Act 2-9:事後そして夜襲
一同は、宿屋で各自、休養をとるため解散した。
「…………」
ぼくの部屋には、性懲りもなく、Qがしのびこんできていた。
「お前が爆発に巻きこまれたと聞いたとき」
Qはぼくの胸の上で指先をおどらせながら言った。
「私の心臓は、もうダメになるかと思った」
「いっそダメになればよかったんです!」
ぼくはさけんで、はね起きた。
「なにを、あたかも事後、みたいな雰囲気、作りだしているんですか!」
「寝てろよ。勝手につづけるから」
今日は、服こそ着ていたが、その言動はあいかわらずだ。
「つづけられてたまりますか。ものっすごい、くすぐったいですし!」
「よろこぶなって」
「これがよろこんでいるように見えるなら、そうとうですね!」
「静かにしろよ。みんなに聞かれるだろ?」
「こまりません!」
「ヘンなウワサたっちまうじゃんか。職場恋愛とか言われた日にゃ」
「妄想が進みすぎです!」
「それが理由で、恒一から結婚を申しこまれたりしちゃったら」
「妄想のペースはやすぎます!」
「うるさいなぁ」
「Qのせいでしょ!」
ぼくは頭をかかえた。
そもそも。この宿屋は一つ一つの部屋が、それぞれコテージのように建物自体わかれているタイプであり、その間隔もわりと離れているため、ちょっとやそっとの声が、そこまで聞こえるとは思えなかった。
「なんだよ、だまりこんで。相手しろよ。私の相手をしろ。おーい」
「休ませてくださいよ……」
「なに言ってやがる。寝もせずに、事件について考える気まんまんだったくせに」
Qは、ぜんぶお見とおしだ、という表情を浮かべて言った。
「私だって、そのくらいのプロファイリングはできるぞ。お前は今日、この日この夜、休む気なんてモートーなかった」
「……大正解の賞品でもほしいですか?」
「皮肉はよせ」
Qはぼくの横に座り、ぐっと顔を近づけてきた。
そして、言った。
「私にキスしろ」
「はあ?」
「大正解の賞品がほしい」
「アレは皮肉です!」
「さっさとしろ。私だって、こわいんだ」
「なんでですか! ファーストキスでもないでしょうに!」
「どうして言いきれる!」
「だってそうでしょ!?」
「傷ついたな! あー、乙女心が傷ついたな! そりゃあ傷ついたさ!」
「だいたい、どうしてキスしなきゃならないんですか」
「ぐっすり眠れる、大人の魔法だ」
「そういうのいいですから!」
「ほんとうだって。こないだ読んだ本に書いてあったんだ」
「どういう本を読んでいるんですか」
「そら、ためすぞ。準備はいいか?」
「ためしませんって! ムダに探究心を燃やさないでください!」
「んだよ、ケチ」
「ケチとはなんですか!」
「ケチはケチだ! どケチ! お前なんか、チェリーでチキンなケチだ!」
子どもか、この人は……。
そのときだった。
急に、Qは静かになった。
その顔つきが、さきほどまでとは、まるで別人だ。
「Q……?」
「しっ」
Qは唇に人差し指を当てた。
その目はぼくではなく、窓の外や扉を交互に見る。
「静かに」
Qはベッドから下りると、部屋の中央まで歩いた。
「窓からはなれろ」
彼女はそう言いながら、腰に手を伸ばし、拳銃をとりだした。
ぼくは息を呑み、ベッドから下りて周囲を見た。
Qは、油断なく部屋のなかを見わたした。
壁ごしに、外の様子を知ろうとしているかのようだった。
事実、彼女にはそういう芸当が可能であることを、ぼくは知っていた。
彼女がかまえている拳銃は、いつも肌身はなさず彼女が持ち歩いているものだ。
一つは腰に、もう一丁は足首のところに、隠し持っている。
Qは息を吸い、息を吐いた。
外にいる何者かをためし、反応をうかがっているように見えた。
ぼくには想像もつかない駆け引きが、そこでくり広げられていた。
ぼくは、自分がとんだお荷物になってしまったように感じた。
きっといま、在間恒一という存在は、Qの戦いにとって、完全に足手まといであるはずだ。
ぼくの、そういった不安を嗅ぎとったのか。
「恒一、もし……」
Qがぼくをふりかえる。
それと同時に、部屋の入り口が蹴破られ、数人の黒いフード姿の人影が、ムダを感じさせない動きで、部屋に飛びこんできた。
人影──事実、ぼくの目には、それは影としてしか認識できなかった。
Qは、俊敏に対応した。
複数の人影に向きなおりつつ、ぼくをかばうような位置に立ち、かまえた拳銃の引き金を引いた。
ぼくには、ひどくスローモーションのように見えた。
Qは、すばやく二発撃った。
弾は二つとも、先頭の人影に命中した。
人影は後方に倒れこんだ。
Qは、さらに撃った。
その狙いは正確だった。
だが、弾が相手に命中する直前、青い光にさえぎられ、蒸発した。
魔力壁の展開だ、とぼくは悟った。
進み出た黒ローブの一人が、杖を突きだした。
念動力。
Qのからだが、立っていた場所から弾き飛ばされた。
彼女は壁に叩きつけられ、うめき、床に倒れこんだ。
そのまま、動かなくなる。
「Q……Q!」
彼女のもとに走ろうとしたぼくの首を、にぶい衝撃が襲った。
意識が暗転する。
闇は、またたく間に、にじり寄ってきた。




