Bird×Cage×Vampire03
「そういえば今までにも何人か血を飲むことを嫌がった子がいたよ。ホノカもそれと同じということか」
ふむ、とブランは頷くとアタシを見た。赤い瞳が笑う。
「大丈夫だよホノカ。心配しなくてもすぐに慣れるから。好きな味も見つかるよ。今日は手始めにそれを飲んでみよう。気に入らなければ別のを用意するね」
にっこりと笑うブランは可愛らしい。けれどアタシはブランの言い方に少し腹が立っていた。さっきからエサとかそれとか言って、ブランは人を何だと思っているんだ。吸血鬼は人をすぐに見下す。
「ブラン。エサとかそれとか言わないで。あなたたち吸血鬼には人はただの食べ物なのかもしれないけど、軽視しないでほしい」
「気をつけよう。さ、ホノカ。それを味見してごらん」
全然人の話を聞いていないなこの吸血鬼! もしかしていつもこんな感じなのか? フェリックスさんと会話しているときもなんとなく話が噛み合っていなかったし!
まぁここでさらに人を見下したような態度をとらないだけまだましなのかもしれないとアタシは思った。なんだか吸血鬼に対するハードルもだいぶ下がってきたような気がする。こいつら吸血鬼には何も期待してはいけないのだ。
アタシははぁ、と小さくため息を吐いた。完全に油断しきっていたアタシの肩をトン、と誰かが叩いたものだから、アタシはビックリして思わず肩を叩いた手を振り払ってしまった。するとゴキッという怖ろしい音が聞こえた。
「あっ!」
アタシは顔面蒼白になった。
「ご、ごめん! ごめんね!? 大丈夫?」
男の子が肩を押さえて悶絶していた。アタシは思わず近づいて彼の身体を触ろうとしたが、寸でのところで思いとどまった。
肩が脱臼している。蚊でも払うような力加減で少し手を払っただけなのに、男の子の肩は外れてしまったのだ。
ゾッとした。アイゼンバーグが人は脆いと言っていた理由が分かった。圧倒的な力の差が人間と吸血鬼の間にはあるんだ。アタシ、人に触れない。今のアタシは人を傷つけてしまう。この男の子にとってアタシはただの化け物だ……。
アタシは両手を身体の後ろに持ってきて右手で左手の手首を掴んだ。それから男の子を見ながら後退していった。アタシと男の子の間に距離が出来る。
「そんなところにいたらホノカが飲めないだろう?」
アタシの後ろでブランの声がした。アタシに向けているような甘い声ではない、とても冷たい声に鳥肌が立って思わず振り返ろうとしたが、男の子が動いたのでやめた。また気がつかないうちに傷つけてしまいたくなかったからだ。
そしてアタシはまたゾッとした。
男の子は笑っていた。にっこりと、口角を上げて。ぶらんと肩から外れた腕をぶら下げて。
怖い。アタシは後退した。背中が鳥籠にあたった。
ビクッ
身体がビックリして跳ねた。両肩にブランの手が添えられた。振りほどこうと身体を揺らしたが、ブランの手は離れなかった。添えられているどころではない。これはアタシが逃げないように拘束している手だ。
男の子に目を合わせた。男の子は笑みを崩さず近づいてくる。
「こ、来ないで……」
聞こえているのかいないのか、男の子は近づくのをやめない。
もう、触れられるほど近くに。上から整った顔を近づけてくる。
アタシは咄嗟に顔を反らして膝を折った。少しでも男の子から逃げようとしてしゃがんだのだが、男の子も身を屈めてくる。ブランもアタシの身体の移動について手を動かしてくる。アタシはついに座ってしまった。もう逃げられない。
男の子がアタシの耳元に顔を近づける。温かい吐息が頬にかかる。アタシは目を瞑った。
嫌だ。やめて。近づかないで。
「ほら、ホノカ」
両頬に手を添えられ、むりやり男の子の方へ向けさせられる。目を開けると視界いっぱいに男の子の笑顔が広がっていた。
「飲んで」
ブランの左手がアタシの顎を掴む。そしてブランの右手が鳥籠に入って来て、男の子に伸ばされた。
途端、赤いものが飛んできた。
「え……?」
アタシは目の前の光景が信じられなくて一瞬茫然とした。
男の子の、首が、切れて……血が……!
「ひっ」
アタシは叫びそうになった口を押えた。するとぬるっとした感触がして、頭から血の気が引いていった。
自分の手を見る。
真っ赤に、濡れている。
濃い鉄の匂いがする。
「やっ」
男の子が前のめりに倒れて来る。
「ひゃぁっ」
アタシは後退しようとした。しかし、背中はすでに鳥籠にくっついている。下がることなどできず、逃げることなどできず、男の子がアタシに覆い被さってきた。胸の上に男の子の顔がある。男の子は動かない。腕はだらんと垂れている。首から赤い液体が流れ出ている。アタシの身体が赤く染まっていく。口元が、笑っている。
「やあっ!! なんで、どうしてこんなっ」
頭の中がパニックになった。心臓がバクバクと早鐘を打っている。
なにこれ。なにこれ。怖い。おかしい。気持ち悪い。吐きそう。どうしてこんなことになったの? どうしてこの男の子が死ななくちゃいけなかったの? おかしい。こんなのは間違っている。
今度は腹の底が熱くなってきて、冷えた身体を燃やしていった。
「飲まないの?」
素早く振り返ると不思議そうな顔をしたブランの顔があった。ブランはアタシをじっと見つめたまま、右手を唇へ持ってくる。ブランは真っ赤に染まった指を、濡れた音を響かせながら、どこか艶めかしく、舐めた。
「うん、やっぱり、僕は女の子の血の方が良いかな」
にっこり笑った。
おかしなくらい綺麗なその顔に寒気がした。同時に無性に苛立ちを感じた。
おかしい。おかしいおかしいおかしい。狂っている!
「ブラン!!」
アタシはブランを睨みつけた。こいつ、おかしい!
ブランはきょとんとした顔をしていた。そして彼が何かを言おうと口を開いたとき、部屋の扉が乱暴に開いた。
「ブランボリー様!」
部屋に入って来たのはアタシをこの場に案内したくりくりの金髪女吸血鬼のメイドさんだった。表情に焦りの色が見える。それだけで部屋の外で何かが起きたらしいことがすぐに分かった。
女吸血鬼のメイドさんは鳥籠の中の惨状に少しだけ表情を変えてごくりと唾を飲み下したようだったが、すぐに気を取り直して叫んだ。
「黄の王フェリックス様がお逃げになりました! そこの娘をお探しです。すでに我々では対処しきれません!」
背後でゆっくりとブランが立ち上がる気配があった。




