オルテンシア家の当主
一息ついていると拍手が鳴り響いた。
屋根から声がして、わたしは見上げた。
「素晴らしい試合を見させて貰ったよ」
いつの間にか人がいた。屋根に腰掛け、こちらを楽しそうに見物する煌びやかな格好をした男性。彼は庭に降り立ち――心底楽しそうに笑った。
イクス様はわたしを庇う様に前に出た。
「これはこれはイグナイト殿。直ぐに立ち去るかと思っていたのですが」
「ほう、気づいていたかイクス。良いものを見れたのでね、挨拶しに来たのだよ。そこの銀髪のお嬢さん……やはり、スターグローリー家のご令嬢か」
イグナイトという赤髪の青年は、眉目秀麗で凛々しい瞳でこちらを見つめてきた。
……イグナイト。
思い出した。
皇帝陛下の右腕と呼ばれる傑物。若くしてオルテンシア家の当主であり、一年前に起きた『ブロアヒース戦争』では恐ろしい程の戦果を挙げ、名を上げたという。
「イグナイト殿、こちらのローズ様は理由あって我がフォートレス家で預かる事になりました。なので心配は御無用ですよ」
「そうか。先日、大量殺人事件があったと耳にした。それと関係があるのかな」
「今は調査中なのでなんとも」
「……まあいい。ローズ、君が良ければいつでもオルテンシア家を訪ねて来るがいい。今日はここまでにしておこう。さらばだ」
踵を返し、イグナイトは静かに去っていく。……彼は、わたしを見に来たの? よく分からないけど、わたしはイクス様に拾われたのだから、彼の元を離れる気はない。
……それより、疲れた。
手が痺れ、重苦しい疲労感が襲ってきた。自然と手からハルバードが離れ、地面に落ちる。
「……ぁ」
「大丈夫かい、ローズ。君はよく頑張った。凄いよ本当に」
身体を支えて貰って、
すこしでも認めて貰えて、
わたしは嬉しかった。