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8.誘拐事件が教えてくれたこと

閲覧をありがとうございます。

喜んでいただけたら嬉しいです。

 貴族は自分の領地を持っている。

 広さも、場所も色々だけれど、爵位の高い貴族ほど広くて有益な場所を任されている。

 彼らは領地に立派な館を建てて住んでいるけれど、王都に滞在する時用の館も持っている。

 館の場所は爵位と王家への貢献度、それにその時の権勢などで変わってくる。

 そういう訳で、館の場所はたまに入れ替わるのだけど。



「何故、レニエ伯爵の館がブロイ公爵家の隣にあるの?」

 ブロイ公爵夫人は現国王の妹だし、ブロイ公爵家自体もこの国きっての有力貴族なのに、隣がレニエ伯爵では釣り合わないのではないかな~と不思議に思ったんだ。

「我が国には公爵家が四つあります。ですがその四家を並べて配置する訳にはいかないでしょう? ですから、間に他の侯爵家や伯爵家が入るのです。流石に子爵や男爵では難しいのですが、それ以外でしたら陛下もわざわざ口は出されませんので、両隣は自分の派閥で固めるのが普通です」

 へえ、知らなかったよ。なかなか露骨に出来ているんだね。

「じゃあ、もう片方の隣は誰の館?」

「宰相です」

「えっ、宰相は貴族じゃないでしょ? どうして――」

「爵位を金で買ったのですよ」

 うわぁ、そういう事かぁ。



 この国では貴族でなくても優秀であれば高い地位につく事が出来る。

 そしてごく稀に、本当に滅多にないんだけれど平民が婚姻により貴族の家に入る事がある。

 勿論、莫大な持参金が目当てなので陰では馬鹿にされ蔑まれる。

「あ、でも宰相はそのお金をどこから出したの?」

 それは官僚になれるくらいだから、元々家がお金持ちではあったんだろう。

 でも持参金を出せる程の金持ちはそうはいないし、宰相の給金だってそこまで高くはない筈だ。


「さあ、どこでしょう」

 ルノー公爵は涼しい顔ではぐらかしたけれど、絶対に知っていると思う。

「そんな事より、どうやって入れて貰いますか?」

 ルノー公爵があからさまに話を変えた。

 まあいいけどね。

「正面からに決まっております!」

 指南役が考えなしにそう言い、僕もそれに同意する。

「そうだね、ルノー公爵も僕もいるし、無理に押し入っても構わないでしょ」

「そこまでして見付からなければ、拙いことになりますよ?」

「絶対に見付かる」

 僕が精霊に頼んで屋敷中を探して貰うからね。

「ですがブロイ公爵も承知の上なら、拐かしには当たりません。何の咎め立ても出来なくなります」

 二歳の子供に人権なんてないからね。保護者であるブロイ公爵に庇われたら、レニエ伯爵を糾弾出来なくなる。寧ろ僕らの方が掟破りの悪者だ。


「なら別件で入ろう。急に具合の悪くなった僕を休ませて欲しくて立ち寄った。ルノー公爵と僕が一緒にいる理由はわざわざ説明しなくても良い。国王の用事だと言えば深くは追及されないでしょ。後は隙を見て、レオナールを救出しよう」

「いいでしょう。乱暴ですが、理由がありさえすれば構いません」

 そういう訳で、ルノー公爵のオッケーも出たので僕達は伯爵家に正面から乗り込んだ。



「こ、これはリュシアン王子、それにルノー公爵も、一体どういうご用件でしょうか」

「急な訪問で驚かせて済まない。リュシアン王子のお加減が優れず、少し休ませて欲しい」

「それはそれは……こんなところで良ければごゆるりとなさって下さい」

 内心はどうあれ、レニエ伯爵は僕らを受け入れてくれた。

「こうして同じ一の郭に館がありながら、お邪魔するのは初めてです」

「私はルノー公爵を招けるような立場ではありませんから」

「私から訪ねる分には構わないでしょう」

 そう言ってルノー公爵は出されたお茶を何食わぬ顔で口にした。

 きっとレニエ伯爵ははぐらかされたのか軽くみられたのか、それとも本気で言っているのか頭を悩ませている事だろう。

 残念ながら、僕にもどれだかわからない。


「リュシアン王子、お加減はいかがですかな? 横になられた方が良いのでは?」

「いえ、だいじょ――ああ、いや、済みませんが客間をお借りできますか?」

「勿論です。ご案内しましょう」

 僕は客室に案内される途中、レニエ伯爵家の侍従を窺ってみたけど残念ながら主を裏切りそうなタイプには見えなかった。

 きっと彼もレオナールを拐ってきた事を知っていると思うんだけどな。


「この家には、子供はいないの?」

「お坊っちゃま方は領地におられますので」

「ああ、そうだよね。子供は自領で育てるのが普通だものね」

 貴族に学校はないので、ある程度の年齢になってから騎士団に入るか文化サロンに出入りするくらいしか交流を持てない。

 それか社交界デビューをして夜会やお茶会に顔を出すかだな。

「リュシアン王子のお話し相手が必要でしたら主に申し上げますが……」

「いや、大丈夫だよ。僕も学ぶことが沢山あって忙しいので」

 いけない、いけない。王子の “ご友人” って、国王になった時の側近とか護衛騎士になるんだよね?

 こんなところで取り巻きを作る訳にはいかないし、それにレニエ伯爵家の子供達ならレオナールを支えていくよう言われているだろう。

 まあ、それもこの後の展開しだいかもしれないけど。


 僕は館内の捜索を言い付けていたニアが戻ってきたのを見て、そろそろ頃合いだと思い侍従に話し掛けた。


「君は嘘を言ったね」

「はい? いえ、失礼致しました。ですが私は嘘など――」

「だっているじゃないか。子供が」

「そんな事はっ!」

「なら一緒に確かめに行こう。こっちだ」

 僕は必死に止めようとする侍従の手を振り切って廊下を戻る。

 回廊を折れ、人払いをされた一室に近付くと行く手を遮られた。

 けれどガストンの姿を見て、彼らは直ぐに膝を折った。


「凄いな、ガストン。さすが、御前試合の優勝者」

「恐れ入ります」

「さて、邪魔もなくなったし、レオナールを助け出そうか」

 僕が扉に手を掛けたら、侍従がガバッと床に身を伏せた。

「リュシアン王子! どうかお見逃し下さい! レオナール様のお身柄は、きっと無事にお返し致します。何卒ここは、お見逃し下さいませんでしようか」

 え? この人は何を言っているのかな?

「無理。だって僕が保護すれば間違いなく助かるのに、どうしてわざわざレニエ伯爵の良心にかけてみなくちゃいけないのさ? 意味がわからないよ」

 本当に、なんで僕が大目に見る必要があるのさ。彼には何の借りも情もないよ。

 けれど侍従はこちらが慈悲深くて当然とでも思っているのか、必死ながらも何処か恨みがましい目付きを向けて頼んでくる。

「伯爵様はこれまでよくお仕えして参りました。その忠心を鑑み、温情を賜りたく――」

 僕は黙って扉を開けた。

 貴族が王家に仕えるのは当然だとか、僕の事は将来の主君に相応しくないと思っている癖にとか、言いたいことは色々とあったけれどこの男には言わない方がいい。

 だから黙って扉を開けた。



「む゛~っ!」

 縛られて猿轡を咬まされたレオナールの姿が目に飛び込んできた。

 相当に暴れたんだって事は、散らかった周りの様子でわかる。

「レオナール、助けに来たよ。何処か痛いところはない?」

「ん~っ゛! んん~っ!」

「はいはい、猿轡を外すから、ちょっと待ってね」

 僕はレオナールの拘束をガストンに外させた。

 手足が痺れているのか、へちゃへちゃと床に潰れながらもレオナールは僕にすがり付いてくる。


「天使様、また会えた!」

「うん。レオナールは大きくなったね」

 いやぁ、もうすぐ三歳とはいえ本当に大きい。

 前世の感覚で言ったら、もう小学生くらいに見える。

「あのね、大きくなったら天使様に会えるって聞いたの。なんでも食べて、いい子にする。大きくなる!」

 ああ、この子供がしつこく天使天使と言っているから、きっと乳母や教育係が上手くそれを利用したんだろう。

 僕はやたらとくっついてくるレオナールをガストンに引き剥がして貰い、ルノー公爵達のところへ戻った。



「レニエ伯爵、ブロイ公子が縛られていたのですが、一体どういう訳ですか?」

 僕の言葉にレニエ伯爵は真っ青になったけど、それでも何とか言い訳を口にした。

「公子をお預かりしたのですが、余り暴れるのて落ち着くまで静かな場所にいて戴いたのです」

「だからって、縛る必要があった?」

「それは――」

「私めの余計な判断でございます! うちの父がそうしておりましたので……」

 侍従の差し出口にレニエ伯爵が僅かに顔色を取り戻すが、彼が本当に注意しなくてはいけないのは僕ではなくルノー公爵だ。

 ルノー公爵が穏やかな微笑みを浮かべたまま頷いたのをみて、僕の背筋がゾクッとした。


「ではブロイ公爵家に問い合わせてみましょう」

「いや、それはちょっと待って欲しい」

「何故です? 『頼まれた』のですよね?」

「そうだが、誤解があったかもしれないので……」

「誤解? どのような行き違いがあったのでしょう?」

「頼んできたのは侍女でしたので、上手く話せなかったのかもしれません」

「それもブロイ公爵家抜きでは確認できませんね。一緒に来て戴きましょう」

 ルノー公爵はレニエ伯爵をお付きも無しに馬車に押し込め、指南役にガッチリと脇を固めさせてブロイ公爵家へ連行した。

 僕はお役御免になりカミーユとガストンと共に王宮に帰った。


 後々動機を訊ねたら、どうやらブロイ公爵夫人がおとなしくなってしまったのが不服だったらしい。

 父上に止められてレオナールを王宮に連れていけなくなった。ブロイ公爵夫人もおとなしく言うことを聞いている。

 ならば自分が、レオナールが幼い内にお立場を教えて差し上げようと思ったという。

 ようは冠を欲しがるように洗脳しようとしたんだね。

 レオナールが思ったよりもヤンチャで、全く上手くいかなかったそうだけど。


 それにしても、ちょっとショックだよね~。

 父上の御代は磐石だと思っていたのに、もう次代の事を考えて企む奴がいるなんて。

 これじゃあ僕は益々気を抜けない。

 付け入る隙なんて見せちゃ駄目だ。

 いずれは隠せなくなる日が来るとしても、今はまだ誰にも知られず完璧な王子じゃなくちゃいけない。

 女っぽく見られないように頑張らなくちゃ!

 僕は髪を伸ばしたいなんて気持ちはすっぱりと捨て、より剣術に精を出すようになった。

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