じゅ~さんの3
…………これはきっと夢だ。
午前の授業の終業をつげるチャイムが流れていた。
私は制服を着ていて、いつものように屋上に向かっている。
薄暗い階段は冷々としていて、私は制服の上から腕を擦って暖を求めた。
上着を持ってくれば良かったと後悔しながら、扉を開けると秋の風が髪を揺らす。
今日は秋晴れってやつで、空には雲一つなく美しい青がどこまでも続いていた。
そろそろ風が冷たくなってきている。それでも、学校という閉塞された空間のなかで屋上が私の癒しだった。
毎日持参しているピクニックシートを敷いてその上に座り、お弁当を広げた。
ここのところ、少し落ち込み気味なのがバレたのか今日のお弁当は巽の手作りだった。
蓋を開けると、巽の手から作り出されたとは到底思えない可愛いらしいキャラ弁の登場だ。
くまさんとぶたさんにウィンナーとトマトで作ったお花、ハートや星もちりばめられていて、思わず笑みが零れる。
「可愛いいなぁ」
…………今の私じゃないよ?
一人だと思っていたから、ビックリして顔をあげると、橘先生が体を折り曲げて私の弁当を覗きこんでいた。
うわぁ、近いっ。
思わずのけ反るように、体を離した。
先生、その距離軽くセクハラだからっ!
「今、こういうの流行ってるんだってね。すごいね、細かいところまで丁寧に作ってある。嘉月が作ったのか?」
まさかの接近で、軽くテンパった私は首を振って答えた。
「違うのか。でもさ、嘉月はいつも真面目で結構きっちりしているから、クールなイメージが強かったけどこんな可愛いいお弁当を持ってるなて、やっぱり女の子だね」
コクンと頷いた。そう言われれば、私の持ち物はモノトーンが圧倒的に多い。それに、みつあみ、黒縁眼鏡じゃ可愛いらしいものは好きに見えないかも知れない。
目立たないのが第一目標だからなぁ。
橘先生は、そのまま私の横に腰を下ろすとフェンスにもたれかかって煙草に火を点けた。白い煙を空に向かって吐き出す。
煙は少し漂ってから消えていった。
「ここ指定席なんだ。神田先生には内緒にしておいて。愛煙家は辛いんだよ。どこも禁煙の文字が踊っているからさ」
その鼻にシワを寄せて拗ねたような言い方が子供っぽくて私は頷くと、クスリと笑った。
同時に神田先生に叱られて、項垂れた橘先生を見かけたことも思い出した。
神田先生は学年主任を任されている年配のオールドミスだ。
若い先生には総じて厳しい。
だけどあの、白黒はっきり言う神田先生が私は好きだったりする。
大概の人は苦手らしいけどね。
どうやら橘先生も苦手らしい。
まぁね、煙草は職員室脇の喫煙所って決まってるけど、モロに校長室前だもんね。吸いづらそうだなとは思っていた。
「だけどさ、流れに乗ろうかと思って友達とさ、禁煙をかけて賭けをする事になったんだ。まぁ、景品が決まらなくてまだ始めてないんだけど」
…………巽も似たような事を言ってたな。カズくんと禁煙を賭けるって。思いっきり高いの考えてやるって言ってたな。
「そういう時は、高くて自分じゃ絶対に買わないものだそうですよ」
巽が言っていた事をそのまま言った。
「…………確かに。高いものなら買いたくないから、禁煙できそうだな。反対にあっちが吸えば俺のもんだし?」
あれ?なんか橘先生が悪そうな笑みを浮かべている。
気のせい?
普段橘先生は、一部の女の子達に囲まれている。
温厚な性格と、授業に対する熱心さから熱狂的なファンがついてしまったのだ。
その温厚な橘先生が悪い笑み?
ないない。
私は自分の考えを頭を振って打ち消した。
「そういえば、嘉月はいつも、一人だよね。一人が好き?それとも、俺に相談したいことある?」
…………いじめられてないかの探りかな?
今の流れでこと言葉は唐突過ぎたし、橘先生の声に確信が込められている。
首を振って答えた。
実際に嫌がらせとかはあるけれど、母にされる暴力を思えば別にたいしたことじゃなかった。
私はお花の形のウィンナーを口に放りこんだ。
だいたい、レパートリーが少なすぎるし古典的なんだよな。
もう少しオリジナリティにとんだいじめは出来ないものなのかと思う。
まぁ、痛いのは嫌だし?今のままでいいっちゃいいんだけど。
まだ、上履きがなくなったり、教科書が数ページなくなってたりと可愛いものだし。
そのうち、殴れたりしたら嫌だなぁ。
「嘉月、それ癖?」
え?
「その、食べながらあらぬ方見て考え事してるの癖?それに今俺がここにいるの、忘れてなかった?」
ブンフンと大きく首をふる。
忘れてないから、しかもあらぬ方見て考え事って、どんだけ間抜けな顔をしてたの私っ!
橘先生と二人きりなんて、レア過ぎてたまりませんから!!
恥ずかくて、喋れないのに!
「嘉月落ち着いて、そんなに頭を振ると気持ち悪くなるよ?」
…………もうなりました。
駄目だよ、自分。巽の作った物リバースはあり得ないからね。
後のお仕置き酷いからね!
橘先生は、ふわりと笑って髪をかきあげた。
……………………びっくり。
なにぃぃぃ!どゆこと?
なんでっ!
橘先生、半端なく格好いいじゃぁないですかっ!!
なんで隠してるのっ。勿体ないぢゃないかっ!!
勿体ないおばけ出てきちゃうよこれっ!
前髪いらないよっ!
「嘉月?また考え事?嘉月は無口だし表情にでないから心配だよ」
イヤ今、思いっきり動揺してるよ?心臓バクバクだよ?
まさか、ボサボサ頭に眼鏡の奥が綺麗な神々しいまでのイケメンだなんて、思わなかった。
心臓飛び出るかと思ったから!
この顔で授業されたら、ポーとして頭になんにも入らなくなりそう。
いや、夏休み補習受けたくなるね、確実に。
眼福ですから。
「嘉月は教室でも、もっと肩の力を抜いてみるといいよ。絶対に雰囲気で損してるよ」
そう言って、また煙を吐き出した。
気にかけて貰えたことが嬉しくて、私は頷いて返事をした。
本当は意識して、話しかけるなという雰囲気を作っているんだけどね。
過去の経験から、女友達は作りたくなかった。
いきなり手の平返されるのは、心臓が痛くなる。何度もそんな経験をすれば、一人のほうが気が楽だった。
それでも、私が頷いた事で橘先生がホッとしてくれたので、私が嬉しくなってしまった。
「世間の一般論だけど、高校の友達は一生ものだからな。ここで仲のいい友達に出会えたら、かけがえのない友達になれる。社会に出ると、利害関係でてきたりする事がままあるからさ。嘉月は損しているかもしれないぞ?」
それには曖昧に頷いておいた。
確かに一般論であるけれど、私には当てはまらない事を知っている。
女の子達の情報網は凄く早くて不確かなこともあたかも本当の事のように広まる。
既に、高校二年生の時には私の中学の時の噂は広まっていた。
身に覚えの無い事でも、事実関係をみればいかにも真実味を帯びる。
私の噂は、友達の彼氏を次々と寝盗るというものだった。
実際は、友達の彼氏と話すうちに何故かストーカーされてしまうって事なんだけど。
彼女からしてみれば、冴えない私に彼氏が心変わりするのは許せないだろうし、勘繰りたくなるだろう。彼氏のせいにするよりも私のせいにしたほうが自分のプライドが傷つかない。
お陰様で、呼び出しされたり急に話してもらえなくなるなど、日常茶飯事だった。
私は心に決めた。
友達を作らないこと、友達ができても彼氏は紹介してもらわないことを。
なぜ、彼らが急に心変わりしたのか私にも解らなかった。別に普通に話しただけだし、勿論寝盗るとかないし。
ただ、悲しかった。
あんな思いをもうしたくなかった。
だから、この件に関してはいくら橘先生の言葉でも同意は出来なかった。
橘先生は吸い殻を携帯灰皿にねじ込むと、伸びをする。
「よしっ、嘉月頑張れよ」
そう言って橘先生は私のあたまを撫でた。
ふわりと煙草の香りが鼻をくすぐる。
大きな手は、巽と違い私の胸の奥を容易く熱くさせた。
「肌寒いから、さっさと食べて教室戻れよ?」
首を傾げる動作は、落ち着いた雰囲気の橘先生に似合わない幼い仕草で、またもや胸の奥がキュンと音をたてた。
橘先生が扉の向こうに消えて行くのをただ眺めていた。
これが、ギャップ萌えかと変なことに納得しながら。
今思えば、橘先生にとっていつも教室で一人でいる私に友達を作って欲しかったのだろう。
先生の指導力不足と言われていたのかもしれない。
誰が思うだろうか。あの時の悪い笑みが本当の先生で、穏やかな先生が意識して作っていた、橘先生の理想の先生像だったなんて。
ぜんぜん大人じゃないし、すぐに拗ねるし、我が儘だし、我慢って言葉は学校でしか使用しないし、でも優しい。やっぱり私は橘先生が大好きだと改めて思う。
橘先生はもう、この出来事は忘れているんだろう。私と話した記憶が殆どないったいってたから。
だけど、夢の中でも会えて良かった。
読んで下さりありがとうございます。




