Hello×Yellow×Vampire01
「バラの棘で出来た傷は治りが遅いからね。人間と一緒」
「そうなの? ますます吸血鬼って不思議だ」
レオと会話をしながら屋敷に戻る。
日は完全に暮れていて、外はもう暗い。広い庭には灯りが点いていないからか、門の向こうに見える民家の灯りが眩しかった。屋敷にも電気は点いているが、吸血鬼もどきになったアタシの目には明かりがなくても十分見えているから、世間の目を気にして点けているのではないかと思う。
「でも舐めれば治るよ。吸血鬼の唾液には多少の治癒効果や麻酔効果があるみたいなんだよね。それからバラの成分も分解するから、バラで出来た傷にはよく効くとか何とか」
「ふぅん。舐めれば治るなんて原始的」
よく祖母や祖父に唾をつけておけば治ると言われたことを思い出す。その時は唾をつけても全然治らなかったからがっかりしたのを覚えている。吸血鬼がホントにそれで傷を治せるなら確かめてみたい。
右手の人差し指を舐めてついた唾液で頬の傷をなぞってみた。指先の感覚では治っていないように感じる。
「何やってんの? 直接舐めなきゃ意味ないよ」
そんな馬鹿にしたような顔で言わなくても。
「先に言ってよ」
むっとして返すとレオの顔が悪戯っぽく笑った。
「何? 確かめてみたいの? だったらオレが協力してあげよっか?」
口元を隠さずに笑ったレオの唇から銀の牙が覗く。ちょっと怖い。相手はレオだし、庭で感じた時よりは怖くないけど、自分の皮膚を簡単に貫いてくるものを見せられると怖いと思ってしまう。本能的なものだ。
「いい。そのうち治るだろうから」
「ちぇー。ホノカの血、味見してみたかったんだけどなー。初めて血が美味しいって思うかも」
「アタシは食べ物じゃないんだけど」
睨んでやってから気になったことを聞いてみた。
「レオは血を美味しいって思ったことないの?」
そんな言い方だった。血は吸血鬼の主食で、それしか要らないんだから好みはあれど大体美味しく感じるものではないのか。
「ないよ。大体どれも薄味なんだよね。ちょっと味のついた水みたいな感じ。黄の吸血鬼は他の吸血鬼と比べて嗅覚とか味覚とかが鈍感らしい。だから他の吸血鬼たちより血への耐性があるんじゃないかってことみたい。詳しくは知らないんだけどさ」
なるほど。そもそも嗅覚や味覚が優れてなくて血の良さが分からないから欲しがらないというわけか。納得だ。
それにしても唯一口にできるものがほとんど水の味しかしないなんてちょっと可哀想だ。世の中には美味しいものがたくさんあるのに。吸血鬼になったら味覚も変わってしまうのか。ひょっとして吸血鬼もどきのアタシも味覚が変わっていたりするのだろうか?
そう思って吸血鬼もどきになってから口にしたものを振り返ってみた。アタシが口にしたものと言えば……ブランに口から飲まされた、血だ。あの時の血の味は吸血鬼もどきになる前と同じ味だったから、まだ味覚は変わっていないのかもしれない。でも吸血鬼になったら味覚が変わってしまうのだろうか。レオみたいに血をほとんど水みたいに感じたり、ブランみたいに美味しく感じたりするのかな。それって、ホントに化け……。
想像してみたら少し怖くて、考えを頭の片隅に追いやった。今は考えないでおこう。
「レオは何でも知っているんだね。すごい」
忘れるためにも声を出した。するとレオは「ご主人サマの受け売りだけどねー」と言って続けた。
「ご主人サマも誰かから教えてもらったみたいだけど。何か吸血鬼の研究をしているヤツがいるんだって言ってたな」
レオは屋敷の扉を開けて斜め上を見ている。レオはいつもレディーファーストだ。
アタシはレオが開けてくれた扉から先に屋敷の中に入った。
「へぇ。吸血鬼を研究するなんて、変わった人はどこにでもいるんだなぁ」
研究してみると面白そうな気もするが、アタシには無理だろうなと思いながらホールを踏んだ。
「ホノカ君」
そしたらアタシを呼ぶフェリックスさんの声がして、アタシはそっちの方につま先を向けた。
大階段の脇にフェリックスさんがいて、隣にはサンダーさんが立っている。
どうしたんだろう。サンダーさんが静かだ。いつもうるさいサンダーさんが黙ったままじっとアタシを見つめている。失礼だが、何だかちょっと気味が悪い。
「フェリックスさん起きたんですね。……ブランのところに連れていってくれてありがとうございました」
サンダーさんの様子を伺いながらフェリックスさんの目の前まで行って軽く頭を下げた。レオを助けに戻ってから、車の中でどれだけ待っていてくれたのかは聞かない。
「いや、礼には及ばない。こちらこそ、レオを助け出してくれたホノカ君には感謝している。ありがとう、ホノカ君」
柔らかく笑った顔が真っ直ぐにアタシを見ている。こんな男前にお礼なんて言われたら照れてしまう。顔が熱くなってきた。
「いえ! アタシがしたかったことをしただけですから」
これ以上顔を熱くしたくないので視線を下げた。するとアタシの顎を大きくて節節した手が掴んで掬い上げた。
ビ、ビックリした!
「ど、どうしたんですかサンダーさん」
上ずった声で手の主に問いかける。サンダーさんは無言で金色の目を細めただけだった。普段は騒がしくふざけているのであまり気にならないが、サンダーさんも顔が良いので真顔にはドキリとする。
な、なんだなんだ。ホントにちょっと怖い。いや、かなり怖い。静かなサンダーさん怖い!
「どうしたんですか? 何か喋ってくださいよ~」
おずおずと懇願するように言ったら手が離れた。
「やぁやぁこれは失礼失礼! 先程の傷が気になってしまいましてね!」
いつもの調子でにっこりと笑い、両手を挙げておどけてみせるサンダーさん。なんだ、バラでできた頬の傷を見ていたのか。鏡がないから分からないけど、そんなに目立つ傷にはなっていないと思うのだが。アタシが思っているより大きな傷なんだろうか。
思わず頬にできた傷を触ってみた。小さい気がするけどな。
「ふむふむ。小さな傷なのでもう塞がっているみたいですねぇ」
サンダーさんはうんうんと頷いてから両手でアタシの両肩を掴んだ。
「こ、今度は何ですか?」
手に力が入っている。逃げられないようにされているみたいだ。身を捩ってみたが、生半可な力では逃げられないようだった。
「まぁまぁそんなに身構えないでください。少々味見させてもらうだけですから!」
「は!? 味見って何ですか!?」
味見って人に対して使う言葉じゃない!
急いで後退しようとしたが、アタシの肩をがっしり掴んだサンダーさんの手がそれを拒む。本気で力を込めれば何とか逃げられそうだが、サンダーさん相手にそこまでする気は起きなかった。平和的な解決が出来るならそうしたい。
「ホノカ君。確かめたいことがあるのだ。これは君にとっても重要なことだ。協力してくれないだろうか」
うそでしょ!? 隣からフェリックスさんがサンダーさんの援護射撃をし始めた! 平和的解決不可!?




