食欲の秋 1
俗にいう「痩せの大食い」。食べても食べても太らない体質の人を指す。この原因。胃が人より少し垂れさがっているなど幾つか考えられているが、摂取した余分なエネルギーを体外に出す、「褐色脂肪細胞」なるものを多く持っている場合があるという。
何れにせよ、食べても食べても太らない体質は、乙女のみならず、今時の男性陣にとっても羨ましい限りなのだと思われる。
ということで本題。「読書週間」を終えた香月達は一時の休息を得ていた。秋の朗らかな陽気に包まれて、怒涛の夏のイベントを乗り切った充足感で香月達は満ち満ちている。
机を囲み、お弁当を食べながら話をする香月達。話題はその当の「秋そのもの」に移る。根っからの夏大好きっ子である夏樹が零す。
「そういや秋って退屈ね。紅葉も何だかもの悲しいしさ」
美穂は箸を止めて、未だ夏気分全開の夏樹に物申す。
「あら退屈じゃないわよ。『読書の秋』に『芸術の秋』に『食欲の秋』ってね」
「そうそう」
朱美も相槌を打った。朱美と美穂は夏樹を宥める時はなぜかタッグを組むことが多い。夏樹は美穂の言葉を嫌がる。
「その『芸術の秋』が嫌いなのよ。私は。私に画才がないのをみんな知ってるでしょ」
「そうね『夏樹画伯』には」
朱美がクスクスッと声を立てて笑った。これにはたまらずに夏樹も少し怒らざるを得ない。
「コラァ」
だがしかし、夏樹と朱美の仲だ。この程度のやり取りで話が滞るようなことはない。すぐさま夏樹は嫌なことは忘れて、美穂の上げた秋イベントの一つに食いつく。
「でも『食欲の秋』ってのは悪くないわね。何か出来ないかしら」
夏樹は卵焼きを頬張り、みなにアイデアを募った。しばらく夏樹達三人の話をを黙って聞いていた香月がふと何か閃いたようだ。
「『食欲の秋』。じゃあこんなのどうかな? お好み焼き食い倒れ対決とか?」
「そんなお金どこにあるのよ。お好み焼き代もバカにならないのよ」
即座に反論する夏樹。すると黙々と弁当のおかずを食べていた桜の顔に明るい光が射す。
「お好み焼き食い倒れ対決! いいですね。それ!」
夏樹が眉をひそめて返す。
「どこがいいのよ。私達の『底なし胃袋』じゃどれだけ食べてもお腹は満たされないわよ」
「『底なし胃袋』は夏樹だけでしょ」
「ちょっとぉ!」
美穂の言葉に夏樹は下唇を噛んで、軽く箸を振り上げた。夏樹と美穂。二人の掛け合いを楽しげに見つめながら桜があらためて提案する。彼女の情報網は広い。
「私、1500円でお好み焼き食べ放題のお店を知ってるんです」
全ての武器を捨てて、食を摂れ。夏樹は美穂との戦争をやめて、桜に訊く。
「どこ? それ、『鉄板』じゃないわよね」
「はい。駅の近くにある『美寿々堂』です」
すると香月達の話が、俊哉の耳にも届いたのか、俊哉が話に割って入る。
「あぁー。『美寿々堂』。あそこ美味しいよな。食べ放題もやってた。少し遠いけど」
「ちょっとぉ、勝手に話に割り込まないでよ」
夏樹がすかさず俊哉を牽制する。俊哉は夏樹の制止など気にもせずアイデアを出す。
「お好み焼き食い倒れ競争。面白そうだな。俺も乗った。健、お前はどうする?」
健は焼きそばパンを頬張りながら手を横に振る。
「いいや。俺は結構」
「そうか。じゃあ俺だけでも参加するよ。1500円位なら、みんな出せない額じゃないだろ?」
やる気満々の俊哉を見て、美穂が箸をくわえる。
「うーん。それもそうね」
「じゃ決まりだ。今度の休み『美寿々堂』で食い倒れ対決決行!」
話は何でも自分が取り仕切りたい夏樹が、改めて俊哉を警戒する。
「ちょっとぉ。勝手にポンポン話を進めないでよ!」
だが夏樹の言葉を俊哉はよくよく聞いていないらしい。夏樹もこのアイデアに賛成するであろうことは、俊哉には承知だったようだ。
「ルールは一番たくさんお好み焼きを食べた奴の勝ちだ」
得意げに俊哉は話を纏める
「で、その子の料金はみんなが払う。つまりその子はタダでお好み焼きを食べられるってわけ。どうだ?」
「タダ」「無料」。その甘い誘惑にはさすがの夏樹も勝てない。先のただっ子振りが嘘のように即座にこう返す。
「乗った」
美穂が、とりあえず俊哉に絡んでいただけの夏樹が籠絡したのを見て、話を取りまとめる。
「それじゃあ決まりね。今度の休み、みんなで『美寿々堂』ってとこに行きましょ」
このアイデアには元旦。おせち料理に舌つづみを打つ、朗らかな朝が好みの香月も賛成する。
「行く行く! これぞ『食欲の秋』って奴ね」
朱美も楽しげに頷く。
「じゃ決まりね」
こうして話は急展開で、今度の休日に香月達五人と俊哉で食い倒れ対決が行われることが決まったのだった。




