十七 私と。。。
「ちょっと前なんですけど、玖楽くんとデートした帰りに通った高級料亭の前で見たんですよ。すっごい美人の女性と、すんっごいイケメンさんを。黒い高級車で、ホテルの従業員さん全員でお出迎えされてて。あー、あんなお金持ちになりたいなーって電話で玖楽くんとお話してたんですよ。
あっ、デート終わって別れた五分後に電話をかけました。だって心配じゃないですか、無事に帰れるかどうか」
運ばれてきたダージリンに口をつけてから、私の手首を指さした。
ブレザーとワイシャツから覗き見えるローズゴールドのブレスレット。
反射的にそれを袖の中に隠すと、丹代なあさは「やっぱり」と微笑んだ。
「それ、あの時も着けてましたよね。ティファニーのブレスレット。調べたんですけど、それ七十万もするじゃないですか、たかーい! わたしもいつか着けてみたいですぅ」
言葉とは裏腹に、表情ひとつ変えず口角を上げる丹代なあさに寒気がした。
「ここは都内だよ? お金持ちなんて砂粒レベルで闊歩してる」
「そうですね、そうですよね、そうなんですよ。だから、調べました。部長とあのイケメンのこと。許嫁って少女漫画みたいですね、ははは」
無邪気に笑う彼女のトーンが酷く耳障りだった。
隠すのも面倒なので、いっそ開き直ってみることにした。
「よく調べられたね」
「買いました、情報を。まさか使う機会があるとは思いませんでしたが、知的好奇心って素晴らしいですね。でも、情報を買うことができても玖楽くんの心は買えません。それが酷くじれったいです……」
親指の第一関節に噛みつきながら愁う彼女の顔。
その情景、表情、雑音すらも、別れて家に辿り着いた頃になっても、薄い瞼に焼き付いて離れないでいた。
丹代なあさは、情報を買ったと言った。
なら私も買ってみるとしよう。
丹代なあさが異次元レベルで愛しているという彼の情報を。
丹代なあさには悪いが、俄然興味が湧いてしまった。
もちろん、恋に愁う彼女のことも。
ベッドに制服のまま寝転がり、メガネを外す。
丹代なあさが病的なまでに愛している少年とは、いったいどんな人物なのだろうか。
美術室で見た彼は、女顔が特徴的なだけの少年だった。
一度会ってみたい。
その前に情報を集めよう。
それと、準備を。
ブレスレットをゴミ箱に投げる。
まさかブレスレットだけでバレるとは思わなかった。
次はバレないよう慎重に行動しなければ。
「アゲハ、居る?」
「なに、母さん」
「あのね、家政婦さんが掃除に来たから、用があったら早めにね」
「わかったよ、母さん」
まだ、母さんは父さんが連れ込んできた愛人を家政婦だと勘違いしているようだった。
三日前はカウンセラーで、その前は水道管工事の業者さん。
毎回違う女を連れ込んで、隠すことなく所かまわず性行為に励む父にはうんざりしていた。
前はベランダで、その前はリビング。三日前はトイレだった。
父は女に溺れ、母は現実から逃げ、兄は壊れた。正常なのは私だけ。いや、果たして私も正常かどうか。そればかりは違う視点から視てみないとわからない。
自分のことほど、判らないモノはない。
総てを知っているようで、その実、何も知っちゃいないのだから。
階下から聞こえてくる兄の奇声をBGMに、私は目を閉じた。また兄は、テレビの中のニュースキャスターから暴言を吐かれたとクレームの電話を入れているようだった。




