表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
香月  作者: keisei1
72/81

初詣 3

 駐輪場に着いた香月は、足を気遣いながら俊哉の自転車の後ろに乗る。俊哉は自転車にまたがり、香月の表情を確かめる。



「大丈夫か?」


「大丈夫、大丈夫。平気」


「そっか」


「それじゃあ二人乗り自転車俊哉号、出発!」



 香月のその掛け声とともに俊哉は自転車のペダルを漕ぎ出した。こう大きな声で言葉を添えて。



「よっしゃ! 行くぞ」



 夜の闇を、香月を後ろに乗せた俊哉の自転車は駆け抜けて行く。月夜が二つの影を照らし出し、冷気が二人の肌に触れて行く。夜空の月にはうっすらと雲が掛かっていた。


 するとしばらく進んだ頃だろうか、ポツリポツリと雨が一粒一粒零れ落ち、それはやがて大きな雨に変わる。


 俊哉は困ったように手傘をさす。



「やばいな。どこかで雨宿りしよう」



 自転車のライトに照らされた前方、バス停に見えるところを香月が指さす。



「あ、あそこ! 日除けのあるバス停」


「よし。あそこにしよう」



 俊哉は香月に合いの手で返事をすると、バス停の前に自転車を停めた。二人は雨の中、駆け込むように、日除けの屋根の下へと入り、ベンチに腰掛ける。


 雨がやむのを待っている間、ほんの僅かな間、二人は話すことがないのか、それともあえて何も話さないようにしているのか、黙ってベンチに座っていた。


 俊哉は両ポケットに両手を入れ、肩をすぼめている。俊哉は少し寒さに弱いようだ。


 すると何を思い立ったのか突然、香月が立ち上がり、近くのコンビニへと向かって走り出した。


 俊哉が大声で呼び止める。



「おい! 香月! 何してんだ。濡れるぞ! それに足!」



 香月は俊哉の制止も振り切って、コンビニへと駆けこんでいった。「全く」と言って俊哉がバス停の日除けで待っていると、香月は雨を手傘で避けながら戻って来た。彼女の手にはビニール袋がぶら下げられている。


 香月はバス停のベンチに戻ると、袋からアツアツの肉まんを取り出して俊哉に手渡す。肉まんからは湯気が出ている。



「はい、俊哉君。『何か奢る』って約束してたよね。はい、肉まん」



 俊哉は香月の優しさに少し困ったような笑みを浮かべた。だがもちろん香月の優しさを断る理由も俊哉にはない。俊哉は肉まんを受け取る。



「こんな時に。いいよ。ホントに」


「いやいや」



 そう言うと香月は自分用にも買ってきた肉まんを頬張った。俊哉も肉まんを一口、大きめに口にする。


 香月は、肉まんのお蔭で温まった息を楽しげに吐き出して、俊哉に訊く。



「俊哉君。来年、何か抱負ある?」


「抱負? 抱負ねぇ。取り敢えず健康でいることかなぁ」



 香月の不意な質問へ、少し戸惑いながらも答えた俊哉の言葉に、香月は嬉しそうに耳を傾けている。今度は俊哉が香月に訊き返す。



「香月は?」



 香月は指を頬にあてると、少し考えて答える。



「やっぱりみんなで同じ高校に行くことかなぁ」


「永瀬は違うだろ? 推薦で」



 俊哉の言葉に香月は頭を掻く。



「あっ、そうか」



 しばらくの沈黙のあと、二人が触れないようにしていた話に香月は触れる。



「俊哉君も、違うね」



 俊哉は後悔がないように振り切る。



「ん。そだな。でもその話はもうなし。一度焼却炉で話しただろ?」


「そだね」



 またも少しの間、黙り込む二人。



『あのっ!』



 次の瞬間、二人は同時に声をあげた。



「どうぞ」



 俊哉が香月に譲る。香月は「どうも」と一言礼を言って俊哉に訊く。



「俊哉君って、お母さんのこと好き?」


「何だよ。突然」



 俊哉が口元を軽く緩めて返すと、香月がにっこりと笑う。



「私は大好き」



 香月のその笑顔にほだされたのか、俊哉もリラックスして両手を伸ばす。



「まぁ、俺も好きかな」


「えへへ。一緒だね」



 香月は俊哉と気持ちが一つになったのが嬉しかったのか笑った。俊哉も照れくさげに頬を掻く。



「そだな」



 二人の何気ないが、とても貴重な時間、大切な時間が過ぎ行き、やがて雨は小降りになっていった。


 香月と俊哉の二人が肉まんを食べ終わるのと時同じくして、雨はやんだ。俊哉は「さて」と言って腰をあげる。



「じゃあ行くか。二人乗り自転車俊哉号!」


「うん」



 香月がそう応えると二人はまた自転車に乗った。そして香月の掛け声とともに俊哉の自転車は走り出すのだった。



「レッツ・ゴー!」



 雨の後、まだ強い冷気が残る夜の道を俊哉の自転車は走り抜けていく。香月と俊哉には吹き抜ける風がとても気持ちよく感じられた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ