~ファイル19 祖父と孫~
・・・・・・ピキュピキュピー・・・・・・
・・・・・・チチチュチュン チュチュン・・・・・・
八月末。夏休みの、最終日。早乙女家の庭には、朝露に濡れたナツツバキが咲いている。
今朝もまだ、小紅は部屋に籠もっていた。源五郎が心配し、襖越しに声をかける。
「小紅やー。昨日、メシ、食わなかったんけ? ・・・・・・どした? まだ、だめか?」
中から、返事は無かった。
「・・・・・・だいたいのことは、わしも中田巡査から電話で聞いたわい。・・・・・・じゃがのぉー、小紅? これだけは聞いとくれ?」
源五郎は、襖の前に置かれたままの冷めた粥と焼き鮭を、温かい玄米ご飯と焼き鯖、青菜の味噌汁に置き換えた。
茶碗蒸しだけは、からっぽになっていた。
「お前がやっていること、そして、この三年間の悲しく悔しくどうしようもない気持ちは、わしもよーくわかるんじゃ。・・・・・・だけど、小紅。わしはお前にな、明るくてかわいい笑顔を忘れてほしくはない。そして、危険すぎるものに身を投じてほしくもない・・・・・・」
ゆっくりと、諭すような口調で話す源五郎。
「わしも、ばーちゃんが早くに亡くなってから、一人息子と嫁、そしてかわいい唯一の孫の顔を毎日見て、幸せじゃったわー。だが、それが、あんなことで壊れ・・・・・・わしだって、毎晩、酒を飲まずにはいられなくなった。警察にも、とうと犯人の極刑を頼み込んだわ」
襖の奥で、少し、ごそごそと音がした。
「じゃが・・・・・・。憎しみや恨みは、負の心。仇討ちのための気持ちも、負の心。そんな心で、技を振り回して使えば、相手からの仕返しや憎しみがまた増えるだけ。いいことなど何も生まんぞ」
ふとんの衣擦れのような音が、襖の奥からかすかに聞こえる。
「わしも、悔しい。未だに、忘れられん・・・・・・。だがな、小紅、お前が悪い奴らを懲らしめても、根源を絶たぬ限り、きりがない。それは、警察に任せてみてはどうかの?」
襖の奥は、静かだ。
「・・・・・・わしは、お前まで、万が一のことがあったらと思うと、心がきついんじゃ。・・・・・・それが、今の、わしの気持ちだべ・・・・・・」
襖の奥からは、返事はない。
だが、ごそごそとふとんの音が、少ししている。
「・・・・・・もちろん、何もするなとは言っとらんぞ? 目の前で悪漢や暴漢に襲われている人がいたり、自分や周囲の人に危機が及んだりしたら、やむなしじゃ! 暴力を見過ごして屈するようなものは、武道家じゃねーべ」
「・・・・・・」
「・・・・・・守る戦いは、仕方ないものじゃ。じゃが、わざわざ自分から攻め入り、危険を招き入れるようなことは、避けるんじゃぞ?」
数秒後、襖の奥では、ばさりと音がした。
「・・・・・・うん、わかった・・・・・・」
小紅の震えた声が、襖越しに聞こえた。
「やーっと声が聞こえたわい。・・・・・・ふぉふぉふぉ。さぁ、メシ食べて、気晴らしに宇河宮にでも、行ってくっとよかんべ。・・・・・・夏休み、今日で最後だべや?」
「・・・・・・わかったよ。少し経ったら、気分転換してくる。じーちゃん、ありがと・・・・・・」
源五郎はその声を聞き、白い髭をほふほふと揺らしながら、笑って茶の間へ戻っていった。