初詣 2
絵馬売場へと足を運んだ香月達。絵馬を前にして高橋は香月達に訊く。
「みんなそれぞれどんな願掛けするんだ?」
淡々とマイペースの朱美が答える。
「えっと、私はとりあえず志望校に合格することかな」
「私も」
「私もです」
夏樹と桜も続く。推薦入学の決まっている美穂だけが、一人趣きの変わった願いを口にする。
「私は春の新人戦で優勝することかな」
高橋は教え子達のそれぞれの願い事に目を細めている。
「そうか。それはいいな。高樹は?」
高橋が香月に訊くと、彼女は少し足を庇いながら答える。
「私ですか? 私はたくさんありすぎて!」
「たくさん。と言うと?」
高橋が尋ねると香月はスラスラと並べていく。
「えっと、美穂が世界一のランナーになって、夏樹がミスコンで優勝して、桜が日本一の俳句詠みになって、朱美が世界一の絵描きさんになって、それからそれから」
元旦娘の理想のヒロイン像を地で行く願い事の数々に、みなはほんのりと胸を温かくしていた。みなの吐く白い息が穏やかに立ち込める。
今度は香月が俊哉に向き合い尋ねる。
「俊哉君は?」
「俺か? 俺は秘密だよ。純情な男の心、覗いちゃやーよ」
「アハハ」
俊哉が見せた茶目っ気に香月は声をあげて笑った。俊哉と香月のやり取りに高橋は微笑ましげだ。各人、みなの願い事を聞いていよいよ絵馬に筆書きしようとした時、香月が不意に叫ぶ。
「あっ! ない!」
「『ない』って何が?」
夏樹が訊くと香月はポケットに何度も両手で触れる。
「おばあちゃんの形見のお筆。あれで書こうと思ってたのに!」
美穂が右手を軽くあげる。
「仕方ないわね。お筆は神社に用意してあるから。それを使いましょう?」
美穂の言葉に香月は、両頬を両手で抑えて青ざめる。
「ダメ! ダメなの! おばあちゃんが亡くなってから、ずっとおばあちゃんの筆で書いてきたの。だから!」
夏樹が口に手をやり、心配げに香月に訊く。
「どうする? 今から家に取りに帰る?」
「あっダメ。私、今足が痛いから自転車漕げないし」
香月が答えると夏樹が高橋に振る。
「じゃあ高橋先生が」
高橋は慎重を期す。
「困ったなぁ。今俺は甘酒で酔いが少し回ってるんだ。誤って転倒でもしたら」
「頼りない先生だなぁ」
夏樹が半ば呆れ気味に言うと高橋は提案する。
「そうだ。この中で一番脚力があるのは。西島。お前、高樹を自転車で自宅に連れてってくれないか」
「何で俺が」
俊哉は顔をしかめて即行断った。すると香月が申し訳なさそうに手を合わせる。
「ゴメン。俊哉君」
「うーん」
俊哉もただの面倒くさがりではない。ここまで挺身低位頼まれて、無碍に断るような男でもない。俊哉が再度唸ると健が小声で囁いて後押しする。
「俊哉、いいチャンスだぞ」
その言葉に言外の意味をも汲み取った俊哉は、しばらく考えて答える。
「分かった。連れてってやるよ。ただし!」
『ただし?』
その場にいた全員が、俊哉の顔を覗きこむ。俊哉は答える。
「『何か』奢ってくれ」
その条件のハードルの低さに安心しきって、香月は口元を緩ませる。
「うん。わかった」
そうして、香月と俊哉の二人は自転車置き場に戻って行った。




