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風の行方  作者: 藍月 綾音
本編
38/61

じゅ~さんの2

なぜか、大量のめんたいこ。

そして、大量のミネラルウォーター。

それだけしか入っていない。

ちょとシュールな光景だ。

これは、ようこそ山口へってことかな?

たしか山口県も明太子が特産品だったと気がする。

ミネラルウォーターを手に取り冷蔵庫をしめた。


買い物いかなきゃ。食べるものないね。


当面は、ご飯のおともに苦労しなくていいみたいだけどね。


その後は、家の探索をしてここが一人には広すぎる4LDKだということが分かった。

なにもないガランとした部屋が三部屋もある。


ベランダに出ると、海が目の前に広がっていた。その大海原に胸を突かれた。

どこまでも続く青い空と境目の分からない碧い海が、波の音が、胸の奥を締め付ける。

風が私の髪を巻き上げて、吹き抜けていく。


考えたくないのに。

何故か強烈に一人だと感じた。

泣いたら駄目だと思うのに、嗚咽と共に涙が込み上げてきてしまう。


巽に、母の事を言ったことはなかった。


理由はただ一つだ。

嫌われたくなかったのだ。

母親に愛されない子供は、誰からも嫌われるのではないかと、そう思っているから。

あの頃も、今も巽に嫌われるのが怖かった。もう、面倒を見切れないと言われたらどうしようかと思っていた。

うまく友達が作れずに、困っていた私に手を差しのべてくれたのは巽だったから。

六歳も年上なのに、何かにつけて私の事を気にかけてくれて、相談に乗ってくれた。


寂しくて、寂しくてたまらなかった時に、いつも傍にいてくれた。

誰よりも近くて、誰よりも近づきたかった。

ここの所、ずっと考えていた、私は巽から離れなくてはいけないと。

このまま頼りきっていたら、巽が誰かと結婚するときに邪魔してしまうかもしれない。

いつまでも、巽に世話をやかせる訳にはいかない。

だから、奏とお試し期間をと言われて巽離れも含めて試してみようと思ったのだ。

母に無理矢理離されたのだっていい機会なのかもしれない。


だけど…………だけど。


今、一人になると思えば堪らなく心が痛い。頭でこれでいいのだと思ったって、心から血が流れているみたいだ。


迷惑をかけている。巽には巽の生活があって世界がある。

いつまでも隣の幼馴染みにかまけていちゃいけないんだ。

巽だって26歳、会社だって忙しそうだし、本命の彼女がいたっておかしくないんだ。

必死に自分にそう言い聞かす。


でも、巽と和臣と離れ離れになるには、自分の気持ちの整理が全くついていなかった。

せめて、さようならとか、またねとか、ありがとうとか挨拶ぐらいしたかった。

贅沢を言うなというのならば最後に顔をよく見ておきたかった。

もっと言えば、心構えをする時間ぐらいあったっていいじゃないか。

寝ている間に、移動とか母を恨んでも恨みきれない。

また明日って別れたのに。


何食わぬ顔で、財布片手に東京に戻るのも有りだと思う。

けれど、母が知った場合、巽の会社に単身のりこんで、不倫騒ぎだとか、巽を犯罪者扱いするとか巽が会社にいられなくなるような話を捏造して騒ぐのは間違いないだろうと、思ってしまう。そういう事をしてしまう人だと知っている。


これ以上、迷惑はかけられない。


今日一日だけ泣いてしまおう。


明日になったら、元気だそう。


きっと出来るから。一人で大丈夫になれるから。


明日は明日の風が吹くはずだから。


今日大丈夫じゃなくても、明日は大丈夫なはずだ。


結局、私は夕方になるまでベランダで泣いてしまった。

涙があとからあとから出てきて止まらなかった。

辺りが暗くなってきて、ふと気づく。


あれ?お米あったっけ?


泣いて腫れた目で買い物あり得ないんだけどっ!


急いで、キッチンへ行き手当たりしだい戸棚や引き出しを開けてみたけれど。


ヤバッ。

お米ないし。


さぁ、ここでおさらいです。

私の今の状態?


目が腫れています。

頬が腫れています。

口が切れています。

額と腕と首に包帯がまかれています。


外に出ていいのこれ?

なんか、すごい不審者じゃね?

でも、お昼食べなかったし、いい加減お腹すいた。

明日の朝食も用意しなきゃ。


…………不審者で、レッツゴーか?


下にスーパーあるって言ってたよね。

冷蔵庫に明太子しか入ってないんだもんな。明太子でお腹一杯にしたくないな、うん。

水でお腹一杯にするのもいただけない。

くそっ、りくの奴気がきかないな。明太子買う暇あったんなら他のもの買うとか、出前のチラシおいとくとか、しやがれってんだ。


自分の部屋に戻って、サングラスを探すことにした。


だってさ、せめて隠したいじゃんか。額の傷を隠すの無理だしね。

ガサゴソと部屋を探っているとインターフォンが鳴った。


????訪ねてくる人なんかいないはずだけど????


目が腫れているのから、出たくはないけど………仕方ないか。


インターフォンのディスプレイを見に行くと、そこに立っていたのは、苦虫を噛み潰したような表情のりくだった。りくだったら、気兼ねすることはないかと思ったから、玄関を開けたのに。


「ひどい顔ですね」


大きなため息とともに、細い眉をつり上げた。


…………分かってるよ。

てめえの前で気ぃ使う必要性皆無だから。

有無を言わさずに、さっと家の中に入ってくると、キッチンへ入って行く。

よく見ると、両手にビニール袋を下げていた。


「なに?東京に帰ったんじゃないの?」


「買い物して来ました。どうせその格好じゃ、外に出られないでしょう」


…………う゛っ。


「晶さんの怪我が治るまでは、買い物ぐらい手伝いますよ。私だって、鬼じゃありません」


思わず、間抜けな顔でりくを見てしまった。

いや、だってりくだよ?

私の事、大嫌いだからね、この人。厭味大魔人だよ?


「鬼かと思ってた」


間髪おかずにギッと鋭く睨まれた。

怖いって。元々目付き悪いんだから。


「殺されかけたと、聞いています。額の傷も酷いとか。抜糸が済むまでは、こちらでホテル暮らしですよ。あぁ、明日はこちらで探しておいた病院にいきますから、そのつもりでいて下さい」


あのね、怖いよ。殺気を出しながら言うの止めてくれるかな。不承不承なのは伝わったから。

今考えれば、りくは『大丈夫な人』なんだけど……友達になるのはまず無理だね。

そもそも敵意剥き出しだもん。

もの心ついた時には、既に母に入れ込んでたし。あれか、母方の血筋かあの好きな相手に対する執着は。

背筋がぞっとするね。あぁはなりたくない。


「なんで、あんなに明太子ばっかり冷蔵庫に入ってるのよ」


「嫌がらせに決まってるでしょう。お昼ご飯をどうするのかと思ったのですが……」


私をチラリと見て、これ見よがしの嘲笑。

今、私のこと馬鹿だと思ってるね。間違ってないけど、あんたに言われる筋合いないからね。


「本当に、浅はかな人だ。後先の状況が考えられない。とても美弥さんと血が繋がっているとは思えない」


冷たい、物言いだ。が、んなもん何の痛手にもならない。


「それは良かった。あの人に似ているなんて言われたら、死ねって言われてるようなものだから」


ピクリとりくのこめかみが、痙攣する。

りくは母が私を嫌いだと言う事を知らない。慈愛に満ちた子供思いの母親だと思っている。

小さな頃から私が母を嫌う私を理解できないし、反抗期にしろ母を悪く言う私を許すことは出来ないらしい。


「晶さんは、美弥さんを知らない。美弥さんを侮辱すると容赦しませんよ?」


おっ?さすがオバコン。


「普通に育児放棄されたら、好きも嫌いもなくなると思うけどね。だいたい、私の認識する母とりくの認識する美弥さんは、一致しないよ」


「美弥さんは、貴女の為に働いているんだ、それを貴女は」


カッと頭に血が昇る。

よりにもよって、私の為に働いている?冗談じゃない。あの人は自分の為に、幼かった私の面倒をみたくもないから忙しく働いているんだ。

バシッとカウンターを叩いた。


「どんな理由があろうとも、殺されかけた娘に、恥をかかせたって言いながら平手打ちするようなのは、母と呼びたくないんだよっ!」


「美弥さんは、そんな事をする人ではありません。冷静になりなさい」


冷たい瞳が私を見据える。

こいつに何を言ったところで、どうしようもないけど。

それでも、言い切られると胸の奥がどうしようもなく痛くなるんだ。

怒りが胸の奥で渦巻いて、吐き出されることがない怒りは、私の胸の奥を傷つけるのだ。


「…………帰って。もう自分でなんとかするからいい。東京に帰りなよ。それであの人の傍にいればいい」


私が、どんなに頑張ろうと私に関心を持たなかった。笑いかけてくれるのは、誰かがいたときだけ。

その、母に気に入られ、傍におかれ笑いかけてもらえる人。


「買い物はありがとう。もう嫌いな私に構わなくていいから。私もりくは嫌いだからお互いの精神衛生上よくないし」


そうか、少しりくが妬ましいのか。諦めたはずなのに、まだ母の関心を私は求めていたのか。

クスリと笑って、顔をあげるとまた苦虫を噛み潰したような顔をしたりくがいた。

りくはいつもよく分からない。母に心酔して、母が全てで。

だけど、私と母について意見が交わる事がないと、こうやって苦しそうに眉をしかめるんだ。

まるで、私が愛を理解できない子供のように。

りくのこの視線は、いつでも私を惨めな気持ちにさせる。

私には何かが、欠けているのかも知れない。

母からの愛情など感じた事はないのだから。

りくを見ていると酷い目にあったと自分で思っていても、本当は母は私を思ってくれているのかもしれない。

そんな幻想を抱きたくなる。

今まであの背中が振り返った事など、一度もなかったのに。


「帰って」


低くそう言うと、りくは冷蔵庫に食料品をつめこみ終わってから静かに出て行った。


一言も喋らずに。


夜が帳を下ろしはじめ、私は本当に一人になった。



読んで下さりありがとうございます。

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