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エミリーを必ず助けます

「ありがとうございましたー!」


 俺はお客さんを見送ったあと、テーブルの片付けをする。

 ラスト十分前ということで、お客さんも一グループを除いて帰っていった。

 

 もうここで働いて二週間かぁ。昔働いてた時より、更に忙しくなってて大変だ。

 普段はアレスさんに、近所から働きに来てくれてるウィズさん、プラスエミリーだけだもんな。

 よくお店が回っているなと感心していたら、


「……そろそろ始めるぞ」

 

 小さな声だったが、お客さんの方から確かにそんな言葉が聞こえた。

 あのおじさん達、一体何を始めるんだろうか。四人とも随分酒を飲んでいるから、変なことしなければいいけど。

 裸踊りとか……流石にないか。


「あんちゃん、こっち来てくれ」


 少し酔っ払っているような声で、自分を呼んだ。

 先程の声もあるし、警戒しておいた方がいいな。

 俺はアレスさんに目線で注意を伝える。


「…………」


 アレスさんは静かに頷く。

 危ないお客さんかも知れない時は、目で合図するのが決まっていた。

 合図も終わり、俺はお客さんの方へ向かう。


「はい、お待たせしました! どうなさいましたか?」

「ちょっと酒が足りなくてよ。四人分のビール追加だ」

「申し訳ございません。ラストオーダーは三十分前までとなっていますので……」


「あん? 客が持って来いって言ってるんだから、持ってくりゃいいんだよ。それとも何だ、金の心配でもしてんのか?」

「いえ、そういうわけでは」


 どうしたものかなと考える。水でも飲めば冷静になるかな。

 それとこの四人、妙に殺気立っているような。気のせいだろうか。

 

「ちょっとおじさん達、もうかなり飲んだんだから、家に帰った方がいいよ?」


 エミリーは少し怒りながら、こっちに来る。

 こういう客の時は近づいちゃダメって言ったのに!

 俺はエミリーの方を向き口パクで言う。


 こっちに来るな、と、その瞬間――

「客から目を離すのはいただけねえな」


 声が聞こえた時には、頭に痛みを感じ、視界が揺れていた。

 かなり強めに殴られたようだ。客の方に視線を向け、何とか声を絞り出す。


「お客さん……何するんですか」

「今ので倒れないか。中々鍛えてるようだな。早く倒れろよ」


 そう言い、拳を振るってくる。この間合い――避けれない。

 

「アンドリュー!!」

「おい、アンドリュー! ……お前ら!」


 二人の声と何人もの足音がずっと遠くから聞こえる。近くにいるはずなのに。

 アレスさん、エミリー、こいつらただの酔っ払いじゃない。逃げてください! 

 その叫びが声になる前に、俺は意識が薄れていくのを感じた。




「んん……」

「アンドリューちゃん起きたのね。1時間ぐらい眠ってたのよ。心配したんだから」


 ほっとしたような顔でガースさんは俺を見る。


「はい、お水よ」


 頭が痛い、どうして、と考えているとガースさんが水をコップに注ぎ、俺に渡してくれる。


「ありがとうございます」


 水を一口のみ、意識がはっきりしていく。

 そうだ……! あの後、一体どうなったんだ。


「エミリーとアレスさんは無事ですか!?」


 店の中を見回すと、散乱した椅子や皿が目に付く。

 壁には血の跡のようなものが見える。まさか。


「ドインは大丈夫よ。今自警団の所に行ってるわ。エミリーちゃんは……」


「エミリーは……?」

「ドインの話によると、誘拐、されたみたい」


 先程殴られた痛みが鈍く(よみがえ)る。

 殺されていなくてよかった。怪我はしていないだろうか。

 でも、どうして誘拐なんてしたんだ。


「よかった……アンドリュー起きたんだな」


 声が聞こえたので、入口の方を見ると左腕に包帯を巻いたアレスさんとロイドさんがいた。


「アレスさん、その腕は大丈夫ですか?」

「軽く切られただけだ。問題ない。アンドリューこそ大丈夫か?」

「自分は大丈夫です。それよりエミリーはなんで誘拐されたんですか!?」


 守れなかった。自分自身の不甲斐なさが声に出てしまう。

 ロイドさんも続けて、


「俺にも何があったのか詳しく説明してくれ。

 今当直勤務のやつに近所の隊員を叩き起してもらってるが、状況次第ではもっと人を集める必要がある」

「わかった」


 ドインさんは歯を噛み締めながら話し始めた。

 四十代後半の男達四人組が絡んできたこと。

 自分がその中の一人、厳つい目をしたリーダーらしき男にいきなり殴られ、気絶させられたこと。

 それに怒り、アレスさんが相手に殴りかかるも、最終的には拘束されてしまったこと。

 その後、エミリーが誘拐され、近くに住むガースさんが音に気づき店に来たものの、四人組は逃げた後だったこと。


「ドイン、辛いところ悪いが、誘拐の部分をもう一度確認させてもらうぞ」


 ロイドさんは普段の姿と仕事の時の姿が大きく違う人だ。

 普段のだらしない姿と違い、ロイドさんは真剣な態度で話し始めた。


「ドインが拘束されたあと、エミリーちゃんが捕まった。その後、ドインに

 “この娘は預かった。もし返して欲しければ三百万マニーを持って、明日の夜、二十三時に、

 ウエストタウン郊外の丘にある緑色の小屋に来い”

 これで間違ってないな?」


「ああ、それともう一つ相手の要求があった。アンドリュー、一人で来いと言っていた」


 ドインさんはこちらに視線を向けながらそう話す。意外な所で自分の名前が出てきた。

 なんで自分なんだ?


「犯人の要求額も随分現実的だが、何でアンドリューを指定したんだ? 子供が良かったとかか」


 ロイドさんも疑問に思ったのか顔を(しか)める。


「でもお金の額からして、例の盗賊なんじゃないの? 普通の盗賊ならもっと欲しがるでしょ」

「断定はできねえけど、そうかもしれねえな。手口の一つに誘拐もあった筈だ。そこはもう一度調べてる」


 で、とロイドさんは続けて、


「どうやって解決するかだ。

 ドイン、お前の第一の目的はエミリーちゃんを無事に取り戻す。間違いないな?」


「当たり前だ」


「金の方はどうだ? 実際に使うかはまだわからねえが、用意しておいた方がいい。

 足りなければ、俺個人としても出せるだけ出す」


 もちろん無利子だぜ、とロイドさんは明るい声で言う。

 

「なーに当然のこと言ってんのよ。もちろん私も出すわ。ママもこういう事なら納得してくれもの」

「自分もです! 多くはありませんが、エミリーを助けられるなら」


 ロイドさんとガースさんに続いて、自分もアレスさんに伝える。

 こんなことになるなら、もう少し貯めておけばよかった。


「皆すまない。五十万マニー程足りない。必ず返す。頼む、貸してくれ」


 力が入ってるせいか、顔に皺を深く刻みながら、アレスさんは頭を下げる。


「へっ、五十万マニーでいいのかよ。繁盛してるだけあるな。その額なら俺一人で大丈夫だ」

「見栄張ってんじゃないでしょうねぇ。それとアンドリューちゃん、ドインとそっくりな顔になってるわよ」


「へっ?」


 ドインさんの顔を見る。自分もあんな顔になっているのか。

 気付かなかった。普通の顔をしているつもりだったのに。


「こんな状況だから仕方ないけど二人共、今からそんな顔してちゃもたないわよ?」


 仲がいいんだから、と苦笑いしながら言われてしまった。


「とりあえず、俺は一旦自警団の詰所に戻って、捜索の状況を聞いてくる。それと作戦もだな。

 朝には、また店に来る。それまでに金の用意と少し寝ておけ。ガースの言う通り、今からそれじゃ夜までもたないぞ。

 特にアンドリュー、お前は金の受け渡しを担当するかもしれんからな」


「どうしてもアンドリューが行かなきゃダメか?」

「作戦次第だが、できるだけ相手を刺激したくねえ」


 それじゃあな、と言いながらロイドさんは店を出て行った。

 

「私も一旦帰るわね。朝になったらご飯とか持ってくるから、二人共しっかり休みなさいよ」




 ガースさんも去り、店にはアレスさんと二人だけになった。

 静かだ。この静かさが、エミリーを誘拐されてしまったという現実なのか。


「アンドリュー、受け渡しはかなり危険だと思う。行かなくても――」

「行きます。守るといったのに、守れなかった自分が悪いんです。

 エミリーの為なら、危険なんてどうってことはないですよ」


「……わかった。だが、お前が悪いということはない。気にするな」


 娘を守れない俺が悪いんだ、と自嘲するように呟く。

 普段表情をあまり変えない人が、これだけ辛そうな顔を浮かべている。その表情だけでエミリーが大切な存在だと痛いほどわかる。

 自分にとってもそうだ。エミリーがいなければ、元気になれず、塞ぎ込んでいたままだったに違いない。

 慰めの言葉をかけようとして、やめた。代わりに――


「必ず助けましょう」




 俺は寝た。エミリーが無事なことを祈りながら、自分の情けなさを悔やみながら、アレスさんの悲しみを感じながら、エミリーを助けるために眠った。

 もう九時だ。店の方に行こう。


「おはようございます」


 先にいた、アレスさん、ロイドさん、ガースさんに挨拶をする。

 アレスさんの顔色が目に見えて悪い。やはり寝ていないのだろうか。心配だ。


「いい顔色だ。流石冒険者やって生き残ってるだけあるな。それに比べて……」

「すまない」


「作戦の概要を聞いたら眠れ。エミリーちゃんを助けても、父親がこんな(ツラ)じゃ逆に心配されるぞ」

「そうね、娘の為にもちゃんと眠りなさい。

 はい、アンドリューちゃん。ママ特性の野菜スープに、燻製肉のサンドイッチよ」


「ありがとうございます」

 

 スープとサンドイッチをガースさんから受け取る。

 サンドイッチ……エミリーは何故だか自分が作ったサンドイッチが好きだった。見た目が綺麗と喜んで、何度も頼まれた。

 また作ってあげたい。そして、喜んで欲しいな。


「アンドリューも来たことだし、作戦について説明するぞ」


 スープを飲むのをやめて、話を聞くことに集中した。


「作戦の内容は簡単だ。犯人の言う通りにアンドリューが金を持って、エミリーちゃんを返してもらう」

「それで大丈夫なの……? だって相手は誘拐なんてする人達よ。素直に返してくれるとは思えないわ」

「だが、強行突破した時のリスクに比べればマシだ。相手が銃を持っているか、持ってないかぐらい分かりゃまた別だけどよ」


 それに、と続けて


「恐らく今回の四人組と最近流行りの盗賊四人組は一緒だ。四十代後半の、オッサンだけの盗賊ってのはもう滅多にいないからな。

 それに例の盗賊は手口の一つとして女を誘拐したことがある」


「その時はどうなったんですか?」


 ゴクリと唾を飲む。前に話を聞いた時、死者はいないって話だったけど。

 死んでいないというだけかもしれない。嫌な想像を振り払う。


「約束を守って、金を渡したら無事に返してくれたんだとよ。傷一つなくな」


 珍しいだろ? と言わんばかりの顔をロイドさんはする。

 自分も含め、一同確かにという感じの顔をする。知っている話だと誘拐事件では何かしらのキズを負うことが多い。

 命の事を重要視しすぎていて、その辺については考えがいってなかった。

 エミリーはしっかりしているとはいえ、まだ十三歳の女の子だ。

 まだ安心はできないが、少しホッとする。顔を見る限り他の二人も同じようだ。


「なら大丈夫そうね! 安心しちゃった」


「いや、安心はできねえ。そもそも同一犯じゃないかもしれんしな。同じ犯人でも手段を変える場合はある。

 ……話が逸れたな。細かい作戦についてだが――」





 冷たい風が頬を撫でる。昼の暑さとは裏腹に夜は冷える。

 もう一度風が吹く。今度は生い茂った草の匂いがする。昼に雨が降ったせいだろうか。

 ウエストタウンの中ではこんな匂いは感じられないなと思いながら、ポケットから時計を取り出し、しっかりと見る。

 二十二時四五分。約束の時間まであと一五分だ。

 俺は使い慣れた短剣の確認と中央国製のリボルバーに弾が込められているかを確認しながら、作戦についてもう一度整理する。 


 基本的には、俺が金と交換でエミリーを取り戻す。それだけだ。

 だがイレギュラーが起こった場合、例えば相手が金を得て目撃者である俺やエミリーを殺そうとした時だ。

 その場合は逃げることだけに専念する。

 小屋から少し離れたところにロイドさんを含めた自警団の人達が待ってくれている。そこまで行くか、小屋の中で異変が確認できたら助けに来てくれる。

 つまりエミリーと俺が生き残ることが優先する。……間違ってないな。

 

 ロイドさんから聞いた他のイレギュラーについても確認をしていたら、もう十分前だ。行こう。

 頑丈に作られたバッグを持つ。犯人の考えが少し分かった。これぐらいの重さでなければ、走って逃げるなんてことはできないだろう。


 


 丘を登ると、コケや(ツタ)が生え、その上緑色に塗られた小屋に着いた。小屋の周りには見張りが一人いるだけだ。それ以外は、馬どころか建物もない。自警団の情報通りだ。


「約束通りお金を持ってきました」


 見張りをしていた男に声を掛ける。

 バッグを少し見た後、細身の男が周囲を見回す。


「一人のようだな。入れ」

「…………」


 俺は静かに頷き、変色している扉を開ける。

 エミリー、無事でいてくれ。


 部屋に入ると、思っていたより強い光が目を差す。

 反射的に目を少し伏せる。と同時に低い声が聞こえた。


「おうおう、来たな、あんちゃん。いや、アンドリュー。時間にピッタリとは、ウエストタウンの住人は真面目だな」

 

 目を開いた先には、どっしりと椅子に座りかけた、恐らくリーダーであろう男が、ギラリとした目でこっちを見ながら話しかけてくる。

 何で俺の名前を知ってるんだ。気になるけど、今はエミリーのことが優先だ。


「お金は持ってきました。エミリーを返してください」


 お金の入ったバックを机の上に置く。エミリーの姿が見えない。どこにいるんだ。


「マグ、金を数えろ。フルス、女をここに」


 立っていた二人が、リーダーであろう男に指示され動き出す。

 マグという男のお金を数える手付きからして、かなり手馴れている。噂の盗賊で間違いなさそうだ。

 金が数え終わりそうな頃、フルスという男が大きな麻の袋を抱えて、物置小屋のような所から出てきた。

 もしかしなくてもあれは……


「エミリー!!」


「ほう、かなり大切にしてるようだな。誘拐して正解だった」

「姿を見せてくれ!」

「金は?」


 リーダーらしき男が問いかけると、金を数えていた男はありますと答えた。


「よし、なら見せてやれ」


 そう言うと、フルスという男は袋を床に下ろしたあと縛っていた紐を解く。

 金色に輝く髪が見える。大丈夫。大丈夫なはずだ。


「エミリー……よかった」


 少し気が抜けてしまう。

 気を失い、手足は縄で縛られて、口も布で塞がれているが、怪我のようなものはない。

 良かった。本当によかった……


「安心したか? 嬢ちゃんに危害は加えてねえから安心しろ」


 誘拐した人間が言うことか。頭が少し熱くなる。

 落ち着け。ここで感情的になっても仕方ない。

 それよりも、早くアレスさんにエミリーの顔を見せてあげたい。

 

「これで取引は成立でしょう。エミリーを縛ってる縄を解いて下さい」

「それはできねえ。俺達だって逃げなきゃならねえからな。

 嬢ちゃんを抱えてゆっくり帰れ。それぐらいできるだろ?」


 少し挑発するような声で言う。

 こいつらの前で手を塞ぐのは怖いが、仕方ない。


「わかりました、でも口の布は取らせてください」

「ダメだ、女の声は響くからな。意識が覚めたあと叫ばれたら面倒だ」


 口の布を取るのを諦め、エミリーを抱きかかえる。思った以上に軽い。ちゃんと息もしている。

 早いところ出よう。後は自警団に任せればいい。


「では失礼します」


 俺はそう告げ、警戒しながら相手に背を向け、外へ出る扉に触れる。


「おう、じゃーな。とは行かねえんだ」


 互いに不幸だな。という声が聞こえた瞬間――――

 人を殺める音が部屋に響いた。


 

 

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