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異世界犯罪分析官  作者: 星野彼方
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Act 2-2:ピザ形の犯行範囲

 宿屋の食堂を借りきって、五人は出発前の最終確認をしていた。


 ぼくは、今朝のピュグマ・ショックを、まだひきずったままだった。

 それは相手もおなじようで、ほとんど目も合わせてくれない。


 ぼくとQは、メンバーが用意してくれた、この世界で違和感のない服装に着替えていた。

 まだ着慣れず、全身がごわごわする。

 服にまとわりつかれているような錯覚をおぼえた。


 朝一の「コーヒー」は、想像以上に脳を活性化させていた。

 ぼくは結局、ほとんど眠れないまま、朝をむかえていた。

 よくQがトリップ状態だとからかうが、集中していたら、いつしか時間が飛んでしまうのだ。


「アンサブAについて、もうすこし、くわしく見ておきましょう」


 まだ眠そうに各自コーヒーをすすりつつ、横長いテーブルに座ったメンバーを前に、ぼくは立ち上がり、考えを述べた。


「アンサブAの後半二件の殺人では、殺害地点が発見されていません。おそらく、アンサブAの隠れ家でしょう。絶対的に安全だと思える場所で、一人きりになり、ジャマもなく、じっくりと、ことにおよびたいはずです。

 しかし最初の事件においては、被害者の経営する宿屋の地下室で、殺害行為におよんでいます。地下室の密室性や防音性、立地などを視野に入れて、ヘタに連れ去るより、そのままことにおよぶほうが安全かもしれないと考えたんです。おそらくこれが最初の犯行でしょうから、本来ならあらかじめ定めた方式から外れないのが一般的ですが……変更した。大胆な発想です。臨機応変で柔軟な対応ができる。

 ですが、そのままことにおよぶということは……拷問用具は、持ち歩いていた。この近辺一帯は、アンサブAにとっての安全地帯であると考えて、まずまちがいありません。つまりアンサブAは、このあたりにくわしい、周辺地域の人間です」


 次々と言葉があふれだしてくる。

 夜通し脳内で組み立てていた考えが、朝陽の差しこむ空間に溶けだしていくのは、気持ちのいい感覚だった。


 ぼくは、両手を動かし、部屋のなかを歩きまわりながら、一気にまくしたてる。

 これは、いつものクセだった。

 脳が回転を始めると、つい動きたくなるのだ。

 思考が、言葉に変換され、発散されていく。


「この連続殺人犯は、〈淫楽型〉と分類できます。犯行現場の秩序性、過剰な殺傷痕、拷問の痕跡、拘束・監禁による支配的行為、遺体の移動、特定のタイプの被害者、拷問道具の持参、時間をかけた殺害行為、遺体損傷……特徴が、キレイに、あてはまります」


 羅列するごとに、右手の甲を左の手のひらに打ちつけた。

 おどろいたようにこちらを見ているピュグマと目が合う。

 けれど止まらない。


「また、被害者に抵抗する間もあたえず襲っているらしい点、そしてこの連続殺人犯が〈秩序型〉であることから、〈認知・モノ型〉であることもわかります。このタイプは、犯行のすべてを終始コントロールしています。被害者をだまし、たくみな話術で接近し、拘束し、監禁する。被害者を人間と知りながらもモノのようにあつかい、自分のサディスティックな欲求を被害者で実現、拷問し殺害します。証拠は隠ぺいするので、やっかいな相手です。これが〈媒体型〉なら」


 ぼくは、つばを飲んだ。


「〈媒体型〉だったなら、被害者の傷口は、一撃一撃がもっと感情的なものになっていたはずです。犯行の実行中、自分の行動をコントロールできなくなるためです。被害者を人間としてあつかいますので、その顔を見ることを避けるために目隠しをします。見られないためでなく、見ないために目隠しするんです」

「恒一」


 Qが口をはさんだ。


「大学の授業や講演じゃないんだ。理論より、実際的なアドバイスをしてやれ。どういう人物を見つければいいのか。どこを捜査すればいいのか。この広い世界から犯人をさがすために、どう、しぼりこむのか」

「あ」


 ぼくは赤くなった。


「すみません。夢中になってました」

「いや、うん。興味深かったから、だいじょうぶなのだ」


 ピュグマが言うと、モクも横でうなずいていた。


「アンサブBに関しては、昨日言ったとおりです。アンサブAについてつづけますが」


 ぼくはテーブルに手をついた。


「まず、見つけだすのはアンサブBにくらべて、非常に困難な作業になると思ってください。知的水準は平均的かそれ以上。彼は目立たず、周囲に溶けこむことのできる人物です。魅力ある人間で、女性から見ても非常に男性的です。社会性があり、まわりの人間は、だれも彼をあやしまず、よほどの接触がないかぎり、記憶にもとどめないでしょう」

「罪を犯しそうにない人物?」

「彼を知る人間は、もし彼がぼくたちに逮捕されたら、みんなおどろくでしょうね。結婚して、子どもがいる可能性すらあります」

「ほかには?」

「彼は〈秩序型〉です。便宜的に、彼、と呼びましたが、こういう連続殺人者は、その九十パーセント以上が男性です。このタイプは、知恵がまわり、犯行に自分が関与した痕跡を隠そうとするので、やっかいです。細かいプロファイルは、各現場を見て、また話しますが──事件の起きた地域一帯の地図はありますか」


 モクが丸めた地図を借りてきて、テーブルの上に広げた。

 ぼくは、Qの荷物からピンを借りて、地図の上に印をつけていった。

 アンサブAによる事件の、三つの死体遺棄地点と、最初の事件の殺害地点である。


「ぼくがしようとしているのは、地理的プロファイリングという技術です」

「犯行の基点、アンカー・ポイントを探してんだろ?」


 Qが先をうながした。


「そうです。連続して犯行をかさねると、犯人は意図せずして、決まった行動パターンを獲得してしまいます。彼らは安全圏を確保するため土地勘がある地域をえらび、それらは切り分けたピザのような──ピザってわかりますか?」


 ぼくは、目の前のテーブルに出されていた、ホットケーキに似た朝食を引き寄せた。

 ナイフを入れ、ひとかけらを切り分けて見せる。


「犯人の行動範囲は、つまりこういう、くさび形をしているのが定説です。データによると、八十パーセントの犯罪者が、このかたちの地域内で犯行におよび、さらにそのうちの五十パーセントが、このくさび形の先端部分を基点にしているんです」


 そして、とぼくは続ける。


「犯人にとって、最初の事件というのは、もっとも不慣れな時期の犯行です。犯罪者は、犯行をかさねるたび、学習し、熟練し、自信をつけます。初期の犯行のほうが、犯人の安全圏に──住居や職場に近いことが多い。その後の数件は、どんどん遠出をするようになるでしょう」


 見てのとおり、とぼくは地図の上に指をなぞらせる。


「一件目の死体遺棄地点は首都の少し西ですが、二件目と三件目は、それよりも西に流れています。一件目の殺害地点は、もっとも首都寄りにある。アンサブAは、首都に住んでいる可能性が高いですね」


 ぼくは地図上に、おおまかなくさび形を描いた。

 首都周辺を基点として、西に向けて広げる。

 その扇の部分を延長し、首都のまわりを円で囲った。


「犯人の行動範囲の、ざっくりとした予想です。これまでどおり、くさび形の範囲内で次の犯行におよぶ可能性と、ここでパターンを変えて、首都の別方位側に進出する可能性もあります。その両方で土地勘を持っていることは、ありえますか?」

「じゅうぶん、ありえるのだ」

「なら、別方位のほうがわずかに可能性が高いですね。方向転換するとすれば、殺人の場合、九十~百二十度の変化が多数です。どちらにせよ、この円のなかです。そしておそらく、よほどエスカレートしないかぎり、犯人の居住区域であると思われる首都内では、犯行をおこなわないでしょう。ですから」


 大きな円のなかに、首都を囲うような円を描き足す。


「次なる犯行が起きるとすれば、このドーナツ状の円環内ですね。……ドーナツはわかります?」

「まだ、犯行はつづくってことなのだ?」


 ピュグマが腕組みし、きびしい顔で問う。

 ぼくは、「残念ながら」とうなずいた。


「犯行の間隔──冷却期間が、どんどん、せばまってきています」

「手口も、残忍になっているな。最初の被害者より、あとの二人のほうが、ひどい殺されかたをしている。歯止めがきかなくなってきているんだ。いきおいづいている、と言ってもいい」


 Qが言い添える。


「ええ。いつ、次の殺人が起きてもおかしくないですね」

「いちおう、警戒は呼びかけてるのだ」

「つかまえないと、安心できませんね。もちろん、アンサブBも同様です」

「さっそく現場に行くのだ」


 ピュグマは立ち上がった。


「組分けは、昨日のとおり。通信魔術で、連絡を取り合うのだ」


 ピュグマが、マギクスジェムを一つ、ナズナにわたした。

 その石は、ピュグマの杖の石と接続できるよう、すでに調整ずみだった。


「ムチャはするなよ」


 Qが、いつになく真顔で言うので、ぼくは笑った。


「そっちのほうが、ずっと心配ですよ」

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