Hot×Cold×Vampire11
「……何ですかその締まりのない顔は。やめなさい」
不機嫌そうな顔になった。声も低くなっている。けれども今の私にはちょっとした照れ隠しにしか見えない。すごいなツンデレフィルター。
「気にしないで。面白いなーと思っているだけだから。ハイネグリフって案外可愛い性格してるむっ!?」
両頬を右手で掴まれた。ハイネグリフは手が大きいからアタシの顔がすっぽり収まってしまった。
「やめなさい。このまま砕きますよ」
金色の目を光らせ、変わらず低い声で脅しをかけてくるがこの程度では屈しない。アタシだって成長している。しかも対ハイネグリフにはツンデレフィルターという最強ツールを手に入れたのでなおさら怖くなかった。どれもこれも照れ隠しに見えてしまう。
「折ららいでそ?」
折らないでしょ、と言いたかったけど口から出た言葉はそうじゃなかった。まぁ頬を掴まれているから当然だ。ハイネグリフに伝わったかどうかは疑問だったけれど、一応伝わりはしたようだった。怖い顔が仏頂面になったから。
「……」
ギリギリギリギリ
「!? ひひゃいひひゃい!!」
指が食い込んできた! 痛たたたたた! 爪! 爪が刺さる!! 顎がミシミシ言っている! 口が自然と開く! ホントに砕くつもりなの!?
「ああー! あはー!」
やだ! アホ! そう言っているつもりだが、食い込んだ指の所為で口が閉じられないので言葉になっていない。ちくしょうこの野郎! 優しいなんて思ったアタシが馬鹿だった!
ハイネグリフの手首を掴む。引っぱって離そうと思っているのに、ギシギシ軋むような音がするだけで全然動いてくれない。
「あー!!」
最悪! 離せこの! 引っ張るだけじゃなくてバシバシ叩いてみたり押してみたりした。
でも全然ダメ。全然動かないし、目の前の綺麗な顔は無表情なままだ。えっ、もしかしてアタシ調子に乗った所為でこのまま顎砕かれちゃうの? 嫌なんだけど。
「あぁ……」
ひー、ハイネグリフの無表情怖いんだけど。何でじっと見たまま何も言わないし表情も変えないの。怖い。痛い、全然離れない! 中から舌で押してみても全然動いてくれない。
「んあっ!?」
何の前触れもなく解放された! とりあえず自分の輪郭を確かめてみる。うん、折れてないみたいだ。良かった。
「何でみんなアタシの頬掴むの……」
マリウスしかり。そんなに掴みやすい頭の形をしているのだろうか。
「さぁ、知りません。そんなことより行きますよ。また県外に逃げられる前にアイゼンバーグを見つけないといけませんから」
そんなことよりって。人の顎を砕こうとしておいてそんなことで片付けるなんて。
無言の抗議として睨んでやったが、ハイネグリフはアタシのことを無視して一歩を踏み出そうとした。
あっ!
「ま、待って!」
アタシは思わずカーディガンを掴んで引き留めてしまった。ハイネグリフが仏頂面で振り返る。何故引き止めるのかって顔だ。
だって、これからアイゼンバーグを探しに行ったら絶対どこかでレオに会うことになる。今レオに会うのは気まずい。悪いのはアタシだから謝って許してもらえば良いのだけど、根本的な解決にならない気がする。このままだとまた同じことが起こってしまうような気がするのだ。それは避けたかった。
「……アタシ、レオに合わせる顔がないんだけど……」
「そんなことは知りません」
「薄情者」
確かにハイネグリフには関係のないことだけれども。
「アタシ、デインに会う前にレオに会ったの。レオは女の人の血を吸っていて……ビックリして、悲鳴を上げて怖がってしまった。そしたらレオは傷ついた顔をしたの。アタシが傷つけてしまった」
一度言葉を切って震えそうになった呼吸を整えた。
「レオが、別行動だったのは、そういうことだったんだね。もっと早くに気づけば良かった。ごめんね、アタシが考え無しだから。ハイネグリフも気を遣ってくれたのに」
カーディガンを掴む手に力が入る。
アタシは二人の配慮を無下にした。軽率な行動で自分の身を危険にさらすだけじゃなくて、迷惑までかけてしまったのだ。ホント、どうしようもないやつ。
ハイネグリフはまたアタシを馬鹿にするだろうか。
「貴方は思慮が足りません」
やっぱり……。予想していたことだけれどしゅんとした。
「ですが、一応自覚しているなら良いでしょう。今後は気をつけなさい。謝る必要もありません。こちらが勝手にしたことですから。レオもあまり気にする性分ではないので、貴方が厚かましい態度を取れば流すでしょう。むしろそうして悩んで暗い顔をされる方が気になって忘れられません。堂々としていなさい。得意でしょう、貴方。情けない顔も良いですけど、へらへら笑った顔も似合っていますよ。笑われるのは気に入りませんがね」
「副音声じゃない、だと」
「副音声? 何を言っているんですか」
馬鹿なんじゃないのかって顔をされた。いや、でも分かってほしい。今までハイネグリフがハッキリこちらへの気遣いを言葉にしてくれることなんてなかった。だから全部アタシの副音声で対応していたのに、突然自分で話し始めるから驚いてつい口走ってしまったのだ。幻聴かと思ったけれど違う。本人は至って真面目な顔をしている。情けない顔は置いておいて、笑った顔が似合うって褒めてくれた。
「どうしたのハイネグリフ。正気? 口数も多いし……アタシをフォローするなんて珍しい。いつの間にか双子の弟とかと入れ変わったりした?」
「本当に厚かましい口ですね」
「む」
今度は顔もろともではなく、人差し指と中指で唇を挟まれた。話せなくなってしまったではないか。
「貴方は人間だった時から変わりませんね。そういうところは嫌いじゃないです」
ハイネグリフがデレた。なんかちょっと嬉しい。
でも挟んだ唇を親指でふにふに押すのは止めてほしい。感触が面白いのだろうか。優しく触られているだけだから痛くはないのだけれど、たぶんマヌケな顔をしていると思うから止めてほしい。
「……レオのことで己を見つめ直す良い機会になったのではありませんか? 課題の一つがこれで分かったでしょう」
しかしハイネグリフはお構いなしに話を続ける。アタシを玩具か何かと勘違いしているのかもしれなかった。
それにしても、課題の一つとは? 話せないので首を傾げる。するとハイネグリフは察してくれたのか話の続きをしてくれた。いや、その前に手を離してほしいのだけど。
「『血を吸われる恐怖を克服すること』ですよ。眷族になれば血を吸われることは当たり前になりますからね。それに、克服しておかないとアイゼンバーグとの契約が面倒なことになりますよ」
契約が面倒なことになる? それはまたどうして。
アタシはハイネグリフの手首を引っ張って唇から離した。
「面倒なことになるって、どういうこと?」
「貴方、もしかして契約の仕方を知らないんですか?」
「あ、そういえば知らない」
ハッとした。契約しなくちゃいけないということばかりが先に立って、どうやるのか聞いてなかった。




