~ファイル10 小紅と優太の、ほんわかほりでぃ~
むー むー むー むー・・・・・・
むー むー むー むー・・・・・・
ちゃぶ台の上で、小刻みに携帯電話が震えている。
「おーい。小紅や? どこだんべ? 携帯が痙攣しとるぞー? 便所けー?」
「・・・・・・はいはい、待ってよ! あと、じーちゃん? 痙攣じゃなく、バイブレーションって言うんだからね? 変な言い方しないでよー」
「震えてりゃ、何の言い方だってよかんべ? 誰からだべ? ・・・・・・どっか行くんけ?」
「静かにしてよ。いま、確認中ー・・・・・・」
小紅は、携帯電話をぱかりと開き、画面を見つめる。優太からのメールが入ったようだ。
「・・・・・・ふーん。まぁ、うん。そういうことなら・・・・・・」
「なんじゃい? そんな目ぇ近づけて。年寄りじゃあるめーし。どれ、なんだべや?」
「ちょっ、ちょっと! じーちゃんっ! 覗き見しないでよ! デリカシーないなぁ!」
咄嗟に、小紅は携帯を閉じた。そして、ジーンズの後ろポケットに、しまった。
「・・・・・・いまから、優太と・・・・・・県庁のとこへ遊び行ってくるからね!」
「そーか。暗くならないうちに帰るんじゃぞ? あと、危ないことには首突っ込むなよ?」
「わかってるってば! でも、相手が仕掛けてきたら、それは正当防衛じゃん!」
「わかっとらんのー。まったく、バカタレじゃ。えーか、小紅? 武道や武術というものは、この現代では、使わないのが一番なんじゃぞ? 護身の技術は持ってていい。じゃが、それをわざわざ使うようなことに、身を投じないのが一番なんじゃ・・・・・・」
「それもわかってるってば! でも、あたしはね、悪いことするやつがいっぱいいるのに、黙ってることはできないの。だって、そういう奴を倒せる力、持ってんのにさ!」
「・・・・・・やれやれ。えーか? 半端な力は、逆に自分を危険に巻き込むぞ。本当に強い者は、危うい場には近づかん。小紅は、まだ、心のコントロールが足りんなー」
「あー。もーいーでしょ? 優太との待ち合わせに遅れちゃうよ! じーちゃんは、今日は家にいんの? どっか出んの?」
小紅は、赤いリュックを背負い、白いTシャツに半袖で桃色の上着を羽織って、靴を履く。
「わしゃ、今日は昼から、自治会の会議があってのー。ほどほどに飲むのじゃ!」
「なんだよー。会議って言っても、終わった後の飲み会がメインかー。やれやれ・・・・・・」
「・・・・・・小紅? 本当に、気をつけるんじゃぞ? 危うきには近寄るなよ?」
「じーちゃんは、ほんと、くどいなー。だいじだって! いってきまーす」
小紅は、紅色の髪留めと結い髪を揺らし、源五郎に小さく手を振って玄関の外へ走っていった。
* * * * *
JR柏沼駅の前に、うぐいす色のシャツを着た男子が立っている。
細長い黄緑色の携帯電話のアンテナを指で伸ばし、どこかへ電話をかけているようだ。
「・・・・・・ご、ごめぇん、優太! はー。よかった、間に合ってー・・・・・・」
「あ! 小紅ちゃん! よかった。いまちょうど、電話かけちゃったとこだよー」
「じーちゃんの小言がうるさくてー。・・・・・・今日は、ありがと。あたしもヒマだったからちょうどよかったよー。・・・・・・美味しいパンが食べられるんでしょ? 楽しみ!」
「小紅ちゃん、パン好きだもんね? 県庁前で、パン屋さんが集まるイベントがあるって言うからさ、誘ってみたんだー」
「朝ごはん、軽くしといてよかったー。あんドーナツと、ミカンだったのよー」
「えー? 小紅ちゃん、そんなんでいいの? 栄養、偏らない? だいじなの?」
「今朝だけよ。なんか今日は、朝は適当で、お昼をガッツリ食べたい感じだったんだー」
小紅は、頭のてっぺんにつけた二つの髪留めを直しながら、優太に笑顔を見せる。
優太も、そんな小紅を見て、頬を薄紅色に染めて、くすっと笑っていた。
程なくして、ホームに入ってきた電車に二人は乗った。車内は客もまばらで、空いている。
ガタゴトト ガタゴトト プァーンッ! ガタゴトト・・・・・・
「やっぱり、けっこう揺れるねー。・・・・・・小紅ちゃんは、相変わらず、座らないんだね?」
バッグを膝の上に乗せ、シートに座っている優太。
小紅はつり革には掴まらず、腕組みをしながら足を内股気味にし、揺れに負けないように立っている。
「あたしは、昔っからこうね。電車に乗ったらさ、この揺れでもバランス崩さないように、三戦立ちで倒れずにいろって、じーちゃんに言われてるしー」
「小紅ちゃんらしいや。ぼくはよくわからないけど、それも、空手の練習なの?」
「そうだよ。しっかり内股を締め上げて、どんな揺れや衝撃も吸収するようにしてるの」
「ぼくも・・・・・・立ってみようっと」
優太は、シートにバッグを置き、小紅の横に立った。
「あはははは。無理しないでいーよ? 優太、慣れてないだろうしー。無理だよー」
「ぼくだって、この揺れくらい・・・・・・。う? ん? ・・・・・・う、うわっ!」
カーブになり、電車がぐらっと大きく揺れた。優太は、尻もちをついて倒れてしまった。
「いたた・・・・・・。や、やっぱりだめだったー。はぁー・・・・・・」
「ほらぁ、言ったじゃんー。・・・・・・ほら、優太。立って。まだ揺れるから、危ないよっ」
小紅は、まったく揺れをものともしない。立ったまま優太の手を引き、シートに座らせた。
「・・・・・・でも、優太のその意地は、あたしは嫌いじゃないなー。優太らしいんだもん」
「ぼく、やっぱり、小紅ちゃんみたいには、できそうもないやー」
「いいんだよー。優太は、あたしじゃないんだし。優太は、優太でいてよー?」
夏らしい色合いの爽やかな服を着た二人を乗せ、電車は終点の駅へ到着した。
* * * * *
県庁所在地の、宇河宮市。北関東最大の規模を誇る、栃木の県都。
新幹線も停まる大きなJRの駅から、小紅と優太は県庁まで歩いていった。
県庁前の芝生広場には、カラフルなテントとたくさんの人だかり。音楽も流れ、とちのはテレビのイベントレポーターや、栃葉新聞の記者などもたくさん来ているようだ。
「わぁー。「っごく賑わってる! さて、優太。どのお店のパンから食べる?」
「いろいろあって、迷っちゃうね。でもさ、ここはやはり、地元の柏沼市ブースからいってみない? ほら。いつも、校内販売に来てるパン屋さんが、新作を出してるよ?」
「よし。あたし、その新作を食べてみようっと! 十軒くらい回ろうか!」
「え! 小紅ちゃん、そんなにぼく、食べられないよー・・・・・・」
「いーじゃん。優太が食べきれなかったら、残りは、あたしが食べてあげるからー」
二人は、柏沼市ブースで出店中の『三本松農園』の売り場へ。
売り場の一角には、店長の紹介も貼ってあった。
「いらっしゃい! ・・・・・・あれ? いつも昼休みに買ってくれる子たちじゃないかー」
パン屋さんが、小紅と優太に爽やかな笑顔を見せる。二十代前半の、まだ若い男性だ。
「こんちは! あたしたち、そこに書いてある、新作ってのが欲しいんですけどー」
「あ。新作の『夏ミカンのマーマレードコロネ』ね! ありがとうございます!」
「ねぇ、優太。美味しそうだよ、新作! お店のお兄さん、福田大地さんっていうんだ?」
「名前は初めて知ったね。美味しそうだね、小紅ちゃん。早く食べたいねー」
「・・・・・・はい。お待たせ! お二人は、デートかな? おまけで、メイプルトーストもひとつ入れておいたから、彼氏彼女同士、仲良く食べてね!」
「あはは! やっぱり、デートに見えます? まだ付き合ってないですよ? 幼馴染みなんですよー。今日はヒマだったんでー、遠足ですかねー」
「こりゃ失礼。どう見ても、カップルかと・・・・・・。まっ、イベント、楽しんでってね!」
「ありがとうございます。美味しくいただきます。・・・・・・小紅ちゃん、いこうか」
二人はその後、別な市町村ブースに出ている五軒のパン屋を廻り、様々なパンを買った。
会場のはずれには、ツツジの植え込みと、トチノキに囲まれた小さなスペースがある。
小紅は、そこにあったベンチに腰掛けた。優太は、飲み物を買いに行っている。
「・・・・・・はい、買ってきたよ。小紅ちゃんは、冷たいアールグレイでいいよね?」
「ありがとー。さっすが優太! あたしの好み、わかっていらっしゃるー」
「だって、小紅ちゃんは昔から、コーヒーやジュースじゃなく、お茶系だもんね?」
優太は、笑いながら小紅に、紅茶の入ったカップを渡した。
小紅はゆるりと目尻を下げ、冷たい紅茶を片手に大きな口でパンをぱくりとひとつ、頬張った。
その隣で、優太は一口ずつ、小鳥がついばむようにパンを食べている。
木陰で、同じ向きに座ってパンを食べる二人。
ただ緩やかに、休日の時は流れ、ただゆっくりと、過ぎてゆく。