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俺のモノに触れるな!

 私がこんなにも求めてるのに、酷い! なんで王子様は答えてくれないの。

 ああ、私のこの気持ちはどうすればいいの。よよよっ。


 おいおい、何を泣いているんだ。お嬢ちゃん。

 俺がいるじゃないか(歯をキラーン)


 ああ、アンドリュー様。アンドリュー様。

 I Love You

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「アンドリューさん、空を見上げてどうしたんですか?」


「暑さでちょっと頭がな」


 ヘルヴィの問いかけのせいで、意識が空から戻ってきた。

 もう少しでベットシーンだっただけに、残念だ。

 いや、残念がってんじゃねえよ、俺。想像の中でしてもな。

 

 こんな馬鹿なことを考えてしまうのもアイツが悪い。

 とっとと見つかりやがれや。


「見つかりませんね、グレイフィス王子」 


 横を歩くヘルヴィも俺と同じことを考えていたらしい。


「もう三日目だし、そろそろ見つかってもいいと思うんだがな」


 一週間経っても見つからなければ、城に行くしかないか。

 できれば城に行くのは避けたいが、可愛い子の悲しむ顔なんて見たくないからな! 

 ああ、早く色々なことをしたい。


「…………」 


 ヘルヴィを見る。今日は白いワンピースか。似合ってる、とは言いがたい。どこかアンバランスな感じがする。

 性格的には合ってるが、赤みがかった茶色の髪には白が似合わないな。

 その似合わなさもありだが。ん? 髪から滴り落ちてるのは、汗か。


「暑いな」

「そうですね……夜のように涼しければいいのですが」


 そう言い、ヘルヴィはポケットから取り出したハンカチで、丁寧に汗を拭う。

 仕草がどことなく上品だ。俺が見てきた女の中で一番女らしい。絵本から出てきたようなやつだ。


「これがお嬢様教育の賜物か」

「?」

「気にするな。どっか店に入って休むか」


 ハンカチを仕舞うヘルヴィに提案した。

 この辺は飲食店が多い。休むにはもってこいだろう。可愛い子には優しくせんとな。

 俺は彼女が提案に乗るとと思い、周囲の店を適当に探していると、彼女は休まなくていいと言った。


「どうしてだ? 疲れただろう。暑いし」

「はい、少し疲れましたが、早くグレイフィス王子に会いたいので」


 恥ずかしそうにしながらも、ハッキリと言った。

 アイツ羨ましすぎんだろ。股の緩い女だけじゃなく、こんな子からも好かれんのかよ。

 クソッ、暑さとのダブルパンチで頭が茹だっちまいそうだ。


「へいへい、そういうことならこのまま街の探索を続けるか」

「無理を言って、すみません」


 頭をペコリと下げてくる。


「構わねえさ。俺としてもとっととグレイフィスを見つけたいところだしよ」


 俺達はそのまま飲食店が建ち並ぶ通りを抜け、キャバレーや酒屋、そっち系の宿屋などが多くある場所に差し掛かった。

 夜と違って、人が殆どいない。それにキラキラと鬱陶しい光もない。

 この辺にアイツがいるとは思えないが、俺の家に来るならここを通るかもしれん。

 

「あっ、ここって」


 ヘルヴィは気付いたようだ。

 夜の雰囲気とは全然違うから気付かないかと思ったが。


「お前が働いてる店だな」


 他のキャバレーに比べて小さめの店だが、俺が一番ひいきにしてる店だ。

 酒が無駄に高いが、いい女ばかりだから、つい通ってしまう。

 そういや、なんで良いとこのお嬢さんがこんな店で働いてるのか聞いてなかった。

 気になるし、聞いてみるか。


「どうしてここで働いてるんだ?」


 お前がこんな店で働く必要はないだろう、と暗に込める。

 そうすると、ヘルヴィは困った表情を浮かべた。


「聞いちゃ不味いか」


「えっと、ですね、他の人に話したりしませんか?」

「しねえさ、金に困らない限り」


「困ったらするんですか……?」


 眉を落としながら、小動物のような顔をした。

 どんな顔だよ。


「しない、しない。だから聞かせてくれ」


 本当にお願いしますね、と言った後にヘルヴィが店を見ながら、喋り始めた。


「その、昔からの友達のエレナさんにお願いして働かせてもらってるんです」

「あのデカ、エレナの友達だったのか。似合わねえな」


 俺がそう言うとヘルヴィは苦笑いしながら、


「よく言われます。でも、昔から本当に良くしてもらって……

 あっ、それでですね、この店を選んだ理由は、父や母などが来ない場所でお給金が高いからです。

 ……秘密にしてくださいね」


 俺の目を見て、そう言った。


「想像はしてたが、親に秘密で働いてんのか」


 こく、と首を振ったあと、


「私が仕事をしたいとお願いしても、ダメだと言われてしまいますので」

「中々厳しいんだな。だけど、それにしたってあの店で働く必要はねえだろ」


「私もああいうことをするのは恥ずかしいですが、夜、私が働けるような店はそんなにありませんから」

「それはそうかもしれんな。そもそも、昼じゃいけないのか?」

「昼だと、用事が入ってしまったり、父や母と会ってしまうかもしれませんから」


「なるほど」


 俺達はまた歩き始めた。

 ヘルヴィみたいな女子が、夜、人目を盗んで、あのデカイ館を抜け出してるなんてな。

 たいしたもんだ。そこまでして欲しいものがあるんだろうか。

 俺はその疑問をヘルヴィにぶつけた。そうすると、


「感謝の印を贈りたくて」

「感謝の印? 誰に」

 

 この子のことだ。親とかだろう。泣けるぜ。

 俺に両親がいてもそんなことはしないだろう。

 しみじみと思っていると、彼女が静かにアンビリバボーなことを言った。


「……グレイフィス王子です」


 恥ずかしそうに顔を俯かせがら、ヘルヴィは言う。

 ま た あ い つ か。

 まさか働いてる理由まで、グレイフィスなのかよ。

 なんなんだ、アイツの何がいいんだよ。絵本に出てくるような王子様の一体何がいいんだ。

 まったく、イカした髪をしてるワイルドな俺の方がよっぽど魅力的だろうに。


「助けてもらったんです、昔」


 聞いてもいないのに、ヘルヴィは喋り始めた。


「それで」


 アイツのことなんて聞きたくない、と思いながらつい話を促してしまった。

 

「私が使用人さんに頼んで、買い物に連れってもらったんですが、途中ではぐれてしまって」

「絡まれたわけか、男共に」

「はい……はぐれた場所がちょうど治安の良くない場所だったみたいで、いつの間にか五人の男の人に取り囲まれて」


 身なりのいい女がいたらそうなるわな、と心の中で思った。


「体を掴まれそうになった時、助けてくれたんです。グレイフィス王子が」


 アイツは、よく人助けをしてるみたいだが、こいつもその一人だったってわけか。

 登場の仕方にしろ、絵本の王子様と変わらねえな。

 俺はため息を吐く。


「で、惚れたわけだ。ヘルヴィ嬢ちゃんは」

「ほ、惚れてなんていないですよ。ただ、あの時の感謝をちゃんと伝えたくて」


 ヘルヴィは過去を思い出すかのように目を閉じながら、そう言った。

 俺も人助けを始めるかね。可愛い子限定で。


「そうかい、ごちそうさん。だけど、そんなことがあってよくあの店で働けてるな」


 男が怖くなってもおかしくないだろう。何せ箱入り娘ってやつみたいだし。


「? あっ、そうですね。男の人はまだ少し怖いですが、大丈夫です。

 だいたいアンドリューさんの相手だけですし」


 口元を手で隠しながら、微笑むようにくすくすと笑った。


「ヘルヴィは可愛いからな、選ばない理由がない」


 実は俺がヘルヴィを指名してるわけじゃないんだが。

 どうにもデカパイが裏で手を回して、ヘルヴィが変な客に絡まれないようにしてるみたいだが、言う必要はないだろう。

 あいつの評価を上げるのはしゃくにさわるしな。


「ぁ、ありがとうございます」


 頬を染めながら、可愛らしく、ちょこんと頭を下げた。

 この初心さ、忘れないで欲しい。


「いつまで店で働くんだ?」

「その、今日までです」

「……マジ?」


 俺はショックで首が固まる。

 嘘だろ、貴重な初心枠が辞めるなんて。

 だが、残酷なことほど、真実だ。ヘルヴィは天使の声で、悪魔の証明をする。


「まじ、です」


 

 

「あのっ、ここはどこですか?」 

「んんっ? ……ここは俺の家だな」


 いつの間にかピンクな通りを抜けて、俺の家に来てしまったらしい。

 とてもショックなことがあった気がするが、気のせいだろう。


「えっと、ここがですか……?」


 ヘルヴィが困ったように可愛らしい眉を曲げる。

 その顔、俺が冗談を言ってるんじゃないかと疑ってるな。当然の反応だとは思うが。

 

「おうよ」


 降り注ぐ太陽の光を浴びてもなお、じめっとした暗さがあるこのボロ小屋、ヘルヴィみたいなお嬢様には人が住んでるなんて思えないだろう。

 弱肉強食が当たり前のこの国では、こういった家に住んでるのもぼちぼちいるんだがな。

 こんなボロ小屋だが、いい所はたくさんある。


「ま、せっかく来たんだし入れよ」

「ぁ、はい、ではお邪魔します……」


 俺はその返事を聞き、ヘルヴィを招き入れるため、扉を引くと、ミシミシと音がする。

 我が家唯一の扉が崩壊の危機だ。


「あの、扉から凄い音が」

「安心しろ」


 もう五回は直した。

 なんて口にすると心配して、帰りそうだし、黙っておこう。

 お嬢様が俺の家に入る機会なんて、そうそうないしな。




「色々な物が置いてありますね」


 家に入ったヘルヴィは何か感心したように言う。

 木の扉は壊れず、無事に役目を果たした。そろそろ壊れそうだが。

 と、そういや壊れてるといえば……


「あの、これってベットですか?」


 俺が頭の中で連想ゲームをしていると、ヘルヴィが俺を見ながら、ある物体に指を向けていた。


「“元”ベットな」


 面倒がって、壊れたベットをそのままにしてたんだった。

 失敗したな。ヘルヴィが来るのをわかっていれば、ベットも新調したのに。

 チャンスを逃しちまったか……

 いや、依頼が達成できれば、なんでもしてくれるらしいし、リスクを取るなんて馬鹿か。


「グレイフィスが嫌がらせで、このベット壊してよ。いやー、マジであいつ陰湿だわ」

「ええっ! グレイフィス王子がそんなことをするなんて……」

「冗談だ、冗談。アイツがそんなことするわけないだろ」


 そんなことをやるとしたら俺だろう。

 実際、闘技場の強者を倒すために似たようなことをやった。

 あの時の俺は弱かったし、仕方ないな。

 

 俺が腕を組みながら、自分の意見に同意してると、ヘルヴィは安心したように、息を吐きながら肩を下ろした。

 

「そうですよね、驚きました。アンドリューさん、ひどいです」


 口をすぼめながら、文句を言ってきた。


「悪かったよ」

 

 まさか信じるとは思わなかった。わかりやすい嘘を言ったつもりなんだが。

 アイツにもそういう一面があると疑ってるのか、はたまたこの数日で俺を信頼してしまったのか。

 単に純なだけか。箱入り娘みたいだし。


「壊れたベットの木の先が尖ってたりするから、気をつけろよ」


「あ、はい。踏まないようにします」


 そう言いながら、ヘルヴィは俺の家をちょこちょこと楽しげに動く。

 目もどこか楽しげだ。物珍しいんだろうな、こういう家が。

 俺は入口近くの壁に寄りかかりながら、そんな彼女を眺めた。


「わわ、凄い数の絵本ですね」

「全部で五十はある。全部拾い物だけどな、その棚含めて」


 この家のいい所は歩いて数分の所にゴミ捨て場があることだ。

 俺の家にあるものの殆どがゴミ捨て場から拾ってきたという素敵っぷり。

 デカパイにこの話をした時は大笑いしてたけど、ヘルヴィにはやめておこう。反応が想像できる。


「あ、私もこの絵本を読んだことありますよ」


 ヘルヴィが“俺”の物を持った瞬間――――


「触れるな!」


 反射的に声が出る。


「――――! す、すみません」

「あ、いや、悪い。つい怒鳴っちまって」


 彼女が絵本を持った時、昔の記憶が蘇っちまった。

 ――持ってる人からうばい取って、そのうばい取った物を渡さない。例えゴミでもあげちゃだめ――

 俺の中で今だにあの時の光景、気持ちが離れない。

 もう薄れたと思ってたんだけどな。俺を生かした、呪い。絵本のようには優しくない。


「ぁ、あの、その、グレイフィス王子とはどうやって知り合ったんですか!」


 髪から汗が落ちるのが見えた。

 

「あー! あいつと出会ったキッカケな」


 必死に話題を変えようとするヘルヴィに便乗させてもらうことにした。

 あの空気には耐えられん。


「び、貧乏だった俺にアイツが恵んでくれたんだよ。それがキッカケだ」


 アイツのことを持ち上げるのは嫌だが、もっともらしい言い訳が浮かばん。


「そう、だったんですか?」


 少し疑うような目で、俺を見てきた。

 さっきの嘘で警戒してるな。


「そうなんだよ。家を見ればわかるだろ?」


 俺は家の天井を見上げる。

 貧乏アピールで押し込めよう。


「グレイフィス王子は優しいですが、そういうことはしないような……」

「おいおい、話したこともないやつが何を言ってるんだ。俺はアイツと一年以上の付き合いだぞ」

「ぅ、確かに、アンドリューさんの方が詳しいですよね」


 俺がそう言うと、ヘルヴィは悲しそうな顔をして、肩を落とした。

 すまんな、これも俺のためだ。許してくれ。


「そうだ、アイツはお前が知っている以上に優しくて、心の広いやつなんだよ」


 言ってて吐き気がしてきた。

 自分のイメージを落とさないためだとはいえ、アイツを持ち上げなきゃいけないなんて、残酷すぎる!


「そうなんですね。いいなぁ、私もグレイフィス王子とお話をして、色々なことを知りたいです」


 アイツと話してるとこを想像してるのか、両手をぎゅっとしながら、天井を見つめた。

 傍から見たら、ボロボロの天井にうっとりしてるようにしか見えない。

 “この天井のダメージ具合、最高です……抱いて!” みたいな。


「いいぞ」


「えっと、何がですか?」


 視線を俺に戻し、不思議そうに聞いてきた。

 つい口に出ていたらしい。

 暑さが悪い、暑さが。


「俺の過去を聞いても」


 


「えっと、えっと、少し待って下さい」


 俺の唐突な許可にヘルヴィは慌てていた。

 そりゃ慌てるよな、俺の過去なんか興味ないだろうに。

 聞かれてもいないのに、俺はヘルヴィに過去を聞いていいなんて言ってしまった。


「じゃ、じゃあご両親はどこで生活してるんですか?」

「知らん」


 俺は人に過去を聞かれても、答えたことは一度たりともない。

 それなのに、なんでだ。


「えっと、それはどういう……?」

「俺は両親と会ったことがないってことだ」


 どうして、素直に打ち明けてるんだ。


「ぁ、ごめんなさい……」

「気にするな、俺はどうとも思ってない。で、他に質問は?」


 どうして自分の過去を聞くように仕向けてるんだ。


「えっと、じゃあ、どうしてそんなに強いんですか?」

「たくさん人を……喧嘩してきたからだ」


「経験を積まれたってことですか?」

「そんなところだ。喧嘩殺法ってやつさ、グレイフィスの強さとは逆だな」


「私はそういうのに疎いですが、雰囲気も全然違いますよね。どちらが強いんですか……?」

「ルールなしなら俺だな。あった場合はどうかな。他に何かあるか?」

「あ、えっと、ならアンドリューさんは好きな人がいますか?」

「…………」


 いくつもの絵本を読んでいて気付いたことがある。

 どうにも好きな人には、自分の過去を知ってほしいらしい。

 理由はわからない。


 だが、なら、俺の今やっている行為は、


「いないな」


 そう、いない。

 ヘルヴィを見る。可愛いとは思う。性格も周りにいないタイプで、面白い。

 だけど、それだけだ。

 デカパイや黄色いバニーちゃんを見るときの気持ちと変わらない。


「ちょっと、残念です」

「どうしてだ?」

「一緒に相談し合えたらなと思って」


 もう一つ絵本を読んで気付いたことがある。

 好きな人を見ると、胸がドキドキするらしい。

 つまりだ、俺はヘルヴィが好きってわけじゃないのだろう。

 

 俺がドキドキする場面なんて、酒を飲みすぎた時と強い相手と戦ってる時だけだ。

 うん? そうすると、俺は酒と男に恋してるってことになるんじゃ……


「はっ、仮に好きな人がいても、相談なんてする前にお突き合いするに決まってんだろ」

「ふふ、なんだかアンドリューさんらしいですね」


 やめよう、酒には盲目的な恋をしてるかもしれんが、男とは違う。

 おそらく、違うドキドキなんだろう。

 それにしても、ならなんで、過去を話してしまったんだろう。


「じゃあ質問はこれまでな。グレイフィス来ねえし」

「グレイフィス王子が、ここにいらっしゃるんですか?」

「週一ぐらいでな」


 やっぱり、過去を思い出したせいだろうか。

 アイツと出会った時のことやあの事を思い出したから、話してしまったのかもしれない。

 こういうときの気持ちをなんて、言うんだったか。

 センチ、センチ……


 俺が必死にセンチなんとかを思い出そうとしてた時、ミシミシとした音と共に扉が開いた。


「お前が自分の過去について話すなんてな、お邪魔する」

「お前……」

「グレイフィス王子!?」


 普段会いたくないが、今は凄く会いたかったアイツが、ちょうど来た。

 つうか、今の口ぶり、扉の前で話を聞いてやがったな。

 いや、それよりだ。


「お前、ちゃんと扉を直してけよ」


 外で、砂埃(すなぼこり)を上げながら、ズドンと扉が落ちる。

 扉が無くなったせいで、部屋に大量の光が入ってくる。

 差し込んだ光は、赤かった。


 



 



  




 

 

 

 

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