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欲望渦巻くは紫 王はモノに宿命を

「仕方のない御方だ。彼らは人ではなく物です。お忘れないよう」


 紫煙が渦巻く部屋で中央国の王様は機械国の王様に向かって、諭すような口調で語りかけた。

 五人のいる部屋は、各国の王が集まる場所だけに豪華絢爛な作りになっている。

 彼らの座っている椅子や、全員の顔を見渡すことができる丸型の机、壁に備え付けられたスクリーンは勿論のこと、

 フィンガーボール一つを取っても、市井(しせい)の者には手を出すことができない値段で作られている。

 極秘裡の会合でこれなのだ。公式の場では、一体いくらの額が動いてるのだろう。



 中央国の王様――ドワール・オーダーは、この出費を無駄なものだと考えている。

 ここで使っているマニーを国民の為に使ってより豊かな生活を提供したいと。


 彼の性格は服装にも出ている。

 ドワールの身なりは、この部屋の物とは逆に質素で、市井の者でも買うことが出来る。

 王の服装ではないのかもしれない。だが、その暖かさを感じさせる服装は彼に馴染んでいた。

 白くなった髪や髭も、威圧感を与えるものではなく、清潔に整えられている。


 民衆は言う。歴代の王様の中で一番国民の事を考る、人格者であると。

 中央国の王様は、どの代の王様も、穏健で国民に寄り添った政治をしている。

 その中でも彼はずば抜けているのだ。

 だが、そんな彼でも熾烈で差別者的な考えを持っている。裏の顔とも言うべきものを。



「いやいや、失礼致しました! 私がアンドリュー達を生み出したわけですから、つい愛着がね。

 愛着があると、つい息子同様に扱いたくなってしまうのです。申し訳ない」


 子供のような甲高い声で、ドワール・オーダーに謝罪する。

 その声と身振り手振りがふざけているように感じたのか、ドワールは溜息を小さく吐いたあと、


「わかりましたよ」


 と言った。適当な素振りをするイスタングの態度にはもう慣れたのだろう。

 心の突っかかりを引っ込め、それ以上は口にしなかった。



 機械国の王様――イスタング・トゥールは、天才であり、変人だ。

 見た目はボサボサで、何もかも適当だ。

 若い頃は美しかったであろう銀色の髪も、今では固くなり艶めきを失っている。

 体の一部は機械化を行っており、声の違和感もそれが原因だ。

 王様というよりマッドサイエンティストな彼だが、機械の知識については敵なしと言ってもいい。

 そんな彼を周りの技術者は、神をも超えた変態だと噂していた。

 神をも超えた、という言葉を聞いたイスタングは、自身のことを創造神と言うようになってしまったのだが……

 それは置いておこう。


 イスタング・トゥールは、ロボット工学の第一人者であり、

 機械国を弱小国から強豪国に変えた張本人と言っても過言ではないだろう。

 ロボットを作り、国を成長させた功績を認められ、彼は王の座についた。

 アンドロイドの開発も彼が主導で行い、二代目のアンドロイド、アンドリューを生み出した。


 彼には明確な野望がある。肉体的にも、精神的にも、人を超えたロボットを作ることだ。

 その野望はあと少しで達成されるはずだ。

 小さな戦争――代理戦争をいくつも経て、ロボットの性能はここ三十年で飛躍的な進化を遂げた。

 今回のアンドロイドは魔法の使用まで可能だ。肉体的にはほぼ完成と言っていいだろう。

 あとは精神面だ。既に人と変わらない精神構造を持っているが、決して人を超えてはいない。

 イスタングは生み出せるのだろうか、己の中にいる神を。



「キングストン・メイジス殿、今回は協力ありがとうございます」


 イスタングは椅子に座ったまま恭しく頭を下げた。

 彼は心から感謝しているのだ。ロボットが魔法を使えるようになったのだから。


 イスタングにとって、ロボットが魔法を使えるようになるのは、長年の夢であり、壁だった。

 彼の野望を達成するのには、魔法を使えることが絶対条件である。

 しかし、魔法を使う仕組みが全くもってわからなかった。

 死んだ状態、生きた状態の魔法使いをあらゆる面から解析しても、謎には近づけない。

 わかったことといえば、データ上では普通の人間と変わらないということだけ。

 打つ手がなくなり、ほとほと困り果てた時に、魔法国の王様から協力の申し出があったのだ。

 協力の甲斐もあって、二代目のアンドリューシリーズから魔法を使えることができるようになった。


「構わぬさ。私としてもあの機械人形がどこまで魔法を使えるのか気になっているのでね」


 紫色のロープを纏った、魔法国の王様――キングストン・メイジスは、ゆっくりとした口調でそう言った。

 キングストンは、この五人の中で最高齢の人間だ。歳は九十をゆうに超えている。

 老いによるものか、長い鼻は下に向かって折れ曲がっている。肌も皺がないところを探すのが難しいぐらいだ。

 反対に、赤い瞳は老いを感じさせず、ギラギラとした力を秘めていた。


 彼の野望は既に達成されている。


 彼の野望はいつか消滅するであろう魔法を残すことにある。

 そのため、魔法を使える魔獣を作れた時点で一応の成功にはあった。

 しかし、魔獣が使える魔法というのは初歩的な物しか使えず、魔法を残した、というにはお粗末な物であった。

 そこで機械国に協力を申し出て技術提供をしたのだ。自身の願いを叶えるために。

 秘匿してきた知識を公開してしまったのだ。代償は大きい。しかしキングストンの願いは叶った。

 アンドリューをもってして。正確に言うならば、自国のアンドリューを洗脳することによって。



「おォ、やるじゃねえか。今年の似非人間はよ。俺様の愚息を叩きのめしただけはあるようだな」


 モニターを見ていた大柄な男が葉巻を咥えながら、

 地面を揺らすような低い声で、自国のアンドリューを褒め称えていた。


「うわ、うわー、拘束具を壊せそうな時点で、壁の一枚や二枚は壊せると思ってたけど、本当に壊せちゃうなんて。

 前回のとは、成長の仕方が全然違いますね。こりゃ決まったかな」

「……今回は自国のアンドリューも悪くないと思ったんだがね。武術国のアンドリューは規格外のようだ」


 イスタングは驚きと喜びの表情を浮かべながら、

 ドワールは肩を沈めながら言った。今大会も勝者にはなれそうにないなと思いながら。


「前回のは紳士を気取ったクソッタレ野郎だったからなァ。今回は安心ですわ。

 アンタの所も、肉体が貧弱でも武器を使うのが上手いかもしれねえだろ。

 落ち込むなよォッ」


 大柄な男は、葉巻を飲み込むかのように口を大きく開け、下品に笑った。

 勝利を確信したのだろう。自分の全盛期に近い強さを目の当たりにして。


 彼の名前は、アレクサンダー・ライアン――武術国の王様だ。

 身長は二百を超え、息子にグレイフィスを持つ。

 オレンジ色を基調とした派手な見た目に、激しい言動は、多くの味方を魅了し、多くの敵を作ってきた。

 多くの敵を作ってもなお、彼が死なずに生きてこれたのは、裏打ちされた力があるからこそだ。

 五十を超えた今ですら、息子のグレイフィスと同等以上の戦いができる。

 それこそ若い頃の彼には、敵なんて者は存在しなかった。


 力こそが正義、という武術国の根底にある考えを彼は体現している。

 力を持って、全てを組み伏し、欲しいものは全て手に入れてきた。

 その、アレクサンダーの行動哲学は、王様になったあとも変わらずに、

 『弱肉強食』という国の色をより強くした。


 アレクサンダーの野望はシンプルだ。

 部屋を支配する紫煙のように、全ての国を支配する。

 そこにそれ以上の理由はない。ただ支配したい、それだけなのだ。

 機械国の発展がなければ、今にでも戦争を起こしているだろう。


「(そもそも、前のクソキングがロボットの参入を認めなきゃァ、こんな面倒なことにはなってねえのによぉ)」


 アレクサンダーは、笑うのをやめ、先代の王様について心の中で愚痴を吐いた。

 三年に一回行なわれるこの代理戦争は、昔に比べ大きくルールが変わっている。

 第一回から第二回は、各国の優れた戦士一人を選び、殺し合いをする。というものだ。

 銃などの近代兵器は使われていたが、ロボットの影は見る由もなかった。

 しかし、武術国・魔法国とそれ以外の国とではパワーバランスに大きな差があり、ルールは改正された。

 そして、徐々に徐々にロボットが参入し、前回の第九回大会からは全ての国がアンドロイドを使用することが義務付けられた。


 人同士の殺し合いでなくなったことに、アレクサンダーは強い不満を抱いていた。

 それも当然だろう。人同士の殺し合いであれば、高い確率で勝者になれるのだから。

 勝者になれば、三年間大きな恩恵が与えられる。土地、金、物流、技術、あらゆる面で融通が聞く。

 とても釣り合っていない交渉事でも、勝者の思うがままだ。

 制約はいくつかあるが、恩恵の大きさに比べれば微々たる物だ。

 つまり、アレクサンダーの野望――全ての国をいつか支配するためには勝つのは必須である。

 それは現在最強と呼べれる機械国も例外ではない。

 だが、その恩恵を捨ててでも、アンドロイドを保護してきた国がある。



 モニター上には炎で形作られたドラゴンが映し出されていた。


「ほぉ、前に見たときより成長しているじゃないか」


 キングストンは深い笑みを浮かべながら、モニターを見ていた。

 彼の野望は叶っている。だが、今の魔法を見てまた新たな野望が生まれつつあった。


「もうもう、キングストン・メイジス殿もアレクサンダー・ライアン殿も確認させてもらいますけど、

 アンドリュー達に接触はしてないですよね? 国による接触は、最後以外禁止ですよ!」


 子供が拗ねたような声で、イスタングは二人に確認を取る。

 このルールは実質形骸化されている。確認を取った本人もそれはわかっているが、雑談の一つとして口にした。

 もしかしたらボロを出さないかな、という期待も込めて。


「ええ、もちろんですとも。トゥール殿。魔法使いがルールを破るなど、とんでもない。

 ただ、日課の散歩中に、彼を見た事がありましてね。その時と比較した発言に過ぎません」


「俺様もルールは破らねえよ、サイボーグのおっさん。

 愚息がたまたま似非人間と仲良くなったみたいですからな。

 家族との触れ合いの最中に、似非人間の強さを聞かされたまでですわ」


「いいですね、いいですね~家族との触れ合い! 僕は家族を作ったことがないからねえ。

 アンドレイやアンドリューが息子みたいなものかな。ハッハッハッハ!」


「勢いで作ったんですが、いいもんですわ、家族というのも。サイボーグのおっさんも作ってみたら……

 ッとこれは失礼。その年ではァ、難しいですわな。ハハハハハハハ!!!」

「その通りだ、その通りだ! ハッハッハッハ!」 


 狂ったように笑うイスタングとアレクサンダーを中央国の王様は視界に入れないように、

 海洋国の女王は冷ややかな視線を送っていた。


「ウールシア殿、調子はどうかね? 君が女王の座についてもう六年か、早いな」

「もうそんなに経つのですね……あの時はお世話になりました。

 ドワール様のご指導の甲斐もあり、順調です」


「君は変わらず真面目だね。気にしなくてもいいというのに。

 君の父上とは昔からの親友だった。その親友の娘を助けるのは当然さ」


 騒がしい二人を他所に、中央国のドワールと海洋国のウールシアは穏やかな雰囲気で話をしていた。

 中央国はどの国とも一定の親交があるが、海洋国とはとりわけ深い仲にあった。

 そして、今もその親交は続いている。


「そんなことはありません。あの時の御恩は一生忘れません」

「まったく、君は父上と似て頑固だね。だけど、その人に対する姿勢は好ましいと感じる。

 彼も今の君を見たら、きっと誇りに思うはずだ」


 ドワールはウールシアの目を見ながら心の声をそのまま口にした。

 このまま成長していけば、きっと良い王になれるだろうと彼は考えた。


「……ありがとうございます」


 海洋国の女王――ウールシア・メイクリットも、ドワールを好ましく感じていた。

 王としての態度は今だに見習うことが多い。けれども、分かり合えないこともある。

 それはアンドロイドの扱いと犯罪者の扱いだ。

 ドワールは、アンドロイドを物だと考る。

 だが、ウールシアには出来なかった。人となんら変わらない彼らを物として扱うことが。


 彼女の目的は一つだ。代理戦争そのものをやめることだ。

 そうすれば、アンドレイやアンドリューのような悲劇は生まれなくなる。

 そもそも海洋国は戦争を望んでいなかった。しかし、資源の多さが仇になり他国が攻め入ってきたのだ。

 通常の戦争が五十年、この代理戦争が三十年、合計して八十年間も戦争を続けているが、

 海洋国が戦争を望んだことは一度もなかった。ウェイズルー地方に属していたために、戦争に巻き込まれ続けている。


「(戦争の連鎖を断ち切れる時は来るのでしょうか……)


 ウールシアが女王になった時から、解決策を模索していたが万事解決の方法は出てこなかった。

 せめて一人でも味方がいればと、ドワールを見るが、彼は優しく微笑むだけで、

 その視線の意図には気づいていなかった。


「それにしても、あそこまで壁を破壊されて問題ないのでしょうか」


 ドワールから視線を外し、スクリーンへと目を向けた。

 そこには、魔法により抉り取られている壁の映像が映し出されていた。


「そうだね。万が一にも“脱走”なんてことがあれば、大変なことだ」


 ドワールも視線をスクリーンに変え、重々しく話した。 


「問題ありませーん! まあまあ、お二人が心配する気持ちもわかりますがね。

 魔法ってやっぱり凄いですもんね。これは今年の優勝者は魔法国さんか武術国さんになりそう。

 まあ、とにかくご安心を。まだまだ壁はありますし、万が一全ての壁が破壊されても……ね。

 あっ、もしかして脱走したりしてくれないかなぁとか思ってないですよね?」


「まさか。もし国民が今だに戦争をしてると知ったら悲しむからな」


 ドワーフは両手を広げながら、苦笑いをした。


「……もちろんです。

 我が国のアンドリューは参加していませんが、私も当事者の一人なのですから」


「……ふーん、ふーん。そうですよね、こりゃ失礼致しました。

 さてさて、彼らに教えませんと。時間は有限だってこと」


 イスタングはスクリーンに映し出されているアンドリュー達を見た。

 マイクを持ちながら彼は思う。早くそんなゆりかごから出ておいで、と――――

 

 


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