迷い、そして決心
私の昔からの夢は、“平和な世の中に生きること”だった。
お母さんもお兄ちゃんも、…認めたくないけど、父親も、いわゆる『平和主義者』だったから、私もその影響が強い。
今でもその気持ちは変わらないけど、…それでも、お母さんが殺された、あの時のことを思い出すと、やっぱり無理だとさえも思えてくる。
それなのに、あの美女はやってのけようと言ったのだ。
普通に考えて無理だ。それを、「やる」と言ったのだ。
どんな考えがあるんだろう、気になる。
「はあ…」
溜息が出る。
「どうしたんだよ?」
「わあっ!?」
いきなり話しかけないでほしいな、
「…平野」
「そんなにも驚く必要なくね?」
呆れ顔してる平野だけれど、私にだって理由がある。
…平野に、知られたらダメだもん。
…所詮、平野は“国家”側の人間。
何があっても、裏切らないんでしょ?
「それより、何で平野がこんな所に、」
ここは研究所の女子寮の前。
男子寮は反対側にあるから、普通に考えたらここにいないはず。
だから誰かに会いに来たと考えるのが普通だ。
「え、そりゃ」
そう言って平野は私から目を逸らした。
「何?」
「…お前以外に誰がいるんだよ」
…なんだ、これ。
ただの萌えシチュかよ。
「照れてるー」
「う、うるせえ!」
ってか棒読みすんなよ!と文句をいう平野とは正反対に、私は段々冷静になっていく。
「…で?平野、用事は?」
「え、あ、ああ…」
何戸惑ってるのよ。
「そう、大したことじゃないからな…」
「え、そうなの?」
「…ただ、今日の空襲で大丈夫だったかとか、お袋にちゃんと言ってくれたかとか、そんなもんだぜ?」
「あ、そう。大丈夫だったよ。
平野のお母さんにちゃんと言っておいたし」
「そ、そうか」
…何でだろう、何か言いたげだ。
でも、それの相手をしていられるほど私も暇ではない。
「じゃ、帰るわ」
「え」
私はそそくさと寮に向かう。
平野はただ黙って私の後ろで佇んだままだ。
…気のせいだったのかな。
早速、私はさっき考えてたことをもう一度考え直す。
…帰りに見かけたあの男の人。
やっぱりお兄ちゃんなのかな?
今度の休みにもう一度あの人達を探そうk…
「ギャッ!?!?」
つい、変な声が出てしまったのは。
「どうしたの…?」
後ろから平野が抱きしめてきたからだ。
「…こっち向くなよ?」
「うん…」
どうしよう、心臓がバクバクする。驚いたせいだ、絶対に。
「…なあ、本田」
「何?」
声がどこか悲しそうだ。
それとは反対に、平野の心臓はドキドキしている。
「俺が、お前から離れたら、嫌か…?」
…え、
そんなの。
「嫌に決まってるじゃない」
平野がいない研究所なんて、私には考えられない。
あんたがいるって思えるから、頑張れるんだよ。
「…そうか」
変だ、やっぱり変だ。
「いきなり、そんなこと言うなんて…」
「…俺さ、
再来週から、ここを離れる」
………………。
「え!?!?!?」
そんなの、いきなりすぎでしょ!?
「実は、今日いきなり決まってな…
…それで、お前がいいなら、俺についてきてくれないか…?」
「…どこに?」
平野の告げた場所は、田舎の島だった。
「遠いじゃん…」
「うん。
だから無理は言わねーよ」
平野の言葉に、私は考える。
…あの美女の事も頭に浮かぶ。
…私は、
「考えさせて…」
「ああ…」
一気に空気が重くなる。
別に、平野についていくことに抵抗があるわけではない。
むしろ、研究所で一人でやっていける自信ない。
でも………
私にとって一番大事なのは、
“平和な世の中にする”っていう夢なのか、
“平野と一緒にいる”という束の間の安楽か。
「…平野、」
「何も言うなよ。
…どちらにしろ、一度お前とどこか出かけたい。
…それが、お前との別れの前ってのか、此処から離れる前ってのか、それは変わるけどな」
「…うん、そうだね」
まさか、平野とのお出かけがこんな風に叶うとは思ってなかった。
悲しい叶い方だ。
「またな。明日もここで待ってるから」
平野は私を抱きしめる腕を離す。
さっきまで温もりがあったところは、一瞬で冷たくなる。
「ま、待って!」
私は平野の方を向いて、抱きとめる。
「本田…?」
「行かないで」
このまま私の元を離れるなんて、許さないんだから。
平野の腕が、また私の背中に回ってきた。
私もそれに応える。
「平野…」
「本田…今だから言うけど…」
そんな時、ガタッと音がした。
平野の言葉は、途中で止まった。
「あ…」
音の方向を見ると、同じ寮に住んでる女性だった。
「貴女達…もう時間が時間よ。
イチャイチャするなら本田さんの部屋でやってくれる?目が向けられないわ」
私達の顔は自然に赤くなった。
「いえ、もう、帰りますから」
居たたまれなくなった平野は、そう残してその場から離れた。
………………………………………………
それから、平野は言葉通り寮の前で待っていた。
「…平野、あんた暇なの?」
「そうだな、本田に会いに来れる程には」
どうも、ここを出るまでほとんどやることがないらしい。
全ての仕事を、転勤先に持って行ったらしく、今は暇だけど、後からが大変だと、平野はぼやいていた。
「それにしても、平野。顔色悪いよ?」
「まあな。…ちょっと、精神的にな」
本田が付いてきてくれるなら元気になるかも、なんて変なことを言うもんだから、私は平野を思い切り叩いた。からかうんじゃない。
「…仕事関連?」
「んー、そんな感じ」
そんなにヤバいことをしてるのか。
「身体が大事だよ」
「精神はどうにもならねーよ」
「そんなこと言わずに」
平野の顔色が更に悪くなりそうだったから、この話題を続けたらマズいな。
「そういえば本田」
私から話題を変えるつもりだったのに、平野から変えてくれた。
「何?」
「俺さ、夢があるんだ。
ささやかだけど、一番叶えたい夢。
好きな奴と結婚して、子供を作って、幸せな家庭を築くこと。
なんてことなさそうだろ?
そうなんだよ、な…」
今日の平野もやっぱり変だ。
話を転換するのかと思ったら、自分から自爆しに行く。そんなこと、今までなかった。
「…私の部屋においで?お姉さんが慰めてあげるよ」
「ありがとう」
ツッコミも入れない。
これからの未来が不安になるのは私だけだろうか。
………………………………………………
私の部屋に着くと、平野は顔を赤くした。何でやねん。
「なあ…」
「ん?」
「俺さ…本田が好きなんだけど」
?
「知ってるよ?」
「え!?!?」
「だってそうじゃないと、一緒にいないでしょ?」
「あ、うん」
「嫌いなら隣にいないでしょ?」
「…そうじゃなくてさ、」
何でわかんないんだと呟いているが、こちらこそ訳がわからない。
「…お前とは違うベクトルの、好き、だよ」
ごめん、私にはわからない。
いや、わかりたくないのかもしれない。
こんなことで壊したくないほど、大切なものなんだ。
…父親が嫌いなのも、この“好き”って気持ちのリミットの原因なのかもしれない。
「…やめようよ、平野」
「嫌だ!言わなかったら俺はこの先後悔する!」
何、その、真剣な目は。
「好きだよ。離したくない」
「ねえ、どうしたのよ、平…」
「俺の側から…離れるな!」
「平野!!!」
ビクッとした平野は、急に黙った。
「…せめて、今はそれには応えられない。
ごめんね」
……これで、わかった。
平野には付いていけない。
だからと言ってこのまま研究所にいるのなんて、尚更無理だ。
でも私には…
「…平野、ごめん、あんたについてくのは…」
「それ以上は言うな!」
俯いた平野は泣いてるのだろうか。
「…わかった。
取り敢えず、平野が行くまでは、今まで通りにしよう?」
「…ああ。」
平野は、静かに返事をした。
………………………………………………
私は一人で考える。
……私の夢って、何だったんだろう。
昔のことが蘇った。
__「私の子供の頃は、『平和』が大切だって習ったのよ」
お母さんが言っていた言葉は、今ではもう化石化してる。
___それを取り戻すのが、私の夢じゃないの?
そっと、心の中で思う。
___非力なのに?
仕方がないんだよ、私に何ができるっているの?
___そうやって、逃げるの?
逃げたくないよ、そうじゃなくて、
___手段だって揃ってるのに?
ハッとなる。
…そうだ、私には…
あるじゃないか。
心の中で笑った。
………………………………………………
私は翌日、急に仕事は休みになったと聞かされた。
「どういうことですか?先輩」
「私にはよくわからないけど…たぶん、戦地で思いもよらない何かがあったんだろうね」
幹部の中の幹部である先輩にもわからないことって、かなり極秘だってことだ。
もしかしたら、これが平野の変な態度の原因かもしれないと思ったけど、すぐに打ち消した。
「わかりました。今日は休みってことでどこへ行ってもいいんですか?」
「うん、多分大丈夫」
何かあったら私が言いくるめてあげるよ、と笑ってくれるほど頼りになる先輩は他にはいないだろう。
「あ、そういえば本田ちゃん」
「はい?」
先輩は一瞬迷ったような表情をしたけど、すぐにいつもの顔になった。
「…ううん、なんでもない。
楽しんできなさい」
「は、はい!」
あの、何か言いたげな目は何だったんだろう。
………………………………………………
この前研究所の外に出てからまだ全然経ってないのに、凄く久しぶりな感じだ。
……今日の目的地に、重い荷物を背負いながら向かう。
着いた場所は、この間行けなかった、元自分の家だ。
…着いたはいいけど、どうやって入ろう。
多分、鍵はかかってるだろうし、もしかしたらあの憎き父親もいるかもしれない。
そう悩んでる私の耳に、ふと聞いたことのある声が聞こえてきた。
その声に、私は無意識に立ち止まった。
…この声は。
「なあなあお前さー、何でこんな所にいんだよ」
「いいじゃねーかよ、この家、どうせ誰もいないんだし」
「いやいや、そうじゃなくてさ、
お前、ここで恥かいてボロボロになって基地に帰ってきたじゃねーか。
もしかして、その恨み相手をボコボコにするつもりか?」
「いやいやむしろ…
相手は女だぜ?他のこと、ヤるべきだろ?」
……!!!!!!!!!!
この、男は。
お母さんを殺した…!!!!
「ぅ……」
思わず呻き声が出たのは仕方がない。
だって、折角抑え込んでた、あの時の恐怖、怒り、悲しみ、全てがあの頃のまま思い出されたのだから。
「…なあ、何か今呻き声しなかったか?」
「いや、それはないだろ?普通の家の奥まで入ってくる馬鹿なんて、泥棒と俺らくらいしかいないだろ?」
「そうだけどよ…
俺らが仕事サボってること見つかったら面倒だぜ?
俺が見てくる」
「ああ…」
やだ、何でこっち来るの、
「女ならいいけどな♪」
イヤだ、
「ましてやあのクソ女なら、復讐もできるし一石二鳥♪」
…段々冷静になってきた私は、そっと、自分のポケットからあるものを出す。
___こんな所で無駄遣いしたくなかったんだけどな。
こればかりは仕方がない、
そう、思ってると。
「見っけ……って、男じゃねーかよ」
……え、男?
前を見ると、あの人殺し野郎じゃない男の人の背が見えて。
その背中は、やっぱり何処かで見たことがあって。
「あ?お前ら、何で俺ん家にいるんだよ?何なら軍にバラしてもいいんだぞ?」
「すいません帰ります」
そのまま、男はもう一人を呼んで、私の横をそそくさと通り過ぎた。
…私がいるの、見えなかったのか、まず見てなかったのか、何も反応しなかった。
「…はあ」
男達がいなくなって、安心した私は溜息をついた。
「…君、大丈夫?」
その声で、もう一人の存在を思い出した。
___声からして、その人の正体は、多分……
「……お兄ちゃん?」
やっぱり、お兄ちゃんだよね。
「え….まさか…
佳那ちゃん?」
この、呼び方。
絶対に、お兄ちゃんだ。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!!!!!」
お兄ちゃんはやっぱり生きてた!!!
やっぱり、あの時_美女と出会った時_見たのはお兄ちゃんだったんだ!
お兄ちゃんに抱きついてると、お兄ちゃんは困ったような様子をしていた。
「佳那ちゃん…恥ずかしいからやめろよ…」
「あ、ごめん」
お兄ちゃんのことでやっぱり喜びすぎた。
「っていうかお兄ちゃん、どうしてここに?」
「ああ、佳那ちゃんを探しに来た」
え、そうなの?
「どうして?」
「佳那ちゃんに協力して貰いたくてね」
「もしかして、」
言いかけて、やめた。
もしこの続きの言葉が何処かで聞かれてたら、また大切な人が死ぬかもしれない。
今度は、父親か、お兄ちゃんか、…もしかしたら平野かもしれない。
ただ、父親はもう死んでるかもしれないし、お兄ちゃんはこの国の人は生きてるなんて知らないから有り得ない。やっぱり身柄が研究所にある平野が一番危ない。
「どうしたんだ?」
「いや…」
そうだ、それよりも私は言わなくてはならないことがあるじゃないか。
そう、一番大切で、今日の最大の目的……
「お兄ちゃん」
「ん、真面目な顔して、いきなりどうした?」
一瞬、言うのを躊躇ったけれど、覚悟は決まった。
「お兄ちゃん、私を仲間に入れて連れて行って」
「…俺が頼むつもりだったのにな」
そうお兄ちゃんが笑って私の頭をポンポンと叩いた。
……こうして、私はお兄ちゃんと行動を共にすることとなった。
次は、うまくいけば10月下旬、ダメだったら11月中になります。
評価、お願いいたします。
誹謗、中傷はおやめください




