~ファイル59 廃墟内の死闘~
ギャリイイィーーーンッ! ドッガァッ! バチュンッ! ギャリンッ!
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。ど、どーすりゃいいのさ! 小紅センパーイっ!」
「鋼鉄製のヨーヨーか! こんなに苦戦するものだとは・・・・・・。どうしよう?」
「遠心力、重力加速度、そして硬度と重さを利用した武器。・・・・・・衝撃が凄まじいです!」
未だ、ジョーの凄まじいヨーヨー攻撃には為す術無しの三人。
水穂は左足を打たれ、澪は右手首を打たれ、小紅もおでこを掠られて、三人は身体のあちこちにつけられた擦り傷や切り傷から血を滲ませている。
「・・・・・・さぁ、早乙女小紅! おめぇの戦闘センスなら、どうすんだ? ・・・・・・このまま、オレに手も足も出ねぇのか? オレの技が予想以上の衝撃だった、って顔だな・・・・・・」
「(くっ! 悔しいけど、図星だなー・・・・・・。ほんとにどうしよう)」
小紅は眉を曲げ、下唇を軽く噛む。
その隣では、水穂がジョーのヨーヨーを、目をくりっと見開き追っていた。
「(手も・・・・・・足も・・・・・・? ・・・・・・衝撃・・・・・・)」
建屋内は、ジョーが巻き上げた石灰や粉塵で霞んでいる。
ヨーヨーが動くと、まるで扇風機で散らしたかのように、その靄がまた一気に吹き飛ぶ。
そしてまた、新しい粉塵が舞い上がっては散っている。
「小紅センパイ。ミオ。・・・・・・あいつのヨーヨー、防げる手段、見っけたかもしんない!」
「「 え! 」」
水穂が、足に力を込めて、ぐいっと立ち上がった。
「ど、どういうこと、水穂? あの衝撃を防ぐなんて、素手では無理よ!? 小紅サンだって、それはわかってるはずよ?」
「澪の言う通りだよ水穂! いくらあたしでも、あれを素手で防ぐのは嫌だかんね!」
「いひっ! 小紅センパイ! ミオ! ・・・・・・あと、悪者の人! 私からクーイズ!」
水穂は、にやっと笑って、ジョーに向かって人差し指を突き出した。
「・・・・・・なんだ? おめぇ、何考えてやがる!?」
「こんな時に何! 水穂! あたしらもクイズやんの?」
「小紅サン、水穂はきっと何か考えが・・・・・・」
唐突にクイズを出すという発言の水穂。小紅、澪、ジョーもこれにはさすがに困惑。
「『豆腐にかすがい』と、類似したことわざや慣用句を、答えよー」
「「「 はぁ? 」」」
突拍子もないタイミングで、水穂は本当にクイズを出した。すると間髪入れずに、ジョーめがけて石灰の粉を投げつけ、煙幕を張った。
「なんなんだよ水穂ーっ! うわっ。見えない! ・・・・・・暖簾に腕押しーっ!」
「わ、わけがわかりませんが・・・・・・。糠に釘、でいいのかな?」
「・・・・・・ふざけてんのかよ。・・・・・・ちっ。・・・・・・沼に杭! 泥に灸だ!」
「ちょっと、水穂! 戦闘中の息抜きのつもりなの? ・・・・・・って、あれ? いない!」
小紅が煙幕を手で払いながら水穂に声をかけたが、いつの間にか、彼女はその場にいなかった。
周囲は、未だにうっすら霞んでいる。
暫くすると革靴の足音が小刻みに響き、水穂がその場に戻ってきた。
「・・・・・・全員、正解! さぁー、悪い人! ヨーヨー、没収するかんねっ!」
水穂は、自分に被せられていた麻袋を折りたたんで持ってきた。その顔は、自信満々だ。
それを見て、澪と小紅は一瞬で目を丸くさせ、表情を変えた。
果たして、水穂は本当に勝利への突破口を見出したのだろうか。
* * * * *
「・・・・・・麻袋? おめぇが被せられてたものじゃねぇか・・・・・・」
「ふふーん。・・・・・・そうよ!」
「み、水穂! あんた、それ使って、まさか! ・・・・・・そういう作戦か!」
「小紅センパイ。私があいつのヨーヨーを必ず防ぐよ! そうしたら、すぐに仕掛けて!」
水穂は、麻袋を折りたたんで抱え、構えた。そして、澪にも目で、無言の合図をする。
「! もしかして、やっぱりそういうこと? よし。わたしも、援護するよ水穂!」
「ありがとー、ミオ! よーし。・・・・・・三人の連携、見せちゃうからねー」
ジョーを再び三点囲いし、仕掛けるタイミングを窺う三人。
ジョーもまた、ヨーヨーを持ち、水穂、澪、小紅へ視線を次々と移し、気を抜かずに集中しているようだ。
「よし! いくよ! 水穂! 澪っ!」
「「 はい! 」」
・・・・・・ダダァッ ダァンッ!
三人は、一斉にジョーに向かって飛び込んだ。
「てえぇああぁーーーーーーっ!」
「・・・・・・ふん。・・・・・・うるせぇよ!」
ギュイイィーーーーッ! ・・・・・・ビュンババババッ ガチィン! バチィン!
「せやぁーーーーーーっ!」
ジジィーッ・・・・・・ ギュイイィィ ビュババッ! ガチィン! ドガァン!
小紅の脳天を狙って、ヨーヨーが振り降ろされる。横に転がるようにして避ける小紅。ヨーヨーは四方八方に飛び交い、その軌道内でコンクリートの破片がいくつも飛び散る。
続けざまに、右後ろから仕掛けた澪に対し、ヨーヨーを斜め下から振り回し、引き戻すように頭へそれを打ち込むジョー。澪は数歩後ろにバックステップし、ギリギリで躱した。
「やあぁーーーーっ!」
「ちっ! ・・・・・・黙ってやがれ。パチモン娘!」
ギュイイィーーーッ! ビュルゥンッ ビュババババッ!
澪に仕掛けたヨーヨーを引き戻し、その場でくるりと向きを変えるジョー。
左後ろから飛び込んだ水穂に向けて、ヨーヨーを勢いよく振り回し、斜め上から振り降ろす。
「(にやっ!)」
その時、水穂はにんまりと笑い、ヨーヨーが振り降ろされる軌道に合わせ、両手で麻袋を大きくがばっと開け、くるりと横に身を翻した。
・・・・・・ギュイイィン ビュバババッ
・・・・・・ぼふんっ・・・・・・ぼすんっ!
「なんだとっ!? オレのヨーヨーの衝撃を、麻袋で相殺した・・・・・・だと!」
まさに暖簾に腕押しのように、柔らかく受け止められたヨーヨー。
水穂は、待ってましたと言わんばかりの顔で急いで麻袋の口を手で縛り、足で踏みつけてヨーヨーを押さえつけた。
「小紅センパイ! やったよーっ! ほら、いま! いまだーっ!」
「ええぇ! やったじゃん! ナイスだよ水穂! さぁ覚悟しろ、ヨーヨー野郎めっ!」
目をきらりと輝かせる小紅は足に力をぐっと溜め、拳をぎゅっと握る。
ジョーの右手は、そのままヨーヨーの糸に引っ張られたままになっていた。
「・・・・・・やるじゃねぇか。たいしたもんだぜ・・・・・・。だがな! この同田貫を防がない限り、オレには触れることも・・・・・・できねぇぜ!」
小紅に向けて、左手に持った同田貫を一気に高速で振り降ろすジョー。
・・・・・・ベシイィンッ! バキイッ!
「ぬぅ! ・・・・・・なんだとぉ?」
「小紅サン! チャンスです!」
「澪っ! ありがと!」
刀を振り降ろすジョーの左腕を、澪が右横から回し蹴りで撥ね飛ばし、そのまま腕を脚で挟み込むようにして固めた。
ジョーの右手は水穂、左手は澪が動きを封じ、真っ正面の正中線はガラ空きとなった。
そこへ、小紅が一気に踏み込む。
「てえぇああぁーーーーーーいっ!」
「く、くっ! ・・・・・・ちくしょうめ!」
ズドドドォンッ! ズダダダダダァッ!
腰を落とし、一気に前傾姿勢で体重を乗せた小紅の両拳がジョーへ打ち込まれた。
ジョーの顎先、首元、みぞおち、脇腹、腕の付け根、金的に、連射砲のように正拳が叩き込まれてゆく。
「ぐっ・・・・・・ぐぉああっ・・・・・・」
たまらず、ジョーはその場で、膝からがくりと前のめりに倒れた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。水穂をさらってひどいことした罰だ!」
「やりましたね、小紅サン! うまくいってよかった!」
「やったぁー。た、倒せた! 私の袋詰め作戦、うまくいったー」
小紅に駆け寄る、澪と水穂。
石灰の粉やセメントの粉で服も顔も真っ白に汚れ、髪にもホコリや木片がいくつも付いている。
「二人のおかげだよ。あたしだけじゃ、こいつにとても敵わなかったー・・・・・・」
ぎゅっと、小紅は両腕で澪と水穂を抱きしめた。
「・・・・・・鋼鉄のヨーヨー。そして、同田貫という刀。強敵でしたね・・・・・・」
「まったくだね。さぁ、外にもまだ、ろくでなしがいるみたいだ! 二斗刑事や久保さんを、助けに行こう!」
小紅たち三人は、ジョーのヨーヨーと同田貫を麻袋に詰めた。
澪がそれを担ぎ、小紅は足首を打たれた水穂に肩を貸し、三人は外に向かって、視線を同時に揃える。
・・・・・・ブウゥンッ! ドゴォアアアァーッ ドンガラガッシャァンッ!
「うぁ・・・・・・っ! かはっ!」
「「 え! な、何っ! 」」
突然、小紅は強力な衝撃を背後から受け、前方の朽ちた木箱に吹っ飛んだ。
その衝撃で、水穂も横に吹き飛んだ。
澪は、何が起こったのかわからない様子で、水穂の元へ駆け寄った。
二人の後ろからは、石灰の粉が大きく舞い上がり、金属音と重い足音が響く。
・・・・・・どすんどすん ・・・・・・じゃらりっ
「ぶぶぁー・・・・・・。ぶぶぅぅー・・・・・・。ぎゃへへひひぃぃー・・・・・・」
そこには、先程小紅が倒したと思っていた、あの女が拳を突き出して立っていた。
「ひ、ひぃーーっ! な、なにこいつーっ! ひええぇーっ!」
水穂は一気に震え上がり、鳥肌が立っている。澪は、驚愕の表情で、呆気にとられている。
「こ、こいつ。小紅サンが倒したはずなのに! 隣の部屋から追ってきてたの?」
ピーカブースタイルで拳を構え、女は頭をぶんぶんと振り出した。
澪は、固まっている水穂の手を引き、麻袋を背負って、吹っ飛んだ小紅の元へ走る。
「こ、小紅サン! 小紅サンっ! 大丈夫ですか! 小紅サンっ?」
「小紅センパイーっ! やばいの! キモイのーっ! うひぃー。起きてぇーっ!」
がらり・・・・・・ がららっ・・・・・・ からぁん がらんっ
壊れた木箱の木片と石灰の粉の中から、小紅はゆっくりと身体を起こした。
左目尻や額には、木片で切ったような小さな傷がいくつもでき、血が滲んでいる。
「うぁ・・・・・・っ。背中、痛っ! やったのは、あのメタボ女か・・・・・・。よくもやったなぁ!」
小紅は、左腕をだらりと下げ、後頭部と首を右手で揉みながら、立ち上がった。
「うひぃ! 小紅センパイ! 血が出てるよ! ひいぃー。やばいって!」
水穂は、小紅の左手の甲からの出血を見て、青ざめている。少し深い傷のようだ。
「・・・・・・いったいなぁ。・・・・・・くっそぉ。このくらい、こーして・・・・・・」
ちらっと左手を見て、小紅は上着を脱ぎ、左手をそれで包むようにして、ぎゅっと結んだ。
・・・・・・ざざっ むくりっ
よだれを垂らし、奇声を発している女。その後ろで、ジョーもゆっくりと起き上がった。
「くそったれめ。・・・・・・オレとしたことが・・・・・・。まぁいい。こいつがオレの代わりに、おめぇらを始末するだろうからな」
「この野郎っ! ・・・・・・おい! なんなんだよ、こいつ! 明らかに普通じゃないでしょ!?」
小紅は、水穂と澪を後ろに下げ、ジョーと女に向かって一歩前に出て叫んだ。
「ふん。仕方ねぇ、教えてやる。・・・・・・こいつは、オレが人体実験をして作り上げていた、生体兵器みてぇなもの・・・・・・。オリンピック候補の女子ボクサー、多加田芳美って女だ」
「オリンピック候補!? あたしの目の前にいる、こいつが・・・・・・?」
「・・・・・・もっとも、もう、その頃の面影もねぇ、廃人同然の失敗作だがな・・・・・・」
ジョーの話を聞いて、小紅はぎゅっと奥歯を強く噛んだ。澪と水穂は、眉をひそめ、二人で顔を見合わせている。
「(女子ボクサー。やっぱり、澪の言ったとおりか。・・・・・・でも、なぜあんな姿に)」
ジョーは、多加田を蔑んだ目で見ながら、口元の血を指で拭い、にやりと笑った。
* * * * *
「ぶぶぅぅあぁー・・・・・・。ぎゃひ・・・・・・。ぎゃっひひぃ・・・・・・」
舌をだらんと垂らし、手足の鎖をじゃらりじゃらりと鳴らし、頭をゆらゆら動かす多加田。
「うひぃーっ! キモっ! なんでオリンピック候補が、こんな姿でここにいるのーっ!」
震え上がる水穂。澪も、口元に手を当て、汗を数滴垂らしている。
「ふん・・・・・・。こいつは・・・・・・毒島さんの指令でな。半年前に、手下を使って拉致らせた。パチモン女。おめぇを拉致ったようにな・・・・・・」
「おい! どういうつもりでそんなことを! ・・・・・・答えろ! ヨーヨー野郎!」
小紅は、首を手で揉み押さえながら、ジョーに向かって叫ぶ。
「簡単なことだ。・・・・・・早乙女小紅。・・・・・・おめぇみてぇな邪魔者がいるから、デスアダーには強力な戦力がもっと必要。この多加田は、そのための実験台なのさ。・・・・・・非合法のドラッグ、筋肉増強剤、麻薬や覚せい剤などを一気にブチ込み、闘争本能のみを磨いた」
「な・・・・・・なんだってぇ! なんてことするんだ、お前ら! 信じられないっ!」
わなわなと拳を震わせる小紅。その後ろでは、澪と水穂も、表情が強ばっている。
多加田は、ジョーが話している間も、ピーカブースタイルでゆらゆらと揺れながら、一歩ずつ近寄ってくる。小紅に折られた膝を引きずりながら、のそり、のそり、と。
「うるせぇよ。・・・・・・もはや、言葉すら話せなくなった女だが、パンチ力はちょっとしたキャノン砲並み。・・・・・・ヤクで、もう、脳ミソのリミッターがぶっ壊れてるからな。しかしおめぇ、さっき、よく背中にパンチが直撃してその程度の傷で済んだな? さすがだぜ・・・・・・」
「あたしは、身体の柔らかさと頑丈さが取り柄でね! 打たれた瞬間、脱力して威力を最小限に抑えたんだよ! ・・・・・・すっごく痛かったけどさ!」
「ふん! 鍛え方も並のレベルじゃねぇってことかよ・・・・・・」
「中学時代に、特殊な鍛え方を教えてくれた友達もいたもんでね。・・・・・・あとさ、そいつの膝は使いもんになってないから、踏み込む足に力が入ってない。パンチはそれほど威力なかったよ!」
「・・・・・・ふん。何でもいい。・・・・・・さぁ、やっちまえ、多加田! おめぇは、そのための存在なんだからな。・・・・・・早乙女小紅たちを、殺しちまえ!」
ジョーの指示を受け、多加田は小紅へ身体を向ける。しかし、多加田は小紅が発する気迫を感じ取ったのか、なかなか仕掛けない。
「おい! やらねぇと、おめぇを殺すことになんぜ? ・・・・・・ポンコツは、毒島さんが、廃棄処分にすると言ってんだ・・・・・・」
ジョーが多加田へ、低く凄みのある声で再度命令した。
多加田は、左右にそれぞれ焦点が歪んだ目を動かし、びくっとして、奇声を発しながら一歩ずつ小紅に近寄る。
・・・・・・じゃらあっ ・・・・・・じゃらぁっ
「げひ、げひひぃ・・・・・・。ぶぶぁー・・・・・・ぶぶぁぁー! ぎゃべべべべべぇーっ!」
「(オリンピック候補の女子ボクサーがこんな姿に! あまりにも悲惨すぎるよ!)」
小紅は多加田に向かって哀しい表情を一瞬見せ、一歩ずつ、臆することなく向かっていく。
澪は麻袋を置き、小紅の数歩後ろから水穂と一緒に歩き、身構えた。
「おい、ヨーヨー野郎! ・・・・・・あたしは、お前らみたいな卑劣極まりないやつら、絶対に許さないから! この女を一撃で倒したら、そのまま、お前をぶっ叩きに走るからな!」
「そんな傷を負いながら、多加田を一撃で? ・・・・・・ふん。やってみやがれ・・・・・・」
「ぶあぁー・・・・・・。ぶぅぅあぁー・・・・・・」
多加田は、小紅を見ると、怯えたように足をやや早め、固く構えて近寄る。
まるで鳥の巣のようなボサボサ髪の多加田は、きつい体臭を発し、唸り声や奇声をあげながら両拳をぎゅっと捻って溜め込んだ。
「ひ、ひぃー。こ、小紅センパイーっ! 私、無理! 無理! ひゃーっ! いやーっ!」
「水穂と澪は下がってて。ここは、あたしがやる。一撃でね! ・・・・・・見てて!」
そして、両者、手の届く位置にまで間合いが詰まる。
小紅が軽く息を吸ったのに合わせ、そこへ多加田が一気に右のストレートパンチを繰り出した。
それは、見事なまでに美しい、ボクシングの理想的なフォームだった。
目をかっと見開き、小紅は、左の上段突きをそのパンチの下から撥ね上げるように思い切り放った。
そして一気に全体重を拳に乗せ、ぎゅるんと腰を回転させて、踏み込む。
「てえぇああーーーーっ!」
バシイッ! ググゥンッ! ギュルウッ ベキイィーーーッ!
上着を巻いた小紅の左拳が、多加田の顔面に入った。
その拳から赤い雫が数滴、宙に舞う。そのまま小紅は気合いを入れ、さらに踏み込んで多加田の顔を全力で打ち抜いた。
まるでヒキガエルが鳴くかのような声をあげ、多加田はどすんと倒れた。そのまま、白目で泡を吹いている。今度こそ完全に意識を失って、その動きは止まった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・。さぁ、もう、お前だけだ! このろくでなしがーっ!」
相手の攻撃に対し、攻防一体の技で返す糸恩流の技法「反撃」を応用し、宣言通りに多加田を一撃で倒した小紅。
そしてそのまま、左手から血を滴らせながら目を吊り上げ、ジョーに向かって猛ダッシュ。
「なんてやつだ・・・・・・早乙女小紅! ・・・・・・くそったれめ!」
「このやろぉーーーーーっ!」
一気に、小紅はジョーに向かって大きく飛び込み、右の正拳を放った。
・・・・・・シャアアァァッ! シュパアアァッ!
「はっ! ・・・・・・うそっ! くっ!」
瞬間的に、小紅は何かを察知。踏み込んだ足を、ギリギリの間合いで止めた。
「ちっ・・・・・・。察しが良いな・・・・・・」
ジョーの右手には、腰元から抜いた小刀が光っている。それによって、小紅の制服のポケットは、一部、大きく切り取られてしまった。
「え! あ、あれは、模造刀じゃない! 小紅サン! それは、真剣ですっ!」
「あ、あいつ、まだ武器持ってたの! 真剣なんて! 小紅センパイ、危ないよぉ!」
澪と水穂も、驚きを隠せない。ジョーの手に光る小刀。その刃渡りは五十センチほど。
「あたしのポケットが! なんてことを! ・・・・・・まだ、武器を持ってたのか・・・・・・」
「ふん・・・・・・。誰も、武器は二つだけとは言ってねぇぜ? ・・・・・・さぁ、続きだ!」
「(・・・・・・くっそぉ。左手がズキズキする。さっきより痛い。でも、やるしかない!)」
背をぴんと伸ばし、小刀を構えるジョー。それに対して小紅も、左手をかばうようにして右拳を前に大きく出し、半身になって構えた。
澪と水穂も、近くにあった木片や木の板を持って、小紅の後ろから援護するように構える。
じりじりと、ジョーと小紅の間合いが詰まる。
「(小刀と言っても真剣。・・・・・・あたしは素手。・・・・・・刺されても斬られても、終わりか。やばいな)」
滲んだ血が混ざり、薄紅色となった汗が、小紅の頬をつうっと垂れてゆく。
じりっ・・・・・・ じりりっ・・・・・・
二人の間合いが、お互いの射程距離となった。
「チィィエエェストォーーーーッ!」
ジョーが甲高い気合いを発し、瞬き一つするほどの間に縦、斜め、横と三連続で刀をコンパクトに振った。その動きに合わせて、小紅も素速く動き回る。
その白刃は、紙一重で躱す小紅の耳元の髪を、はらりと数本切り落とした。
「は、速い! 小刀だから、軽くて小回りが利くのか!」
小紅は足捌きと体捌きで、ジョーの斬撃を辛うじて躱す。
まるで米の字を書くような動きで、縦横斜めと斬り込んでくるジョー。そのスピードは次第に小紅をやや上回る速さまで上がった。
「・・・・・・いい動きだ! さすがだぜ・・・・・・。だが、オレの技は、斬るだけじゃねぇ!」
ヒュウンッ シュパアッ シュパパァッ ・・・・・・ドシュンッ!
・・・・・・ザクウッ!
「う・・・・・・ぁっ! つ・・・・・・突きか!」
ジョーの小刀が、左手に巻いた小紅の上着を一直線に貫いた。
「剣術は、平突きもありだ。しかし・・・・・・ちっ。よく見切ったな!」
「おあいにく様・・・・・・。突きの軌道は、あたし、嫌と言うほど慣れてるんでね!」
「ふん・・・・・・。空手の突きと剣術の突きとじゃ、ワケが違うぜ?」
そのまま、ジョーは斜め下に刀を振り切った。
それによって小紅の黒い上着はズタズタになり、コンクリートの床にばらっと落ちる。
「あ、あたしの上着がーっ! どーすんのよ、来週から! あたし、他に制服無いのに!」
「知るかよ・・・・・・。おめぇはもう、制服を着ることはねぇ・・・・・・。ここであの世行きだ!」
「そうはいかないよ! ・・・・・・しかし、本当にこれは困ったな。縫うようじゃん!」
小刀の刃紋がきらりと光る。小紅の手からは、ぽたり、ぽたりと血が滴り続けている。
「小紅センパイ! 左手の傷、まだ、血が・・・・・・。ひえぇー」
「小紅サン! この木の板、使いますか? あの小刀、防げるかも!」
澪は小紅に木の板を渡そうとしたが、小紅は首を横に振った。
「それは、二人が身を守るのに使って! あたし、こいつの太刀筋、見切ったから!」
小紅は、ジョーの目を見て、にやりと笑った。
「・・・・・・無駄な強がりはよせ、早乙女小紅。・・・・・・見切っただと? おめぇのその血で濡れた手で、オレの刀をどうするつもりだ? まさか、真剣白刃捕りじゃねぇだろうな?」
見下すような笑みを見せる、ジョー。
小紅は薄紅色の汗を滴らせ、ゆっくりと静かに呼吸を整え、再び構えた。




