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出動!悪行清掃人!   作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
#3 矛を止めると書いて、「武」!
10/84

~ファイル10 小紅と優太の、ほんわかほりでぃ~ 

   むー  むー  むー  むー・・・・・・

   むー  むー  むー  むー・・・・・・


 ちゃぶ台の上で、小刻みに携帯電話が震えている。


「おーい。小紅や? どこだんべ? 携帯が痙攣しとるぞー? 便所けー?」

「・・・・・・はいはい、待ってよ! あと、じーちゃん? 痙攣じゃなく、バイブレーションって言うんだからね? 変な言い方しないでよー」

「震えてりゃ、何の言い方だってよかんべ? 誰からだべ? ・・・・・・どっか行くんけ?」

「静かにしてよ。いま、確認中ー・・・・・・」

 

 小紅は、携帯電話をぱかりと開き、画面を見つめる。優太からのメールが入ったようだ。

 

「・・・・・・ふーん。まぁ、うん。そういうことなら・・・・・・」

「なんじゃい? そんな目ぇ近づけて。年寄りじゃあるめーし。どれ、なんだべや?」

「ちょっ、ちょっと! じーちゃんっ! 覗き見しないでよ! デリカシーないなぁ!」

 

 咄嗟に、小紅は携帯を閉じた。そして、ジーンズの後ろポケットに、しまった。

 

「・・・・・・いまから、優太と・・・・・・県庁のとこへ遊び行ってくるからね!」

「そーか。暗くならないうちに帰るんじゃぞ? あと、危ないことには首突っ込むなよ?」

「わかってるってば! でも、相手が仕掛けてきたら、それは正当防衛じゃん!」

「わかっとらんのー。まったく、バカタレじゃ。えーか、小紅? 武道や武術というものは、この現代では、使わないのが一番なんじゃぞ? 護身の技術は持ってていい。じゃが、それをわざわざ使うようなことに、身を投じないのが一番なんじゃ・・・・・・」

「それもわかってるってば! でも、あたしはね、悪いことするやつがいっぱいいるのに、黙ってることはできないの。だって、そういう奴を倒せる力、持ってんのにさ!」

「・・・・・・やれやれ。えーか? 半端な力は、逆に自分を危険に巻き込むぞ。本当に強い者は、危うい場には近づかん。小紅は、まだ、心のコントロールが足りんなー」

「あー。もーいーでしょ? 優太との待ち合わせに遅れちゃうよ! じーちゃんは、今日は家にいんの? どっか出んの?」

 

 小紅は、赤いリュックを背負い、白いTシャツに半袖で桃色の上着を羽織って、靴を履く。

 

「わしゃ、今日は昼から、自治会の会議があってのー。ほどほどに飲むのじゃ!」

「なんだよー。会議って言っても、終わった後の飲み会がメインかー。やれやれ・・・・・・」

「・・・・・・小紅? 本当に、気をつけるんじゃぞ? 危うきには近寄るなよ?」

「じーちゃんは、ほんと、くどいなー。だいじだって! いってきまーす」

 

 小紅は、紅色の髪留めと結い髪を揺らし、源五郎に小さく手を振って玄関の外へ走っていった。


 

     * * * * *


    

 JR柏沼駅の前に、うぐいす色のシャツを着た男子が立っている。

 細長い黄緑色の携帯電話のアンテナを指で伸ばし、どこかへ電話をかけているようだ。


「・・・・・・ご、ごめぇん、優太! はー。よかった、間に合ってー・・・・・・」

「あ! 小紅ちゃん! よかった。いまちょうど、電話かけちゃったとこだよー」

「じーちゃんの小言がうるさくてー。・・・・・・今日は、ありがと。あたしもヒマだったからちょうどよかったよー。・・・・・・美味しいパンが食べられるんでしょ? 楽しみ!」

「小紅ちゃん、パン好きだもんね? 県庁前で、パン屋さんが集まるイベントがあるって言うからさ、誘ってみたんだー」

「朝ごはん、軽くしといてよかったー。あんドーナツと、ミカンだったのよー」

「えー? 小紅ちゃん、そんなんでいいの? 栄養、偏らない? だいじなの?」

「今朝だけよ。なんか今日は、朝は適当で、お昼をガッツリ食べたい感じだったんだー」

 

 小紅は、頭のてっぺんにつけた二つの髪留めを直しながら、優太に笑顔を見せる。

 優太も、そんな小紅を見て、頬を薄紅色に染めて、くすっと笑っていた。

 程なくして、ホームに入ってきた電車に二人は乗った。車内は客もまばらで、空いている。

 

   ガタゴトト  ガタゴトト  プァーンッ!  ガタゴトト・・・・・・

 

「やっぱり、けっこう揺れるねー。・・・・・・小紅ちゃんは、相変わらず、座らないんだね?」

 

 バッグを膝の上に乗せ、シートに座っている優太。

 小紅はつり革には掴まらず、腕組みをしながら足を内股気味にし、揺れに負けないように立っている。

 

「あたしは、昔っからこうね。電車に乗ったらさ、この揺れでもバランス崩さないように、三戦(サンチン)立ちで倒れずにいろって、じーちゃんに言われてるしー」

「小紅ちゃんらしいや。ぼくはよくわからないけど、それも、空手の練習なの?」

「そうだよ。しっかり内股を締め上げて、どんな揺れや衝撃も吸収するようにしてるの」

「ぼくも・・・・・・立ってみようっと」

 

 優太は、シートにバッグを置き、小紅の横に立った。

 

「あはははは。無理しないでいーよ? 優太、慣れてないだろうしー。無理だよー」

「ぼくだって、この揺れくらい・・・・・・。う? ん? ・・・・・・う、うわっ!」

 

 カーブになり、電車がぐらっと大きく揺れた。優太は、尻もちをついて倒れてしまった。

 

「いたた・・・・・・。や、やっぱりだめだったー。はぁー・・・・・・」

「ほらぁ、言ったじゃんー。・・・・・・ほら、優太。立って。まだ揺れるから、危ないよっ」

 

 小紅は、まったく揺れをものともしない。立ったまま優太の手を引き、シートに座らせた。

 

「・・・・・・でも、優太のその意地は、あたしは嫌いじゃないなー。優太らしいんだもん」

「ぼく、やっぱり、小紅ちゃんみたいには、できそうもないやー」

「いいんだよー。優太は、あたしじゃないんだし。優太は、優太でいてよー?」

 

 夏らしい色合いの爽やかな服を着た二人を乗せ、電車は終点の駅へ到着した。

 


     * * * * *



 県庁所在地の、宇河宮市(うかわみやし)。北関東最大の規模を誇る、栃木の県都。

 新幹線も停まる大きなJRの駅から、小紅と優太は県庁まで歩いていった。

 県庁前の芝生広場には、カラフルなテントとたくさんの人だかり。音楽も流れ、とちのはテレビのイベントレポーターや、栃葉新聞の記者などもたくさん来ているようだ。


「わぁー。「っごく賑わってる! さて、優太。どのお店のパンから食べる?」

「いろいろあって、迷っちゃうね。でもさ、ここはやはり、地元の柏沼市ブースからいってみない? ほら。いつも、校内販売に来てるパン屋さんが、新作を出してるよ?」

「よし。あたし、その新作を食べてみようっと! 十軒くらい回ろうか!」

「え! 小紅ちゃん、そんなにぼく、食べられないよー・・・・・・」

「いーじゃん。優太が食べきれなかったら、残りは、あたしが食べてあげるからー」

 

 二人は、柏沼市ブースで出店中の『三本松(さんぼんまつ)農園(のうえん)』の売り場へ。

 売り場の一角には、店長の紹介も貼ってあった。

 

「いらっしゃい! ・・・・・・あれ? いつも昼休みに買ってくれる子たちじゃないかー」

 

 パン屋さんが、小紅と優太に爽やかな笑顔を見せる。二十代前半の、まだ若い男性だ。

 

「こんちは! あたしたち、そこに書いてある、新作ってのが欲しいんですけどー」

「あ。新作の『夏ミカンのマーマレードコロネ』ね! ありがとうございます!」

「ねぇ、優太。美味しそうだよ、新作! お店のお兄さん、福田(ふくだ)大地(だいち)さんっていうんだ?」

「名前は初めて知ったね。美味しそうだね、小紅ちゃん。早く食べたいねー」

「・・・・・・はい。お待たせ! お二人は、デートかな? おまけで、メイプルトーストもひとつ入れておいたから、彼氏彼女同士、仲良く食べてね!」

「あはは! やっぱり、デートに見えます? まだ付き合ってないですよ? 幼馴染みなんですよー。今日はヒマだったんでー、遠足ですかねー」

「こりゃ失礼。どう見ても、カップルかと・・・・・・。まっ、イベント、楽しんでってね!」

「ありがとうございます。美味しくいただきます。・・・・・・小紅ちゃん、いこうか」

 

 二人はその後、別な市町村ブースに出ている五軒のパン屋を廻り、様々なパンを買った。

 会場のはずれには、ツツジの植え込みと、トチノキに囲まれた小さなスペースがある。

 小紅は、そこにあったベンチに腰掛けた。優太は、飲み物を買いに行っている。

 

「・・・・・・はい、買ってきたよ。小紅ちゃんは、冷たいアールグレイでいいよね?」

「ありがとー。さっすが優太! あたしの好み、わかっていらっしゃるー」

「だって、小紅ちゃんは昔から、コーヒーやジュースじゃなく、お茶系だもんね?」

 

 優太は、笑いながら小紅に、紅茶の入ったカップを渡した。

 小紅はゆるりと目尻を下げ、冷たい紅茶を片手に大きな口でパンをぱくりとひとつ、頬張った。

 その隣で、優太は一口ずつ、小鳥がついばむようにパンを食べている。

 木陰で、同じ向きに座ってパンを食べる二人。

 ただ緩やかに、休日の時は流れ、ただゆっくりと、過ぎてゆく。


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