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ティオとエレンの事件簿  作者: 神蔵(旧・和倉)眞吹
Case-book.4―Phantom―
45/72

Phantom.5 動き出した企み

『う……ッ、ゴホッ!』

 咳き込んで、荒い息を吐きながら、ディンガーは起き上がった。

 数時間振りに吸う外の空気は、今まで口にしたどんなものよりも美味いと感じた。

 今いる場所は、港のコンテナの陰らしい。目の前には場違いに青い海と、水平線の境界が分かりづらい空と、海原にポツポツと船が点在していた。

『大丈夫か』

 声を掛けたのは、琥珀色の瞳と、ベージュに若干黒を落としたような色合いの髪を持つ男だった。眉が適度に吊り上がり、逆に目尻が垂れ下がっているのが印象的な顔立ちだ。

 ディンガーはと言えば、ストレッチャーの上で、遺体を入れる袋から生まれ出るように上体を起こしていた。

 その上半身は血塗れで、何も知らない人間が見たら、ゾンビか何かだと思っただろう。

『もう少しマシなものはなかったのか。臭くて息が詰まりそうだったぞ』

 文句を言えば、男は『悪いな』と肩を竦めた。

『そもそも遺体を詰める為の袋だから、使い回しが当たり前なんだよ。そうそう買い換える訳でもない。使うのは遺体だから、あんたのように文句を言う奴もいないしな』

『ああ、そうかい』

 ディンガーは、溜息を吐いて袋から足を引き抜いて地面へ降り立つと、鼻と泣きボクロをもぎ取って地面へ捨てた。

『おいおい、こんなものこんな所へ放置したら、捕まえて下さいって言うようなモンだぜ?』

 男が、ゆったりとした口調とは裏腹な素早い動きでそれら二つを拾うと、綺麗なフォームで海へと放り込んだ。付け鼻と偽ボクロが、見事な放物線を描いて海へ吸い込まれ、波間へ消える。

 変装の為の付け物を取り去ったディンガーの素顔は、中々な色男だった。

 面長で卵形の輪郭に、通った鼻筋、切れ長の目元と紅い瞳がまあまあ良い配置で収まっている。

『で、これからどうするんだ』

 男が振り返って訊く。その視線の先で、ディンガーは上着を脱いでいるところだった。チャックを下ろした上着の下には、偽の血液を流している防弾チョッキが覗いている。

『記録に付いちゃ、お前さんが処理してくれるんだろ?』

『ああ。検死官には金抱かせといたし、これで一応、“ヴェア=ガング”にいた“ヴェルナー=ディンガー”は“死亡”で片が付く筈だ』

 男は、懐から取り出した箱から煙草を一本、口で引き抜きながら頷いた。

『結構』

 クス、と笑いを零したディンガーは、そんな彼の肩を、ポンと軽く叩いた。

『ま、これからも頼りにしてるぜ、相棒』

 そう言うと、彼は『悪い。火、持ってねぇ?』と返しながら、火の付いてない煙草を差し出した。


***


「何で……ここにいるんだよ」

 ティオゲネスは、目を一杯に見開きながら、呆然と呟いた。

 これ以上開きようがないくらいに目を大きく開いているのに、目の前にいる男は錯覚でも幻でもなさそうに思えた。

「あんた……何で生きてんだ?」

「おいおい、何ではヒドいな。お前のお陰であの世に逝き掛けたってのに」

 男は、瞳の色と同じ、毒々しい赤褐色の髪の毛を掻き上げて、肩を竦める。

 次の瞬間、男が大股で距離を詰めてきた。ハッと身構えた時には遅く、ティオゲネスは首筋を捕らえられて、ベッドへ押し倒された。

「ぐぅっ」

 蛙が潰れるような情けない悲鳴を上げて、引っ繰り返る。相手の攻撃に対してできたのは、肩を竦めるようにして、喉へのダメージを軽減することだけだ。

「本当はお前を同じ目に遭わせてやりたいんだがな。それは大人げないし、何よりすぐ使えなくなるのは困るんだ」

「……にを、勝手な、コトをっ……!」

 負けじと紅い目を睨み返すと、黙れと言わんばかりに首に掛けられた指に力が籠もる。

「とにかく、今度こそは大人しくしてて貰うぞ。大事な商談だからな」

「何だっ……て?」

 殊更眉根を寄せると、ディンガーは押し付けたベッドの上へ更に突き飛ばすようにして手を離した。咳き込むティオゲネスを、ディンガーの紅い瞳が冷たく見下ろす。

「逃げようなんて無駄なコトは考えるなよ。万一逃げ出せたところで、所詮お前達は裏でしか生きられない。お前だって、そう思ったからこそ裏に戻ったんだろう?」

「……ッゲホッ……勝手なコト、言うな。戻った訳ねぇだろ。たとえそうだとしても、殺しはもうやらない」

 直接の殺しも、それに繋がる強盗も、詐欺も、麻薬も――だからこそ、一時の資金稼ぎにあの賭試合場を選んだのだ。

 けれど、ディンガーはティオゲネスの言い分を鼻で笑った。

「キレイゴトだな。表の世界の人間から見れば、裏は裏だ。殺人も詐欺も賭事も、大差はない」

「うるせぇよ。あんたが俺の人生に口出す権利なんて、とっくに消滅済みだ」

「そうかな。じゃあ、割と最近、お前がしたコトは何だ? あれだけ世話になった副総帥も手に掛けたそうじゃないか」

 瞬時、息を呑んだが、動揺は頭の隅に追いやる。ここは、先に黙った方が負けだ。

「……それとこれとがどう関係するのか、全く分からないけどな。正当防衛だよ。お話し合いが通じるカワイイ相手じゃなかったんでな」

「なるほど?」

 ディンガーは意味ありげに言うと、クス、と小さく楽しげに笑った。

「……何がおかしいんだよ」

「いや? となれば、お前はまだまだ『兵器』として使い物になりそうだと思ってな」

「はあ? 何言ってやがんだ」

 しかし、ディンガーはティオゲネスの問いに答えずに背を向ける。

「おい!」

 ティオゲネスが声を荒げると、扉へ向かって歩を進めていた男は、ピタリと立ち止まった。

「どういうコトか、状況くらい説明しろよ」

「説明すれば、大人しくしているのか?」

「そんな保証はありませんー」

 顔だけ振り向けて問う男に、ティオゲネスは『びー』と舌を出して見せる。

「なら、交渉は決裂だな」

 クス、とまた小さく笑った男は、肩を竦めて言うと、今度こそ部屋を出て行った。


 パタン、と軽い音と共に扉が閉じられ、ガチャリと錠が落ちた音がする。

 あのくらいの鍵なら、開けられないことはない。問題は、道具がないことと、そもそも身体の自由がほぼないことだ。

 普段身に着けている仕込みブレスレットは没収されたらしく、手で探っても付いたままの様子はない。銃は、眠らされる直前には、幸か不幸か身に着けていなかった。

 髪の毛も、意識がなくなる前は後頭部で纏め上げていたのに、今はざんばらに下ろされている。となると、髪の中に隠していたヘアピンも取り上げられたと思っていい。

 ティオゲネスは、溜息を吐いて、どうにか身体を起こし、足枷に目を落とした。

 鋼鉄製で、皮膚との間にやや隙間はあるものの、勿論抜け出せる程の余裕はない。一センチ程の厚さと、足首から十センチ程の幅がある。

 枷とベッドの支柱とを繋ぐ鎖も、太くて頑丈そうだ。たとえ、ティオゲネスが屈強な男だったとしても、素手で引きちぎるのは九十九パーセント無理だろう。

(となると、支柱をどうにかできればな……)

 しかし、よく見ると支柱は金属製のパイプでできている。枷の鍵を抉じ開けるか、さもなければベッドごと移動するのでなければ、ここを離れることは難しそうだ。

(あーっ、くそ!)

 全然駄目だ。八方塞がりとはこのことだ。

 辛うじて一つチャンスがあるとしたら、取引の時だ。

 商談と言うからには、これは人身売買で、何らかの取引がある筈だ。相手に引き渡されるその時、どうしてもこの部屋から移動せざるを得ないだろう。ここから連れ出される時が唯一のチャンスだが、その時に果たしてどんな方法で連れ出されるのか、そもそも意識がある状態で連れ出してくれるのかが皆目分からない。

 下手をすると、もう一度眠らされて、次に目が覚めたら今より更に厳重に監禁されている、などということになり兼ねない。

(っていうか、その確率めちゃめちゃ高いんだけど)

 両手を後ろで動かしてみると、両手首にも足と同様の枷が付けられ、手首の間には短い鎖が渡されているようだった。

 どうしたモンかねぇ、と半ば他人事のように脳裏で呟いた時だった。

「あんた、どうしてそんなに逃げ出したいのよ」

 ふと、向かいから声が飛んで来る。そちらに視線を向けると、まだ床に座ったセシリアが、ベッドに寄り掛かり、刺すようにこちらを見ていた。

「お前にカンケーないだろ」

 ふん、と鼻を鳴らして、ティオゲネスは彼女から視線を外す。

「ねぇ、無駄よ。一度こっち側に来たら、どう頑張ったって表には帰れない。あんただって知ってる筈でしょ」

 呆れたように言うセシリアに、右足で支柱を蹴り付けながら返した。

「別に、俺だって表に『帰れる』なんて厚かましいコトは考えちゃいねぇよ。ただ、縛られて人殺しを強要されるのがもう嫌なだけだ」

「じゃあ、自分の意思で殺すのはいいわけ? そうよね。あの人を殺したのだって、あんたの意思だもんね」

「お前もいちいち突っかかるな。言ったろ。正当防衛だって」

 ティオゲネスは肩を竦めてセシリアを見た。

「一応断っとくケド、そのコトに付いちゃ、俺は謝罪しねぇぞ」

「何ですって?」

「当たり前だろ? あの女は、エレンに危害を加えた。致命傷寸前の傷を負わせたのはお前だけど、あの女はアイツに二発銃弾浴びせてる。その上アイツを、俺を繋ぐ首輪代わりに使おうとしやがったんだ」

 声が、普段のオクターブ低くなるのが分かる。冷える空気に、セシリアが気持ち臀部で後ずさるが、ティオゲネスは構わず右足を床へ下ろした。

「生かしといたら、将来的にエレンが理不尽に殺される危険があったから排除した。それだけだ」

 こういう考え方ができるところが、そもそも一般人と懸け離れているという自覚はあった。が、ティオゲネスは今それを突き詰めることは、敢えて放棄した。

 左足が繋がれている所為で、床に座ったセシリアと視線を合わせることは難しい。だが、可能な限り彼女に顔を近付け、一言一言を区切るように言う。

「先に言っとくぞ。あの女を直接殺したのは俺だ。だから、仇討ちしたかったら、いつでも相手になってやる。けど、アイツをそれに巻き込もうとするのは許さない」

「な、」

 冷えた翡翠で相手を見据えれば、セシリアは怯えるように微かに肩を震わせ、それを隠すように虚勢を張る。

「何、勝手なコト言ってるのよ。あんたにそんなコト、選ぶ権利があるとでも、思ってるワケ? だ、大体、別にあの子のコトなんて、あたし一言も、」

「さっき言ってただろ。殺し損ねたとか何とかさ。どの道お前にも、俺への復讐の手段としてアイツを巻き込む権利なんてねぇ筈だ。まあ、こんなセリフ、月並みな上にチャラすぎて、自分が吐くなんて思ってなかったけど、念の為に言っとく」

 そこで、一度呼吸を置くように言葉を切ると、ティオゲネスは瞬時目を伏せる。次に、瞼の下から現れた翡翠の瞳には、底冷えるような色が宿っていた。

「エレンに、指一本触れてみろ。アイツに何かしたら、ただじゃ置かない」

 セシリアは、今度こそ息を呑むようにして口を噤んだ。彼女の肩先が、隠しようもない程の震えを見せ、顔が心なしか青ざめている。

「もし、そういうコトしたら、簡単に楽にはしてやらねぇから。覚悟しとくんだな」

 とどめのように言って、わざと満面の笑みを浮かべてから、ティオゲネスは上体を起こした。

「さーてと」

 無理な姿勢でいた所為で凝り固まった首をほぐすように、ゴキゴキと音を立てて回し、肩を上げ下げする。

「ところでさ。お前、本当に協力する気、ねぇ?」

 声を潜めると、ティオゲネスは再度彼女の方を向いて口を開く。

「……はぁ?」

 セシリアは、ティオゲネスの言葉の意味を計り兼ねたのか、青ざめた顔色を残したまま、眉根を寄せた。

「……あんた、自分が何言ってるか分かってる?」

「分かってるつもりだけど?」

 あっさり返すと、セシリアは大きく溜息を吐いて、ベッドの上に座るティオゲネスを見上げる。

「じゃあ、言い直すわ。あんた正気?」

「さてな。その辺は何とでも言えよ。どうする? 邪魔するってんなら、今度こそ遠慮なく寝て貰うけど」

 セシリアは、やはり眉根を寄せたままティオゲネスを()め上げた。

「さっきのまぐれ勝ちでいい気になってるの? 断っておくけど、次はあたしも手加減しないわよ」

「やってみろよ。但し、その場合本当に死ぬ覚悟はしとけよ」

「何ですって?」

「こっちは見ての通りだからな。加減しないんじゃなく、できない。さっきのはたまたま殺さないで押さえ込める形に持ち込めただけだ。改めてやってもいいけど、次の保証はない」

「矛盾してるわね。さっきは『殺しはもうやらない』なんて、カッコ付けてたクセに」

 はん、と鼻で笑うセシリアの言葉に、ティオゲネスは動じなかった。同じように鼻先で笑って、唇の端を吊り上げる。

「時と場合に拠るな。必要と判断すれば()るだけだ。あの女の時みたいにな」

 ピクリとセシリアの肩が跳ねる。先刻まで脅えが混ざっていたアイス・ブルーの瞳に、明らかな憎悪が宿る。

 その憎悪を反らすことなく見つめて、ティオゲネスはクスリと笑った。

「だから、弔い合戦ならいつでも受けて立ってやるよ。でも、できればこっちの余裕がある時にして欲しいって話だ」

「それが選べる立場だとでも?」

「だから、そっちが好きにしろよ。それでこっちの対応も変わるって言ってんの。邪魔するか協力か、それともどっちでもない沈黙か。選り取りの三択で楽しいだろが」

 さっさと選べ、と言い放ってティオゲネスは口を噤んだ。

 セシリアも沈黙していたが、口の両端はやや下がっている。唇を山なりに引き結んだ彼女が、険の籠もったアイス・ブルーの瞳で翡翠のそれを睨み据えていたのがどのくらいだったのか。

 やがて、おもむろに立ち上がった彼女は、静かに答えを口に乗せた。


***


「もーいっぺん言ってくれるか、ママ。誰をどうしたって?」

 ラッセルは、カウンター越しに引き攣った顔で、バー・ガリーニのママ、ことロドヴィーコ=マリオ=ガリーニと対面していた。

 彼(彼女?)は、以前北の大陸<ユスティディア>で荒事込みの情報屋をしていた時期がある。それは、ラッセルがストリートチルドレンをやっていた最後の方の時期と重なり、ロドヴィーコとはその頃からの知人だ。

「うん、だからぁ。仲買人のロレンツォ=アンドレーア=アルトベッリに売ったの。今、元ヴェア=ガング仕込みの子って、結構流行(はやり)らしいのよねぇ」

 煙管を吹かしながら、空いた手をパタパタと上下に振るロドヴィーコの台詞の語尾に、ハートマークが付いて聞こえたのは、絶対に気の所為ではない。


 ラッセルは、ティオゲネスが消息を絶ってからの二ヶ月の間に、大体の彼の足取りを掴んでいた。

 そもそも、彼がCUIOから本気で身を隠そうとしていなかったらしいことが、それを容易にさせたようだ。もし、彼が本気で、CUIOのみならず、知人に行方を知られないようにしようと思えば恐らく可能で、ラッセルにもすぐには消息を掴むことができなかっただろう。

 だがそれが、ラッセルの油断にも繋がった。

 行き先は分かっているし、路銀もあまりない筈だから、そうそう短い間に移動はしないだろうと踏んだのだ。ある意味ではその通りで、だから、行き先を掴んだ時に踏み込んでいれば、ティオゲネスをあっさり捕まえられた筈だった。

 けれども、実際にラッセルが目星を付けた店に訪ねた時には一足遅かった。

 ティオゲネスの姿はなく、そこのオーナーのロドヴィーコは、ティオゲネスを売り払ったとあっさりと宣ったのだ。

「だってぇ。こーんなにお金積まれちゃったらぁ、嫌とは言えないでしょう?」

 こーんなに、と言いながら、ロドヴィーコが見せたのは、六十万グロスの小切手だ。

 西の大陸<ギゼレ・エレ・マグリブ>中央部の一般的なサラリーマンの月収が、大体千四百グロスだから、真っ当な表の人間でも三十年以上は遊んで暮らせる計算になる。

 ああ、そうでしょうとも、あんたならな。

 珍しく、すぐに沸点に達しそうになる苛立ちを宥め、小切手を引ったくって破り捨てたい衝動をねじ伏せながら、ラッセルは相変わらずカウンターに肘を突いて、引き攣った表情でロドヴィーコを睨み付けた。

「分かったよ。そいで? そのロレンツォ=アルトベッリって仲買人には、どこに行けば会えるワケ?」

 すると、ロドヴィーコは、黙って空いた手を差し出した。

 情報量を寄越せ、の意だ。

 はあっ、とわざとらしい溜息と共に、「いくら」と訊ねると、十万でいいわ、と返ってきた。

「吹っ掛け過ぎだろ」

「あら、妥当な手打ちよ。何せジークちゃん……ティオゲネスちゃんを六十万で手放したんだから、本当は六十万貰いたいところなの。それを六分の一で済ませようってんだから、かなり良心的じゃなぁい?」

「仮にこれでおれがティオを見つけても、あんたの懐は痛まないと思うが?」

「確かにね。でも、考えてもみて? あたしは仲間を売る上に、上得意様を一つなくすの。将来的な儲けも込みと思えば、あたしにしてみれば赤字も同じなのよ」

「仲間なんて概念ねぇクセに、よく言うよ」

 大仰な溜息と共に言ったラッセルは、懐の銃に伸びそうになる手を握り締めることでその場に留め、質問を重ねた。

「じゃあ、もう一つ見積もり出してくれよ」

「あら、何かしら」

「さっき、『ヴェア=ガング仕込みの子は流行だ』って言ったな。どういう意味か聞かせて貰ったら、いくらになる?」

「そうねぇ。プラス十万って言いたいところだけど、ラスちゃんなら上得意様だもの。五万でいいわ」

 締めて十五万ね。と言ったロドヴィーコに、ラッセルは満面の笑顔を浮かべた。

 知らない人間が見たら、人好きのする笑顔としか見えないそれは、彼をよく知る人間にはどこか黒いものを含んで見えただろう。

 実際、ここ数年付き合いのなかったロドヴィーコには、前者に見えたらしい。しかし、ラッセルは彼の言うままに金を払う気など更々なかった。

「生憎だけど、鉛弾しか持ち合わせがねぇんだ」

 にっこりと笑ったラッセルは、そののんびりとして見える笑顔とは裏腹な素早い動きで懐から銃を抜いた。

「締めて十五万グロス分の鉛弾、全部叩き込んでやったんでいいかな?」

 額に銃口をポイントされながらこんなことを言われれば、普通の相手なら青ざめた挙げ句にタダで情報をくれるところだ。けれど、ラッセルよりも修羅場の場数を踏んでいるらしいその男は、これくらいでは動じなかった。

「まあ、物騒ね」

 クス、と一つ笑って肩を竦めると、ロドヴィーコは煙管を吹かす。

「そんなにあの坊やが大事?」

「ヘンな意味でなけりゃな。大事な弟で、相棒みたいなモンだ」

 ラッセルも苦笑を返して、同じように肩を竦めた。

「あら。大分年が離れてるみたいだけど」

「無理すりゃ息子で通るかもな」

 真顔で言い放つと、ロドヴィーコの黒い瞳が、ラッセルの琥珀色の瞳をヒタと見据える。

「分かったわ。ツケにしといてあげる」

「そりゃ、どうも。昔なじみの割引とかはないワケ?」

「充分割り引いてあげたじゃないの。これでウチは公平な商売してんのよ。裏も表も関係ない。あの坊やにも言ったことだけどね」

 ふう、と息を一つ吐いて、ラッセルはロドヴィーコの額から銃口を退いた。納得のいかないラッセルの表情を見て取ったのか、ロドヴィーコが苦笑を浮かべて言う。

「じゃあ、一つだけオマケの情報付けてあげる。掛け値なしの無料よ」

「それだけ価値のある情報なんでしょうねぇ、ママ」

 右手に銃を握ったまま、ラッセルはカウンターに元通り肘を突いた。

「無料にしてはお釣りが来ると思うわ」

 わざとらしく吹き掛けられた煙草の煙を、パタパタと払いながら、ラッセルは相手の答えを待つ。

「ラスちゃんは、IOCAって知ってるわよね?」

「ああ」

 よく知っている。ヴェア=ガングから救出した子供達が、今も世話になっているくらいだ。

「もうそろそろ、火を吹く頃かもよ?」

「どーいうこった?」

 いくら無料で提供される情報だと言っても、抽象的すぎる。もう少し具体的な説明を求めて首を傾げると、ロドヴィーコはますます面白そうに微笑して煙管をくわえた。

「あすこのトップって、いつ頃交代したんだったかしら」

 あすこ、というのはIOCAのことだろう。

 ラッセルは、記憶を辿って目線を上に向けながら言った。

「んー……大体十年くらい前かな」

「で、ヴェア=ガングが崩壊したのは?」

「五年前」

「なら、いい頃合いなんじゃないかしら」

「だから何が」

 もったいぶるような口調にいい加減苛立って眉根を寄せる。

 すると、ロドヴィーコはラッセルを宥めるように肩を竦めた。

「あすこって、一度送り出した子を絶対再受け入れしない方針になったんですってね。その本当の理由の調査と、特にヴェア=ガングにいた子がどうなったかを調べるコトを強くお勧めするわ。でないと――」

 間を持たせるように一度言葉を切ったロドヴィーコは、吸い込んだ煙を吐き出して、言葉を継いだ。

「ヴェア=ガングの再興運動が本格的になるわよ」


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