そそる
「あー頭いてぇ」
木の板の間から、太陽の日差しが零れ、俺の目を刺す。
もう朝かよ、いや、昼か? どっちにしろ、今日は金を稼がねえとな。
そろそろ手持ちも少なくなってきたことだし。
俺はボロボロのベットから出るために体を起こす。
少し体を動かしただけで、ギシギシ、ミシミシとベットから音がする。
そろそろヤベエかな。
俺が手に力を込めてベットから立ち上がると、ドタンバタンガタンと、
頭が痛くなるような音を立てながらベットが壊れた。
壊れた衝撃のせいか、家もグラつく。そろそろ家も壊れそうだ。
つい、頭を手で抑える。
「よく持ったほうか」
ゴミ捨て場から拾ってきて、一年持ったんだから大したもんだろう。
代わりをどうしたもんかな。最近ゴミ捨て場に置かれてねえんだよな、ベッド。
奪うにもサイズがな……買うお金もあるがもったいねーし。うーん。
「まあどうでもいいな」
最悪ベットがなくても眠れる。
それよりも、飯食って、仕事を貰いにいくとするか。
確か棚に塩漬けの肉があったはず。
「おっす、オヤジ、今日もイカしてんな」
「ヘッ、お前もクールだぜ」
互いの髪型を称えあったあと拳をコツンと合わせた。
今日のオヤジの髪型は一角獣ヘアーで、中々挑戦的だ。俺ももう少し挑戦するべきだったかね。ベターにライオンヘアーにしちまった。
それにしても両方動物繋がりとは、俺がオヤジに影響を受けてワックスをし始めたってのが関係してるのかねえ。
「今日は難易度五の任務は入ってきてるか?」
「ないな。最近はからっきしだよ、五の任務ってのは」
「平和になっちまったってことか、俺としては面白くねえな」
「相変わらずお前はイカれてるぜ」
カウンター越しにオヤジはゲラゲラと笑った。
難易度五の任務をこなせば、最低三ヶ月は遊んで暮らせるだけに、面白くない。
いちいちショボイ仕事をするのも、面倒なんだよな。
そういや、
「闘技場はまだ出られねえのか」
俺がそう言うと、オヤジは溜息を吐きながら、
「大怪我でもしなきゃ、まず出られんな」
「チッ、変わらないままか」
あれも時間の短さの割に、稼ぎが良かった。
何よりスリルがあったのがいい。あの客のコロセ、コロセという歓声を浴びながら、命の奪い合いをするってのは中々任務じゃ味わえない。
一つ不満があるとすれば、命を奪う直前でストップさせられる時があるってことだ。
あれは頂けない、奪い合いの一体何が悪いんだか。
「お前は勝ち過ぎたからな、殿堂入りって措置も仕方なしだ」
でも、とオヤジは一つ闘技場に出られる方法があるぞ、と言った。
「なんだ?」
俺は期待を込めながら聞いた。
「グレイフィスが出ることだ」
オヤジはニタニタと、そんなことを言う。
「アイツが出るわけねーだろ。あんなのに」
そもそも金に不自由がないし、殺し合いが好きってわけでもない。
出る理由がないだろう。
「あんなのって言い方はないだろぉ。お前も散々稼いだんだからよ」
「俺が出られないものなんか知るか。それより難易度四の仕事はあるか?」
納得いかなさそうな顔をしながらも、オヤジは依頼書を三枚出してきた。
「ほれ、三つある。どれでも好きなのを持ってけ」
「おう」
できるだけ近場で、なおかつ高い報酬がいいな。
そう考えながら、カウンターに置かれた依頼書を見てみる。
一つ目は、魔獣の群れの討伐。定番だし報酬も悪くはねえが、場所が遠いな。保留。
二つ目は……期間が一ヶ月だと!? 論外だ。パス。
最後は、ゴロツキの住処を壊滅させんのか、場所も近いし、報酬もいい、これにするか。
「じゃあこれにするわ。他の奴に教えるなよ」
俺は一枚の依頼書をオヤジに渡す。
「わかってるさ、その代わり一杯奢れよ。最近カミさんがケチでよぉ」
「結婚すると大変だな。それぐらいなら構わねえさ」
オヤジは依頼書にいつも通りスタンプを押した。
「まだ依頼が完了してねーのに、押しちまって大丈夫なのか?」
俺は笑いながらオヤジに聞く。
「お前がしくじる場面が想像できねえからな。とっとと行ってこい! 髪を燃やされないようにな」
「おう、バッチリ決めたんだ、指一本触れさせねえよ」
俺は髪の毛先を整えながら、冒険者の依頼受付部屋を出た。
太陽が照りつけてるせいで、外は中よりもあっちーな。髪型が汗で崩れねえといいんだけど。
俺は依頼書に書かれていた内容を思いだす。確かゴロツキの住処は森の中だし、ここよりは涼しいだろう。
とっととゴロツキどもを終わらせて、髪型がバッチリな間にもう一件こなすとするかねえ。
俺は首の骨を鳴らしながら、住処を目指して歩き始めた
「ほい、ボスの首だ」
俺は袋に入れた生首をカウンターに載せた。
「はぁ、嫌だな」
オヤジはため息を吐きながら、袋を広げた。
その後、ボスの顔が描かれているであろう依頼書を見ながら、袋の中身を確認していた。
袋の中を見るたびに、青ざめた顔になっていくのは、気のせいじゃないだろう。
「オッケーだ。確認できたよ……この確認方法どうにかならねえのかな」
「オヤジもいい加減慣れろよ。もう両手じゃ足りない数、見てきただろう」
「そうだけどよぉ、慣れねえもんは慣れねえよ」
首を振りながら、オヤジは大きくため息を吐いた。
俺は元から生首を見ることに抵抗感がなかったから、オヤジの気持ちがイマイチわからん。
「へいへい、そうかい。
そんなに嫌なら、協会のお偉い人に訴えかけるしかねえだろ」
「俺にそんな権力あるか!」
「文句一つ言えねえのかよ。思ってた以上に大変そうだな。まっ、そういう時は酒でも飲もうぜ」
「そうだな……後で奢ってくれよな」
「おう、わかってる」
っとそうだ。とっとと報酬金貰って、もう一つ依頼を受けよう。
日も沈んでねーことだし。
「ほら、オヤジ、奢るためにも報酬金をくれ」
「ちょっと待ってろ」
そう言って、オヤジはカウンターの後ろにある、従業員専用と書かれた扉を開け、入っていった。
数分待つと、首の入った袋より少し大きい袋を持って戻ってきた。
中身は現金で間違いないだろう。
「今回の報酬だ。確認しろ」
オヤジが袋をカウンターに置く。
「…………問題ねえ」
金額を確認した後、袋を手元に持ってこようとすると、シワの多い手が俺を止めた。
「なんだ、オヤジ。これは俺の金だぞ」
俺はオヤジを睨みつける。チッ、忘れてることを期待してたのに。
「渡す前に確認せにゃならんことがある」
「なんだよ?」
「奴らの住処から盗んだ物はないな?
もし盗んでいたら、今出すんだ。それはあとで調査団が回収するもんだからな」
「はぁ」
今度は俺がため息を吐く番か。やれやれ。
「ほらよ、これでいいか」
俺は金色に輝くネックレスをオヤジに堂々と渡す。
「まったく、お前は手癖が悪いな」
わざとらしく、声を張り上げる。
そんな注目を集める声を出す必要はねえだろ。
「これでいいだろ、な」
「仕方ないな、これは後で俺が渡しておいてやろう」
そういい、オヤジはズボンのポケットにネックレスを収めた。
その仕草を見て俺も、自分のポッケの中に手を突っ込んで、確認する。
よしよし、指輪ちゃん、あとで売ってあげるからな。
それにしてもオヤジも悪だな。
俺が盗みを働くのを見逃す代わりに、分け前払えとは。
でもこういう人間だからこそ、オヤジと付き合ってられるのかもな。
互いにニヤリと笑いあったあと、俺は何か良い依頼はないかと尋ねたら、
「お前も金を稼ぐのが好きな奴だな。良い依頼ね~……あっそうだ」
これなんてどうだ? と一枚の依頼書を差し出してきた。
「難易度二じゃねえか、うん? こんなにもらえのか」
難易度四に近い報酬金が貰えるとは太っ腹だな。だけど、場所が書かれてない。なんでだ。
仕事内容は……
「家の警備か、どうして場所が書かれてないんだ?」
「なんでも家にお偉いさんが来るらしくてな。依頼を受けた人間にしか教えられないんだ」
「近い? 遠い?」
「いや、だからな……」
「近い? 遠い?」
「……はぁ、近いよ」
よしよし、俺は笑顔を浮かべながら首を縦に振るう。
この時間から遠い場所での仕事なんて勘弁だからな。
近いってわかったんなら……
「受けるぜ、その依頼」
「よし、なら頼んだ。時間は夕方からだから、急いでくれよ」
オヤジはそう言ったあと、一枚の紙を渡してきた。
もらった紙を見ると、仕事場が書かれていた。普段行かない場所だが、確かに近い。
「はいよ。それにしてもこんな旨みのある依頼、どうして残ってたんだ?」
「五の任務を達成したことのある人間にしか、依頼を教えちゃならんって言われてな。
今日店に来た冒険者では、お前ぐらいでな」
「なるほどね……ってなんでさっき教えてくれなかったんだよ」
「その、だな。忘れてたんだ」
頭を掻きながら、少し恥ずかしそうに言った。
「ったく」
これが年のいった男じゃなく、可愛らしい女だったら堪らないんだがな。
文句を言うような事でもないし、とっとと仕事場に向かうとするか。
俺はオヤジにケツを向け、店を出た。
「暇だ」
赤と黒を混じ合わせた空を見上げながら、つい思っていたことが口に出てしまった。
わかっちゃいたが、襲撃者でも来ない限りこういった仕事は暇って相場が決まってるか。
それにしてもあの警備の野郎共の態度はなかったな。五人とも俺をなんだと思ってるんだ。
普段からこの家を守ってるらしい警備長が、俺の顔を見るやいなや、お前は一人で裏門を守れ!
って言って、どっかに行っちまうしよ。
他のやつらも、俺の顔を見て、よりによってあの……とか、ひっ、とか怯えてくるし、面倒ったらありゃしない。
つい怒鳴っちまったけど、俺は悪くないだろう。ああいう態度をする、相手が悪い。
こうなったのもあのクソ王子様と会ってからだ。昔は俺の顔を見てぴーひゃら言うのは、一部だけだったのによ。
「あの…………」
普段お目にかかれない、赤いドレスみたいな服を着た、女、いや女子が話しかけてきた。
ずいぶんと高そうな服を着てるが、なにもんだ、こいつ。この館の住人の知り合いとかか?
「あー悪いけど、今はどんな人間でも通すなって話らしいから、また改めて来てくれ」
「ええっ?」
女子は驚きと困惑を混ぜ合わせた顔をしていた。
「そんな顔するなんて、約束でもしてたのか? 約束を破られるとは可哀想によ」
館を見上げながら俺は少女に慰めの言葉を送った。
可愛い子じゃなければ、ざまあねえぜとでも言ってただろうなぁ。
俺はいつだって、か弱い少女の味方だぜ。
キラッとした歯を少女に見せつける。
そうすると、少女は戸惑った表情で、
「あの、私はですね――」
そういやこいつどっかで見たことがあるような……
この弱々しくて、可愛い顔に、デコボコがない身体、うーんどこだったか。
「ここの家の娘、です」
「へっ?」
少女がこっちをチラチラ見ながらそんなことを言った。
「んな、馬鹿な。門は……と、あれ」
門の外にいる、俺。 門の中にいる、少女。
つまりはだ、この少女は館の中にもういるらしい。
真面目に守衛をするのに飽きて、館を眺めてたんだった。忘れてたぜ。
「おお、そうみたいだな。こりゃ失礼。で、何のようだ?」
「その、仕事の終了をお知らせに来ました」
なるほど、いつの間にか来訪者は帰ったってわけか。
警備にも飽き飽きしてたし、助かった。
それにしても、家の娘がわざわざ知らせに来るなんて、人手不足か?
「りょーかい。給料はどこで貰えばいいんだ」
「警備室の方でお渡しします。……あと、その、ですね」
少女はモジモジと下をうつむきながら、何かを言っていた。
可愛いが、仕事終わりで疲れてる時に、こういう態度は疲れんな。
俺は声を強めながら、
「なんだって? もっとハッキリ喋ってくれ」
「は、はい。その、アンドリューさん、ですよね?」
赤みがかった茶色い髪の隙間から、目をこちらに向けてくる。
俺の名前を知ってるとは、またあいつのファンかよ。
つい肩をすくめてしまう。めんどくせー。
「ああ、そうだが」
気だるそうな声が出てしまう。
「ぁ、あの……私のこと覚えてますか?」
「ん? どこかで会ったか」
これだけ可愛けりゃ忘れないと思うが。
「昨日接客させて頂いた、ヘルヴィ・ヌーイと言うんですが」
「ああ! 思い出した。あの子か」
このおどおどした感じ、確かにあの子だ。
名前も確かこんな感じだったし。
「どうしてあんな所で働いてたんだ?」
立派な館を見ながら、ヘルヴィに聞いた。
あんな下品な店で働く必要なんてないだろうに。
実は借金だらけだったりするんだろうか。
「事情がありまして……」
頬を染めながら、そっと呟いた。
あんな店で働くなんて、どんな事情だよ。
興奮する理由しか浮かばん。
「あの、なんだか息が荒くありませんか? 体調がよろしくないんじゃ……」
「気のせいだ」
ふう、こういうタイプもありだな。
しみじみと頷く。そうすると、ヘルヴィが髪をいじりながら小さい口を開いた。
「その、アンドリューさんって、グレイフィス王子とお知り合いですねよ?」
「まあ、残念なことにな」
身なりが良かったから、声を掛けたが失敗だったな。
まさか一年以上も絡まれ続けるハメになるなんて。
「あの……アンドリューさんにお願いがあるんです!」
俺が口に砂利を含んだ時の気持ちを思い出してると、ヘルヴィが真っ直ぐにこちらを見る。
「なんだ、お願いって。俺がお嬢様に出来ることなんてたかが知れてるぞ」
嫌な予感を感じながら、俺は軽口を叩く。
「いえ、アンドリューさんならきっと出来るはずです」
「…………言ってみろ」
可愛い子の真剣な姿についグッときって、そんなことを言ってしまった。
「グレイフィス王子に会わせて欲しいんです!」
「はぁ」
そんなこったろうと思ったよ。答えは決まってる。
「い・や・だ」
「な、なんでですか」
困ったような表情を浮かべながら、ヘルヴィは尋ねてくる。
「俺からアイツに絡みたくねーんだよ。
それにな、お前みたいなお願いをしてきた女が何人もいるんだよ。やってられるか」
アイツに会いたいなら、自分で探して会えや。結構街の中ほっつき歩いてるし、いつか会えるだろう。
俺を仲介人すんじゃねえよ、まったく。
とっとと金を貰って帰ろ。俺は門の中に入って、警備室に向かうことにした。
「待って下さい!」
俺がヘルヴィの横を通り過ぎ、数歩あるいた所で強い声が聞こえた。
初対面の大人しい印象を覆すような声だ。こんな声が出せるのか、こいつ。
「ぉ、おおきな声を出してすみません」
「それは構わねえけどよ。何度お願いされてもやらねーぞ。俺は」
ヘルヴィの方に首だけ向けて、返事をする。
今までお願いしてきた女よりは可愛げがあるけど、それとこれとは別だ。
俺の利益にもならず、ただただ面倒なことをしたくはない。
「なんでもします!」
その言葉にすかさず俺は反応し、体全体を彼女に向ける。
なんでもします、か。
ヘルヴィの声に反応したかのように、木が風によって揺れ、葉の鳴らす、ざわ、ざわとした音だけが聞こえる。
「本当になんでもか?」
「わ、私にできることなら」
俺がヘルヴィの目を見据えながら、言う。
そうすると彼女は視線を逸らしながら、オドオドとした声で返事をする。
「お前にしかできない、とは言わんが、中々そそるものを持ってるからな」
ヘルヴィの体を下からゆっくりと舐めまわすように見る。
細くて白い足に、意外と大きな尻、胸は残念だが、顔はよし。
何よりこの弱々しい感じが、そそる。
「いいだろう。グレイフィスに会うのを協力してやる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ぎゅっと自分自身の手を握り締めながら、嬉しそうな顔を浮かべた。
だが、その後不安そうに、
「あの、あんまり変なお願いは……」
上目遣いでこっちを見てきた。
知るか。
「で、会う方法なんだが」
「あ、あの……はい」
「実は俺からグレイフィスに会う方法はない」
「ええええ!? ないんですか」
心底驚いたかのように、ヘルヴィは大きな瞳を更に大きくした。
「おう」
「えっと、えっと」
「今のお願い、やめるか。今ならキャンセルもオッケーだ」
俺は誠実をモットーにしてるからな。
首をこくこくと振っていると、ヘルヴィは少し迷った表情をしながら、
「いえ、お願いします。その、結構会われていますよね」
「まあな、週に二回は会ってるんじゃないか」
俺の家が知られてなきゃ、もう少し会わずに済むんだがなぁ。
「よかった……ならお願いします」
「へいへい、じゃあ明日から俺と一緒に街をほっつき歩こう。それが一番手っ取り早い」
城に行ってもいいんだが、門番とかに対して俺の覚えが悪いからな。
最終手段にしておこう。
「わかりました。昼の一二時からでいいですか?」
「ああ、構わねえよ。朝はなんかあるのか?」
「稽古がいくつかありまして」
申し訳なさそうに頭を下げる。
お嬢様も大変だ。
でも、ますます疑問だ。どうしてあの店で働いてる、というか、働けてるんだ。
稽古をさせるぐらいだから、親が放任主義ってわけでもないだろうに。
「ではまた明日」
「おう」
考え事をしていると、顔を上げたヘルヴィが俺に声を掛け、手を振ってきた。
ついそれに反応して返事をし、門の外へ出ようと少し歩いて気付いた。
「まてまて! まだ肝心の物を貰ってないぞ」
「…………?」
ヘルヴィはきょとんとした顔を浮かべた。
こいつ天然か……
「今日の報酬を受け取ってから帰る」
「あ、」
あと明日の待ち合わせ場所は、街の中央の噴水前な、と付け加える。
ヘルヴィは恥ずかしそうなに頬を赤く染めながら、俺を警備室へと連れて行くため、前を歩き始めた。




