異質だ。
何をやってるかはわからないけど、確かに平野のお母さんが言うように、情報はいくらでも知ることができるだろう。
でも、人に話せない__
多分、朝平野にあった時に口を濁したのはこのせいだ。
平野のお母さんは、なんとも言えない顔をしていた。
「あの子は自分を犠牲にしちゃう傾向にあるからね…
佳那ちゃんが気を付けて見てあげてね?」
「はい」
私は力強く返事をした。
………………………………………………
それからしばらくして、私は平野の家を出た。
来る時には青かった空は、知らぬ間に雲に覆われていた。
生温くて湿っぽい空気の中を、ひたすら進んでいく。
不快だ。
…………………そんな時、いきなりサイレンが鳴り始めた。
〈空襲です、今すぐシェルターに入って避難してください〉
このタイミングで空襲が起きてしまうのか。
今、近くにはシェルターというシェルターはない。
だから、どうすればいいのか。
だからと言って、平野の家に戻るにはリスクが高すぎる。
「アンタ、大丈夫カ?」
「え、うわっ!?!?」
後ろを振り返ると、知らぬ間に女の人がいた。
私と同じくらいの歳なのだろうか。
でも、どう見ても私と違う所があった。
「何ダ?私の人種が気になるのカ?」
そう、どう見ても日本人じゃない。
むしろ、敵国、◯◯国の人のようにも見える…
「確かに私は日本人じゃないゾ」
…この発音といい、やっぱり◯◯国の人だ。
でも、だからと言って私は何かをすることができなかった。
あまりにも、彼女は美しすぎた。
スラッとした脚、キュッとなったウエスト、豊かな胸。
顔も、モデルも顔負けレベルの、超美形だ。
誰もが憧れるような人に、私は刃を向けることができなかった。
「…ごめんナ。私はお前を探してたんだヨ」
申し訳なさそうにそう言う美人は、悪い人のようには見えなかった。
っていうか、
「私を、探してた…?」
「そうだネ。お前が必要ダ」
「どういうこと?」
「それはだナ…」
美女が言いかけると、突然大きな音がした。
「ちっ…daddyめ…」
この人の母国語は◯◯語じゃないのか。さっきから日本語で話してるし、英語までも話すのか。
というか、daddy(父親)が何やらかしたんだ。全く読めない。空襲と関係ないんじゃない?
色々疑問はあったけど、空襲に巻き込まれるのは嫌だ。
「取り敢えず、隠れますね」
そう言って私は思い出す限り近い防空壕へ向かった。
美女が「待ってヨ」と私の後ろをついてきていたが、どうしようもない。
私の端末に、この美女の情報が入ってしまうだろうか。
この美女が◯◯国の人だってことはすぐにわかるだろうから、バレたら『非国民』と言われて、また何されるかわからない。
「ちょっト!」
私が防空壕に入ると、美女は私の腕を掴む。
「何です?」
「あんた、私の話を聞く気あル?」
いいえ、それよりも自分の身が心配だ。
急いで端末を見る。
ボタンを押して、画面を出そうとするけれど。
「…あれ、開かない」
「あ、それ、身分証端末だネ?私の知ってる頃のでモ1ヶ月充電しなくても大丈夫だったのニ、大分充電してないのネ?」
…そのとおりです、はい。
ここ半年、開いてもいないのですよ、ええ。
最後に開いたのが、河原で平野と一緒にいた時って、やばいのはわかってる。
でも、今までずっと研究所から出るようなことはしてなかったから、全くもっていらなかった。
「…仕方がない」
これの電源が入ってないってことは、私がこの美女といたことがバレずに済むということ。
つまり、何をしても大丈夫ということだ。
「私が必要って、どういう意味か教えなさい」
そう一言言うと、美女は「いいヨ」と言った。
「私ネ、ある計画を立ててるノ」
「それって?」
美女は躊躇いがちにも、何かを決心するかのように私を見ながらはっきり言った。
「この戦争を、終わらせるこト」
自分で、戦争を、終わらせる…?
動揺してる私の耳に、空襲が終わったという放送が聞こえてきた。
「終わったみたいネ。お前モ、『仲間』に心配される前に帰ったほうがいいヨ」
にっこり笑った美女は、「早く帰りなヨ」と念押ししながら、防空壕から出るように促した。
「…悔しいけど、貴女の言う通りに帰る」
私はそれ以上の言葉をかけることはできなかった。
訳わかんない。訳わかんない。
私達に、戦争を終わらせるなんて、無茶よ!
研究所に向かう足も、知らない間に速くなっていく。
と、そんな時に、さっきの美女の声が微かに聞こえた。
どことなく嬉しそうで、仲間がやってきたのかなと思った。
実際そうで、確かに男の人の声が聞こえた。
…でも、それだけじゃなかった。
「…え?」
つい、口から零れた言葉。
何で、そんなまさか。
聞き間違い?そうかもしれない。
でも、どうしてもそうは思えなかった。
その男の人は防空壕から出たようで、防空壕から大分離れた所にいる私にはぼやけてはっきり見えなかった。
でも、あの背格好。
…あれって、やっぱり。
「お兄ちゃん…?」
そう、行方不明になった筈の、
お兄ちゃんがいる…?
次は9月19日の更新になると思います。
遅くなりました。
※延期になりました。