Phantom.10 迫る危機
『百貨店・エアハルトへお越しのお客様にお知らせします。間もなく午後八時、閉店のお時間でございます。本日もご来店、誠にありがとうございました……』
そのアナウンスを、ティオゲネスはエアハルトの三階にある男性用トイレの天井裏で聞いていた。
昼間は、ディンガーに宣言した通り、観光地を歩き回った。目的は特になく、時間稼ぎだ。
それから、夕刻に差し掛かった辺りでエアハルトへ入り、閉店時刻の寸前でこのトイレの個室へ滑り込んだのだ。流石にトイレの中へまで付いてくる訳にいかなかったのか、追っ手はさり気なく外で待っているようだったが、閉店となれば店員に追い立てられるだけだ。強硬手段を使わない限りは。
それを彼らがしない保証はないが、今のところはまだコトを荒立てたくない筈だ。
個室の外に追っ手の姿がないのを確認し、天井裏へ潜り込んで三十分。やがて、アナウンスの後に、もの悲しいメロディが流れた。セシリアから奪ってきた端末で時刻を確認すると、ちょうど午後八時を過ぎたところだった。
だが、まだ外へ出るのは早い。
更に念の為、三十分程間を置いてから、ティオゲネスは慎重に天井裏からトイレへ通じる蓋を開けて外を見た。閉店してから時間が経った所為か、トイレ内は既に暗い。けれども、天井裏で闇に目が慣れていた為、さほど苦労することなく、ティオゲネスは個室の中へ降り立った。
自らの気配と足音は殺し、用心深くトイレの外を伺う。
店内は、非常灯を残して明かりは落とされており、人もいない。ただ、警備員はどこかにいるかも知れない。そして、追っ手ももしかしたら、ティオゲネスと同じ方法で潜んでいないとも言い切れなかった。
(――さて、どうするかな)
最初は、このデパートの事務室にでも侵入して、そこのパソコンから救援を呼ぶことを考えていた。勿論、いずれはバレるだろうが、まさかインターネット・カフェでもない場所から送られるメールまで張ってはいまい。
だが、今になって微かな危惧と、それによる躊躇が生まれている。
向こうは、ティオゲネスの脳内に仕掛けた発信器の信号を見張っている筈だから、たとえ店の中であろうと歩き回れば何をしているのかと訝るに違いない。
そこまで考えて、ふと、手に視線を落とした。そこには、セシリアから奪ってきた端末がある。
動画を送って来られるくらいだから、ネット回線に繋がってはいるのだろう。試しに、大手の検索サイトに繋いでみる。ネットに接続できることを確認して、ティオゲネスは微かに唇の端を吊り上げた。
***
(くそ……!)
ディンガーは苛立っていた。
セシリア、ことスティールから得た情報に拠り、ティオゲネス、ことアッシュのアキレス腱だという少女を確保した。
これでひとまず、アッシュにも首輪を付けられたと思っていたのに、悪知恵ばかりが回る少年は全く言うことを聞かない。挙げ句に、商品を一つ傷物にされてしまった。
時間を置けばまた使えるだろうが、暫くは無理だ。
ともあれ、早々に例の本屋から回収し、応急手当だけ済ませた彼女は、今は倉庫に寝かせてある(というより、銃創の所為で意識不明だから、寝かしておくしかないのだが)。このことは、既に先方にも報せてあった。治療費は無論、こちら持ちだ。医師に見せるのは、向こうへ引き取ってからという話にはなったが、売却金額を大幅に値切られて、踏んだり蹴ったりである。
せめて、アッシュの方だけでも料金を上乗せしないと割に合わない。その為には、不本意だが彼を傷付ける訳にもいかず、取り敢えず、監視で満足するしかなかった。
舌打ちしながら、携帯端末で時間を確認する。時刻は、午後九時を回ったところだ。定時連絡の時刻も近かった為、ディンガーはそのまま画面をタップした。
「……ディンガーだ。そっちの様子はどうだ、ヴァシェク」
ツーコールで通話状態になった端末に呼び掛ける。
先刻、四人行かせていた見張りは、二人に減ってしまった。これもアッシュの仕業だと思うと、本当に忌々しい。
『問題なく捕捉しています。ただ、小僧、デパートに立て籠もりを決め込みやがりまして』
「デパートに?」
『はい。あの、エアハルトというデパートです』
言われて、ディンガーは手元のパソコンを操作した。
百貨店・エアハルトのホームページを開く。それに拠れば、閉店は午後八時。客がウロウロしていれば、速やかに外へ追い立てられそうなものだが。
そう訊ねると、ヴァシェクと呼ばれた部下は、男子用トイレに籠もったきりだと返した。
ディンガーは眉根を寄せた。あの少年のことだから、どこか、一般人の店員に見つからないところで閉店をやり過ごしたのだろう。
それは容易に想像が付いたが、立て籠もった目的が分からない。監視されていれば、外部に連絡を取っても無駄なことくらいは理解できるだろうに。
「……分かった。おれは、念の為に通信の痕跡を確認する。お前とディハニヒは、引き続き近辺で監視に当たってくれ」
了解、とヴァシェクが短く応じたのを聞いて、通話を切ったディンガーは、パソコンに手を伸ばす。
ネット・カフェなどの施設からでは、すぐに通信が押さえられる。だから、このデパートの事務室辺りのパソコンを使おうと企んだのか。
昔から聡明な少年だとは思っていたが、読まれているようでは、まだまだ甘い。
デパートの回線に侵入して、通信を調べる。だが、すぐにディンガーは眉根を寄せた。
メールが配信された痕跡が、まるでない。いや、あるにはあるが、それらは全て、店が業務に必要なやり取りをしたものだ。不審な――少なくともディンガーにとって不審な送信先は、一つもなかった。
肝心なところで動きがないというのは、却って不気味だ。
アッシュの発信器の信号を受信しているパソコンに目を戻す。その信号の光は、店のある地点でほぼ微動だにしていない。
(……アッシュの奴……一体何を企んでる?)
毒々しい紅い瞳が、その光点を一心に睨み据えた。
***
意識が浮上すると、痛覚も同時に蘇って、セシリアは眉根を寄せた。
痛み止めくらい、打ってくれてもいいのに。
生きる目的を失っている割には、反射でこんなことを考える自分に、セシリアは苦笑した。
視線だけで天井を見上げると、打ちっ放しコンクリートのそれが目に入る。撃たれた傷の所為か発熱していて、視界もぼやけていた。
起き上がるどころか、指一本さえ動かすのも億劫だ。それでも、顔だけを緩慢に動かすと、見張りの男が一人、壁に背を預けるようにして煙草を吸っていた。
「……怪我人に……気、遣うって頭は、ないの……?」
掠れた声で口に乗せると、男がこちらへ視線を動かす。
「気が付いたか」
「ここどこ……? アッシュは……?」
微妙に会話が噛み合わないが、セシリアの頭は大半が熱に浮かされているので仕方がない。
男も、そう思ったのだろう。何か言い返そうとしたように見えたが、息を吐いただけで、セシリアから視線を外す。
「あのガキならまだ逃走中だよ」
そんなことは予想が付いている。だから、セシリアが気になったのは、そこではない。
「端末……」
「あ?」
まだ何かあるのか、うるさいな。と言いたげな声が降って来る。しかし、それに気分を害している余裕も、気にするような思考も今はない。
「あたしが……持たされてた……端末、は?」
ひたすら、それを口にする。
あの端末がもし、ティオゲネスに持ち去られていたら。
勿論、セシリアが彼の立場なら、あの端末で救援を呼ぶなど、最初から選択肢に入れない。無謀も甚だし過ぎる。
だが、ティオゲネスが何を考えているか、セシリアには理解できなかった。こんな風に、とことん彼らに逆らう真似をして、人質の命が惜しくないのだろうか。
「あ……それと……あたし、どれくらい、眠って……?」
上がる呼吸にどうにか必要な質問を乗せる。
「お前、一体何言って……」
「早く……」
あんたの疑問は後でいくらでも考えればいい、けど、あたしは今にも気を失いそうなんだ!
もう少し意識がはっきりしていればそう叫んでいるが、今は現実に目覚めているだけでも精一杯だ。
この男が、気働きができるなら、ディンガーに今の言葉を伝えるくらいはしてくれるだろう。しかし、頼りない。セシリアの目から見て、及第点より下だ。
ディンガーに、報せて。
そう口にしたつもりだったが、もう分からない。
男が思い切り眉根を寄せて、自分を覗き込む映像を最後に、セシリアの意識は再び闇に沈んだ。
***
ディンガーが、スティールの安否を訊ねたのは、それからたっぷり一日経ってからのことだった。
取引まで、後一日半程に迫った夜のことだ。
「どうだ。小娘の容態は」
「はあ。鎮痛剤が効いてるのか、今はよく眠ってます」
「そうか」
熱に魘されていて、経過も良くない、という報告が部下から上がったのは、今日の昼間だった。
仕方なく、近くの大学病院へ担ぎ込むよう手配し、本格的な治療を受けさせた。
配下に、後から父親が来ると言わせ、自らが父親を装った手前、放置する訳にもいかず、然りとて強引に連れ帰っても目立つ。そこで、止むなくそのまま入院させる仕儀となった。
個室に入院させることができた為、訪ねた病室内には今、ディンガーと眠るスティール、そして配下の一人であるシャレットという男だけだ。
「全治はどのくらいになりそうだ」
取引の始まる明後日には間に合わないことだけは明白だが。
「取り敢えず、半月は入院させるようにという診断です」
シャレットに当たっても仕方ないのも分かっている。
罵倒の言葉は全て溜息に乗せて吐き出し、ディンガーは「そうか」とだけ言った。
「小娘の意識は、もうずっと?」
「あ、それが、一度だけ目を覚ました時がありまして」
何でそれを早く言わない。
叩き付けるように叫びたかったが、やはり堪える。代わりに、必要以上に鋭く相手を睨んでしまったらしく、シャレットが息を呑むようにして身を縮めた。
「何か、言っていなかったか?」
「あ……えっと……」
苛立ったような声が出てしまい、シャレットは益々肩を竦めた。しかし、これ以上ディンガーの機嫌を損ねてはと思ったのか、必死で考え込む仕草をした後、オドオドと口を開く。
「ええと、自分が預かった端末がどうとか、言っていました」
「端末?」
そう言えば、アッシュを捜す為に彼女を出した時、彼女に携帯端末を持たせた。彼女を回収した際に、あれだけが見当たらなくておかしいとは思ったのだ。
けれども、その後アッシュに良いように翻弄されっ放しだった為、すっかり忘れていた。
「端末が、どうしたんだ?」
「さあ……推測ですが、所在を気にしている様子でした」
「後は?」
「自分がどのくらい気を失っていたか、というようなことを言って、後は夢の中に逆戻りですよ」
ふうん、と、吐息とも返事とも付かない声を出して、ディンガーは考え込む。
今まで思ってもみなかったが、あの端末がアッシュに渡っていたとしても、不思議はない。けれど、それを気にするスティールの真意は分からなかった。
仮に、あの端末を手にしたとしても、どこか外部に連絡を取ることはまずない筈だ。万が一そうしたとしたら、一発でバレるというのは、あの聡明な少年なら考えない訳がない。自分で自分の首を絞めるようなものだ。そこが分からない程バカではないだろう。
しかし、分かっていて、裏を掻いたとしたら?
その可能性に、ハタと思い当たって、ディンガーは弾かれたように病室を後にした。シャレットの疑問の声も届かない。
あたふたと車に飛び乗り、最初にアッシュ達を監禁していた、今も拠点とするアジトへ急いで戻る。車がまるで動いていないような錯覚を覚える程、アジトへ帰り着くまでが長く感じられた。
アジトの地下へ降りると、その時間帯の当番である男が三人、数台のパソコンの前に陣取っている。
ディンガーは、その内の一人に、例の端末の通信記録を洗うよう指示を出した。
***
『おい、アッシュ!』
唐突に通信が入ったのは、取引まで一日強と迫った日の、夜中だった。
「……うるさいな。定時連絡ならもっと静かにやってくれよ」
ティオゲネスは、薄暗い中でボソボソと応対する。
今、ティオゲネスがいるのは、デパート・エアハルトの筋向かいにある、ネットカフェのブースの一つだ。
これまでの経緯がどうあれ、未成年のティオゲネスは、普通のビジネスホテルに泊まることは難しかった。
外へ救援を求めてから、丸一日経っている。
(後一日くらい、持つと思ったんだけどなー)
まるで他人事のような独り言が、脳裏を過ぎる。
そんなティオゲネスの嘆きなどお構いなしに、脳内にディンガーの声が木霊する。
『喧しい! 貴様っ……やってくれたな!』
鼻息も荒く叫びまくるディンガーの怒声に目を眇めながら、無駄とは知りつつ耳を塞ぐ。
「何を」
『とぼけても無駄だ! 言え! 誰に連絡を取った!?』
「んーなの、調べりゃ分かるこったろ。下らねぇコトでいちいち人の頭ん中でがなり立てるの止めてくれよ。騒音被害で訴えるぜ?」
言えば、瞬時息を呑むようにディンガーの声が止まる。
それはそうだろう。調べても恐らく送信先が分からないから、こうしてこちらへコンタクトを取ってきたのだ。
『貴様は、……本当に優秀な生徒だな』
「お褒めに与り光栄ですよ、センセー」
クスッ、と皮肉っぽい笑いを零す。
敵にメールの送信先・発信元を攪乱し、分かり難くする術は、組織にいた頃学んだ。IT関連の教官はディンガーではなかったが、成績優秀な子供のリストは、どの分野の教官の目にも入っている筈だ。
「ご褒美にこの発信器、外してくれると有り難いんだけど?」
『だが、まだ詰めが甘かったな』
今度は、ティオゲネスが沈黙する番だった。
散々相手を挑発するようなことをしていたのは自分だから、いずれこの台詞が降って来るのも分かっていた。けれどもそれを、できれば取引の時まで延ばせれば、というのは、やはり希望的観測――というより、楽観的な予測だったようだ。それも、思いっ切り。
(こういうトコ、アイツの天然が感染ったよなー、絶対……)
あの女、今度会ったら覚えてろ。
フワフワとした栗色の髪の持ち主を、一瞬頭に思い浮かべて即シャットアウトする。
褒美よりも仕置きが先だな、という声が聞こえたのは、その直後だった。
『後で、端末に動画を送る。精々後悔しろ』
恐ろしい捨て台詞の後、こちらが何を返す間もなく、通信は切れた。
***
東の空が白み始める頃、マルタン教会は、いつもよりも早い、そして物騒な朝を迎えていた。
修道士と修道女は六人全員が後ろ手に拘束され、居住区にあるリビングへ集められている。そこへ、同じように拘束されたラティマー神父は、小銃を携えた男に連行されて足を踏み入れた。
「ガキは?」
「今連れてきています」
室内にいる男は、全部で三人。
押し込み強盗にしては、全員が素顔を晒している。
「……あなた方は、一体何が目的ですか?」
その場にいる、拘束された者を代表するように、ラティマーが静かに口を開く。
「うるせぇ! その内分かるさ」
早く座れ、と続けながら、後ろにいた男が、ラティマーの膝裏を蹴飛ばした。否応なく膝が折れ床にぶつかり、ラティマーは微かに顔を顰めた。
「神父様!」
「神父様……!」
修道士・修道女達が口々に言う。ラティマーは、それを目で制した。心配ない、と。
「もしかして、あなた方は、昨日辺りから我々を監視していませんでしたか?」
胡座を掻いて、膝へのダメージを軽減しながら、改めて侵入者達に問う。すると、今度は侵入者達は一様に目を見開いた。
「ジジイ、どうしてそれを……!」
「おい、止せ! 余計なコトは言うな!」
色めき立つ男達を、この場のリーダーと思しき男が鋭く制する。
「お前もだ、ジジイ。余計な詮索すると、寿命が縮むぜ」
「命など、惜しくありませんよ。我々聖職者は、そもそも神の後を歩く者。死など、現世での終わりに過ぎません」
「てめぇ!」
「――ならば、これはどうだ?」
そのタイミングで、二階で眠っていた子供達が、ぞろぞろと連れて来られる。
エレンとティオゲネスがいない今、この教会で世話をしている子供達は、全部で八人。
この場の最年長は、十二歳のアドルフォ=ファルケだ。
少年は、唐突に起きた非常事態に、最年長者として毅然とした態度を取ろうとしているようだった。が、その顔は銃を持った人間に脅されている所為か青ざめており、成功しているとは言い難い。
その下は順に、十歳のクリスティアン=シュノッル、同じく十歳のクラウディア=ファン=デーデコム、九歳のリーン=ヴェイク、七歳のランベルト=ファン=ラルス、五歳のケヴィン=アウフステュス、同じく五歳のイサドラ=バックランド。そして、まだ一歳にもなっていない赤子のニコライ=マラートヴィチ=ヴィコフは、ぞんざいにもう一人の男の腕に抱かれていた。
(……敵は全部で五人……か)
ラティマーは、冷静に脳内で呟く。
これは、少々厄介だ。
自分達だけなら切り抜けられようが、子供達八人を盾にされて、うまく立ち回れる自信のある人間はこの中にはいないだろう。
せめて、『彼』がいれば。
今この場にいない、銀髪の少年をふと脳裏に浮かべる。しかし、思っても詮無いことだ。
「さて、慈悲深い神父さん? あんた方の命じゃあ脅しにならないなら、このガキ共はどうだい? 少し早く神の御許へ送ってやるのは、俺たちはやぶさかじゃないが」
ラティマーは、ひとまず口を閉じた。静かにリーダーらしき男を睨み上げると、その男は嘲るような笑みを浮かべて、子供達をリビングに入れるよう部下に指示する。少し離れた場所で、二人の男が包囲するように、座らせた子供達の前に立つ。
「神父様……」
「神父様ぁ」
もうイサドラは半泣きだ。同じく半泣きだったケヴィンは、彼女が先にべそを掻くのを見た為か、必死で涙を飲み込むような顔になる。だが、その目には透明の膜が盛り上がり、今にも頬にこぼれそうだった。
赤子のニコライは、ただならぬ空気を感じているのか、ここへ連れて来られた当初から盛大に泣き喚いている。
「大丈夫。皆、落ち着いて。きっと助かります」
柔らかく微笑すると、男の一人がそれを遮るように、ニコライに銃口を向ける。
「余計なコトは言うなと言った筈だ! 連絡はまだか!」
男は、ニコライの泣き声に掻き消されまいと声を張り上げる。それに驚いたのか、とうとうイサドラも声を上げて泣き出した。
「おい、ガキ! 静かにしねぇと、本当にぶっ放すぞ!!」
すると、ケヴィンが泣きながらも庇うようにイサドラを抱き締める。黙らなければ死ぬ、というのは理解できたのか、イサドラもしゃくり上げながらも口を閉じた。
「来ました!」
同時に、男の一人が、掌から若干はみ出す程度の大きさの小型パソコンの画面をリーダーに向ける。
『様子はどうだ』
ラティマーの位置から画面は見えない。しかし、声が聞こえるところを見ると、恐らく動画付き電話のようなものだろう。
「全員、ここに捕らえています」
すると、何故かパソコンを持った男は、クルリと後ろを向いた。
画面の向こうにいる人物に、子供達が見えるようにしているらしい。
『アッシュ。聞こえるか』
連絡してきた男の声が、ニコライの泣き声に被る。アッシュ、と呼ばれた人物の返事は、こちらまでは届かない。男達が返事をしないことからも、この場にいる誰かの呼称でないことは分かる。
『今から言う場所に、三十分以内に戻れ。もう、お前を野放しにしておく訳にはいかん』
誰かが答えるような間が、また少し開く。
『残念だったな。これが見えるか』
今度は、微かに何かが聞こえた。相手が何事か叫んだのだろう。
『お前は、クラルヴァイン嬢に傷を付けるなと言った。彼女に傷一つでも付いていたら、我々には従わない、と。だが、ここの連中に付いては聞いていないのでな。――フランソン』
「は」
今度は、リーダーと思しき男が返事をして、画面に向かって進み出る。
『誰でもいい。一人、間引きしてやれ』
「は」
フランソンと呼ばれた男が、無情にも従順に返事をして、子供達に向き直る。
「では、まず静かにする為に、コイツだな」
クス、と楽しげな笑いをこぼしたフランソンが、泣き続けているニコライの頭に銃を向けた。
「悔やめ、アッシュ。己の愚かさをな」
男の指が、迷いなくトリガーを絞る。
早暁の教会に、似つかわしくない甲高い音が響いた。




