Hot×Cold×Vampire04
「小娘がどういう経緯でこうしているかはマスターから聞いています。その話だけで私は貴方のことを評価しましたが、今の言葉でその評価は間違っていないと確信しました」
「何? その評価ってやつ、聞かせてみせてよ」
金色の瞳が冷えた。すっと細められた目がアタシを見下すように見つめた。
「甘いんですよ。貴方の考え方の何もかもが。能天気なことしか考えていないから行動が分かりやすくなって余計なことにも巻き込まれやすくなるんですよ」
甘いという言葉はアイゼンバーグにも言われたことがある。平和的な解決がないか問いかけたときだ。
平和的な解決を望んで、何か上手くいくんじゃないかって考えることの何が悪いというのか。確かにアタシは世間知らずで考えも足りないけど、無理だと切り捨てることはしていない。絶望して立ち止まったこともない。甘いと言うアイゼンバーグやハイネグリフの方が、そこで考えるのをやめて簡単に素早く解決できる方法に飛びついているように思える。
「そっちこそ。甘いっていう言葉で片付けていろいろ捨てているんじゃないの? 優しさとか小さな幸せとか。そんなんだから吸血鬼の世界はすぐに傷つけ合ってしまう世界になっているんじゃないの?」
「慈しみが何を生むというのですか。慈しめば慈しむほど、裏切られた時や無くした時の悲しみが深くなるでしょう。自ら己を窮地に立たせて何が楽しいのです。いずれそうなるなら最初から情など移さなければ良いのですよ」
「ハイネグリフ、あんた全ッ然分かってない」
人差し指を突き付けるとハイネグリフは鬱陶しそうな顔をした。それでもアタシはお構いなしに続けた。
「無条件に他人に優しく出来るから人は人であれるんだよ。この世界が崩壊せずにすんでるんだよ。他人に優しく出来なくなった人から見放されて不幸になっていくんだよ」
見返りを求めずに他人のことを考えられるから人は人であれるんだ。その優しさがなければ、この世界には破壊ばかりが蔓延ることになるだろう。吸血鬼の世界のように。そんな世界で生きる人が豊かなわけがない。アタシはそう思う。
けど、ハイネグリフの考えは違うようだった。相変わらず冷たい目でアタシを見下している。
「分かっていないのは貴方の方です。他人に配慮出来る人なんてほんの一握りなんです。人は皆、自分以外はどうでもいいんですよ」
「そんなことっ」
「そんなことないと言えるのは、貴方が温室のような生温いところで育成された世間知らずだからですよ」
「!?」
咄嗟に言葉が返せなかった。ハイネグリフが苦いものでも噛んでいるかのように表情を歪ませていたからだ。
苦痛、苦悩の表情。アタシには仏頂面か馬鹿にしたような顔しか見せなかったハイネグリフが、苦しそうな顔をしている。
ハッとした。ハイネグリフは苦しい世界を知っているのだ。自分以外をどうでも良いと切り捨てる人たちの中で生活したことがあるのだ。絶望しかない世界を知っているのだ。たぶん、吸血鬼になる前に。
「貴方こそそうして綺麗な部分しか見ようとしていないのではありませんか? 美しいものばかり見て、無意識に汚いものを排除しようとしているのではありませんか? 私はそれこそ愚かだと思います。視野が狭いんですよ」
ハイネグリフが畳みかける。アタシは返す言葉を見つけられなかった。アタシが何を言おうと、結局世間知らずという言葉で一蹴されるからだ。だって私は、ハイネグリフの知っている絶望を知らないのだから。
「汚いものを汚いものだと認識して捨てるのは至極当たり前のことでしょう。貴方だってゴミや使えないものは処分するのですから。それと同じように、いらない情や人そのものを捨てれば良いだけのことです。何も変わりはしません。私は何か間違ったことを言っていますか?」
アタシはホントに世間知らずだ。まだたったの十七年しか生きていない。何十年も何百年も生きている人たちとは比べようがない。でも、だからと言って今のを聞き流すことが出来るわけではなかった。
「違うよ。確かにアタシは世間知らずで視野が狭いと思うけど、でも、感情や人はゴミじゃない。簡単に捨てて良いものじゃない」
「分からない人ですね。いや、違いますね。貴方には分からないことなのですね」
ハイネグリフがその言葉を言った瞬間、彼がアタシとの間に線を引いたように思えた。今まで近いとも遠いとも思わなければ、境界線があるなんてことも思わなかった。けれどこの瞬間、ハイネグリフがアタシとの距離を作ったのが分かってしまった。
途端に何だか喪失感のようなものが生まれてアタシは用意していた言葉を口に出せなかった。
「捨てなければ自分が生きることさえできない時があるのですよ。貴方には分からないでしょうが。この世には人の皮を被った化け物が蔓延しているのです」
私のような、正真正銘の化け物のようにね。
そう続けたハイネグリフの瞳は完全に冷えていて、声もいくらか低かった。
完全にアタシへの関心を失った。そんな態度にアタシはお腹がぎゅっとして、寂しくなって、どうして自分がこんな気持ちにならなくてはいけないのだろうと現実逃避した。
「無駄な話を長々としてしまいました。青の王はまた離れたところへ行ってしまったかもしれません」
ハイネグリフはため息を吐いた。
「面倒ですね。私一人ならアイゼンバーグを見つけられているはずなのですが」
カチンときた。ハイネグリフはたぶん何の気なしに呟いただけだったのだろう。けど、今のアタシにはあてつけのように聞こえて無性に腹が立った。
「……なら、一人で行動すればいいじゃない」
ハイネグリフが眉間にしわを寄せた。
「そんなに面倒なら、いらないものや使えないものはすぐに捨てれば良いって言うのなら、アタシを置いて一人で行動すればいいでしょ」
「小娘、貴方本当に馬鹿ですね。小娘を一人にすると危険だからこうして面倒でも私がついているのですよ」
面倒、面倒。ハイネグリフはずっとそればかりだ。
「どういう理由でアタシと二人行動することにしたのかは知らないけど、いやいやされるのはアタシだってごめんだよ。一人がダメならハイネグリフじゃなくてレオで良かったはず。ハイネグリフがアタシのことを嫌っていて一緒にいたくないなら、アタシはレオのところへ行く」
アタシはハイネグリフに背を向けた。
「待ちなさい」
手首を掴まれたけどすぐに振り払ってやった。
「ハイネグリフにはアタシを止める理由なんてないでしょ? アタシがどうなろうがハイネグリフには関係ないんだから。面倒ごとが減って良かったって思うだけでしょ? ハイネグリフには余計な情なんてないんでしょ?」
ハイネグリフは答えなかった。ただ眉間に深いしわを寄せてアタシを睨んでいるだけだ。
やっぱり。ハイネグリフはそんなにアタシに興味がない。アタシがどうなろうがどうでも良いと思っているのだ。こうして来てくれたのも、きっとフェリックスさんやサンダーさんにレオを連れ戻して来いとか何とか言われて来たに違いない。
そう思ったらまた寂しい気持ちが湧いてきた。ホント、何でアタシはこんなにも寂しさを感じているんだろう。一時期命を狙って来て、今もこうして鬱陶しがられている人に。
「今まで協力してくれてありがとう。フェリックスさんのところへ戻ったら? きっとサンダーさんも喜ぶと思うよ」
それだけ言ってアタシは振り返ることなく地面を蹴った。だからその時ハイネグリフがどんな表情をしていたのか分からなかったし、どうしようとしていたのかも分からなかった。
ただアタシは夜の街を全速力で駆け抜けながら涙が出そうになる感情を抑え込んでいた。どうしてそんな気持ちになるのかはいくら考えても分からなかった。




