商人
私は看板だ。
乾いた大地に一本だけ刺さっている。
ボロボロの木の杭にペンキのはがれた三つの矢印が錆びたくぎで打ち付けられていて、三つの道を示している。
もうずっと、地平線まで続く道を見ている。
私が示す矢印が、いったいどこを指しているのか
私はそれを、通る人々に聞いてみることにした。
一人の男が私という分岐点に止まった。
馬車を引いているようで、後ろには布で作られた簡単な屋根がついている荷台がある。
男は頭に大きい麦わら帽子を深くかぶっていて、顔がよく見えなかった。
「あなたはどこへ行くのですか」
私はない口で聞いた。
「ここからずっと先へ行ったところの、街へ行くんだ」
「何をしに」
「物を売りにだよ。僕は商人なんだ」
荷台を指さして商人が答えた。
私は質問を続けてみる。
「あなたはどこから来たのですか」
「馬車の後ろをずっと先に行ったところにある小さな村だ。別の国なのだけどね」
「そこはいい所ですか」
「いい所だったよ」
「なぜ商人になったんのですか」
「さぁね。僕は大商人の遣いだから、成り行きといえば成り行きだね」
「あなたは何を売っているのですか」
「人だよ」
「いくつぐらい売っているのですか」
「男10匹に女が4匹。子どもが3匹いるよ」
「反発が起こったりしたりしないのですか」
「この暑い中で水も食糧も全然与えていないし、反発を起こす気力すらないさ」
「はじめの人数から数が減りましたか」
「ああ、今までに4人死んだ。逃げ出した奴が二人いたけど一人は捕まえて殴ったら死んじゃった。」
「一人は取り逃がしたのですか」
「うん、まぁこういう売り物には星形の焼き印を舌と額に押すから、他で捕まるのが時間の問題だね」
突然荷台から叫び声がした
商人は短いため息をついて荷台へと姿を消すと、鈍い音が何回か鳴った後に商人は平然と戻ってきた。
「わるい、訂正する。男10匹に女が3匹、子供が3匹になった。」
「今までに私のような看板を見たことはありますか」
「いや、看板さんで初めてだ」
「今度は僕が質問していいかい」
「はい」
「看板さんはここから動いてみたいかい」
「そうですね。私には喋ることはできますが、歩くことはできません。
いつか足が生えたらいったいどんなものだろうと思います」
「そうかい、じゃあ僕はそろそろ行くよ」
「はい」
商人は手綱をはじき、馬車動かす。
彼は私を横切るときにこう言った。
「あばよ」
その時初めて顔がみえた。
額と舌に星形の焼き印が深々と刻まれている。