初詣 1
人間、暗示にはかかりやい。俗に偽薬療法と呼ばれる、暗示療法は、ブドウ糖や乳糖が含まれた薬に似たものを患者に処方し、「薬を飲んでいる」という安心感から、患者に暗示をかけて病状の改善を図る。
暗示。このプラシーボ効果と呼ばれるそれは、医療の現場に限らず、人の気分の浮き沈みをコントロールしているようである。
またアルコール成分の少ない飲み物を、アルコール度が高いと前もって伝えて飲ませると、酒の回りが早くなるとかならないとか。
『5、4、3、2、1!』
街の店に集まった人々がカウントダウンを告げる。0がカウントされると同時に新年の幕開けを派手に祝う声が響く。
『ハッピーニューイヤー!』
店内の人は手を翳して喜び合っている。皆、これは暗示とは関係なしに新しい年の始まりを心から歓迎しているようだ。
香月の家から少し離れた所にある大きめの神社には、時同じくして、香月達が初詣に来ていた。
晴れ着姿で装う桜と美穂と朱美。夏樹と香月だけは軽装だ。夏樹がたまらずに不平を漏らす。
「なぁに? ひけらかし? 普段着で来た私達が馬鹿みたいじゃない」
美穂がにっこりと、おしとやかに笑って夏樹を宥める。
「夏樹。そう言わないの。初詣に着物を着る子はね。観姿でなく、観心も美しいのよ」
「ほぇーん。言うじゃない」
夏樹は少し顎をあげて引きつった笑みを浮かべる。一方の香月だが、何やら足を庇っている。夏樹が腰を少し降ろし、香月を気に掛けて訊く。
「どうしたの? 香月」
「ん、ううん。ちょっと足、捻っちゃったみたい。でも大丈夫。帰る頃には治るでしょ!」
そう言って香月は歩きはじめる。夏樹達は香月のいつもの元気の良さに安心したのか、境内へと続く坂道をのぼっていく。
香月達が坂をのぼること数分、境内の人混みの中に俊哉と健、それと高橋を夏樹と美穂が見つける。
美穂がどことなく微笑ましげに感心する。
「あら、あの三人。いっつも一緒ね」
高橋も香月達に気づいたらしい。手を振って香月達を呼び寄せる。
「おー、高樹ー。お前達も来てたのかー」
美穂はつい口にする。
「何だか呑気な先生ね」
美穂の的を射た指摘に朱美と桜は笑った。香月と夏樹は、高橋含む三人組と一緒になると、何がしか面白いことが起こるのを直観的に知っているのか、率先して高橋達の所に歩み寄っていく。
高橋は香月達を機嫌良さそうに迎え入れる。口からは甘酒の香りがする。あとからついてきた朱美が口を左手で覆う。
「先生、もう甘酒飲んでるんですか? それに先生、車でしょう? 教育者として失格ー」
高橋は上機嫌で返す。
「いや、自転車で来てる。教育者足るもの、その辺はしっかりしなくちゃな」
夏樹が珍しく素直な良い子の一面を見せる。
「あ、なら良かった。私達の知ってる高橋先生だ」
高橋は甘酒程度で足がふらつき気味だ。
「えぇ、いますよー。ここに。高橋先生は」
高橋の酔いっぷりにみなは声を立てて笑う。高橋はみなの様子に満足したのか、少し締まりのある顔で口にする。
「それよりお前達、おみくじは引いたか? 年始の最大の楽しみの一つ。ぜひおみくじを」
「引く引く! 反対の反対! 大賛成」
元旦。それは余興や酔狂を、何よりも楽しむ気質に人々がなる日でもある。香月がいの一番で手をあげた。だが少し足の調子が悪いのか、香月は足の様子を窺う。
「イタタ」
香月の珍しい不調っぷりを見て、俊哉が彼女に訊く。
「どうかしたのか」
「うん。神社来る時、足捻っちゃったみたい。無事帰れるかな」
俊哉は心配そうに尋ねる。
「大丈夫か?」
「うん、平気平気」
そう言って香月は俊哉の気遣いをありがたく受け取った。香月の無事を確かめると、香月達総勢八名は、おみくじを引きに行く。
香月達の口から出る息は白く曇っている。薄らと冷えるが、どこか心温まる日。元旦とはそういうものだ。
いざ年始の占い、運試しへ。みなおみくじを引いて、中身を確かめる。香月が真っ先におみくじを掲げる。
「ジャーン! やったね。大吉!」
俊哉は震えて顔をおみくじに埋める。香月が俊哉のおみくじを覗き込む。
「どうだった? 俊哉君」
「大凶」
夏樹がさらりと軽口を叩く。
「やっぱり日頃の行いのせいかしらねー」
「うるさいな。お前はどうなんだよ」
そう俊哉が訊き返すと夏樹はおみくじを晒して無表情に返す。
「私も大凶。日頃の行いのせいかしらね」
「だろうな!」
俊哉はハッハッハと笑って返した。香月が二人の肩を軽く叩いて絵馬の売り場へと促す。
「おみくじなんて、ただの運試し。当たんないって。行こう!」
さすが元旦。全ての人の災厄を退けるめでたき日。香月達は絵馬の売り場へと向かう。桜は、顔をほころばせている高橋に、それとなく訊く。
「先生はどうだったんですか? おみくじ」
「吉。婚期が近いってさ。嬉しいなぁ」
それを遠くで聞いていた夏樹が高橋に釘を刺す。
「当たんないですよ。おみくじなんて。先生」
高橋は教え子の容赦ない仕打ちに言葉を詰まらせて唸るしかない。
「んぬぬっ!」




