初詣 3
駐輪場に着いた香月は、足を気遣いながら俊哉の自転車の後ろに乗る。俊哉は自転車にまたがり、香月の表情を確かめる。
「大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。平気」
「そっか」
「それじゃあ二人乗り自転車俊哉号、出発!」
香月のその掛け声とともに俊哉は自転車のペダルを漕ぎ出した。こう大きな声で言葉を添えて。
「よっしゃ! 行くぞ」
夜の闇を、香月を後ろに乗せた俊哉の自転車は駆け抜けて行く。月夜が二つの影を照らし出し、冷気が二人の肌に触れて行く。夜空の月にはうっすらと雲が掛かっていた。
するとしばらく進んだ頃だろうか、ポツリポツリと雨が一粒一粒零れ落ち、それはやがて大きな雨に変わる。
俊哉は困ったように手傘をさす。
「やばいな。どこかで雨宿りしよう」
自転車のライトに照らされた前方、バス停に見えるところを香月が指さす。
「あ、あそこ! 日除けのあるバス停」
「よし。あそこにしよう」
俊哉は香月に合いの手で返事をすると、バス停の前に自転車を停めた。二人は雨の中、駆け込むように、日除けの屋根の下へと入り、ベンチに腰掛ける。
雨がやむのを待っている間、ほんの僅かな間、二人は話すことがないのか、それともあえて何も話さないようにしているのか、黙ってベンチに座っていた。
俊哉は両ポケットに両手を入れ、肩をすぼめている。俊哉は少し寒さに弱いようだ。
すると何を思い立ったのか突然、香月が立ち上がり、近くのコンビニへと向かって走り出した。
俊哉が大声で呼び止める。
「おい! 香月! 何してんだ。濡れるぞ! それに足!」
香月は俊哉の制止も振り切って、コンビニへと駆けこんでいった。「全く」と言って俊哉がバス停の日除けで待っていると、香月は雨を手傘で避けながら戻って来た。彼女の手にはビニール袋がぶら下げられている。
香月はバス停のベンチに戻ると、袋からアツアツの肉まんを取り出して俊哉に手渡す。肉まんからは湯気が出ている。
「はい、俊哉君。『何か奢る』って約束してたよね。はい、肉まん」
俊哉は香月の優しさに少し困ったような笑みを浮かべた。だがもちろん香月の優しさを断る理由も俊哉にはない。俊哉は肉まんを受け取る。
「こんな時に。いいよ。ホントに」
「いやいや」
そう言うと香月は自分用にも買ってきた肉まんを頬張った。俊哉も肉まんを一口、大きめに口にする。
香月は、肉まんのお蔭で温まった息を楽しげに吐き出して、俊哉に訊く。
「俊哉君。来年、何か抱負ある?」
「抱負? 抱負ねぇ。取り敢えず健康でいることかなぁ」
香月の不意な質問へ、少し戸惑いながらも答えた俊哉の言葉に、香月は嬉しそうに耳を傾けている。今度は俊哉が香月に訊き返す。
「香月は?」
香月は指を頬にあてると、少し考えて答える。
「やっぱりみんなで同じ高校に行くことかなぁ」
「永瀬は違うだろ? 推薦で」
俊哉の言葉に香月は頭を掻く。
「あっ、そうか」
しばらくの沈黙のあと、二人が触れないようにしていた話に香月は触れる。
「俊哉君も、違うね」
俊哉は後悔がないように振り切る。
「ん。そだな。でもその話はもうなし。一度焼却炉で話しただろ?」
「そだね」
またも少しの間、黙り込む二人。
『あのっ!』
次の瞬間、二人は同時に声をあげた。
「どうぞ」
俊哉が香月に譲る。香月は「どうも」と一言礼を言って俊哉に訊く。
「俊哉君って、お母さんのこと好き?」
「何だよ。突然」
俊哉が口元を軽く緩めて返すと、香月がにっこりと笑う。
「私は大好き」
香月のその笑顔にほだされたのか、俊哉もリラックスして両手を伸ばす。
「まぁ、俺も好きかな」
「えへへ。一緒だね」
香月は俊哉と気持ちが一つになったのが嬉しかったのか笑った。俊哉も照れくさげに頬を掻く。
「そだな」
二人の何気ないが、とても貴重な時間、大切な時間が過ぎ行き、やがて雨は小降りになっていった。
香月と俊哉の二人が肉まんを食べ終わるのと時同じくして、雨はやんだ。俊哉は「さて」と言って腰をあげる。
「じゃあ行くか。二人乗り自転車俊哉号!」
「うん」
香月がそう応えると二人はまた自転車に乗った。そして香月の掛け声とともに俊哉の自転車は走り出すのだった。
「レッツ・ゴー!」
雨の後、まだ強い冷気が残る夜の道を俊哉の自転車は走り抜けていく。香月と俊哉には吹き抜ける風がとても気持ちよく感じられた。




