Bird×Cage×Vampire04
「どうでも良さそうなことだったら断ろうと思ったけれど、それは僕が行かないとね。嫌だなぁ。せっかくホノカと楽しくお話ししていたのに」
楽しくなんてなかった! 下から睨みつけてやると、ブランはふふっと声を出して笑った。
「そんなに見つめなくてもすぐに帰ってくるよ。それでも飲んで待っていてね」
それだけ言うとブランは足早に部屋を出ていった。白い扉が閉められる。その間にアタシはあのメイドの吸血鬼がアタシのことを殺意のこもった目で睨んでいることに気づいた。今にも「殺してやる」と聞こえてきそうな顔だった。
あれは、たぶん、嫉妬の目だ。鈍感なアタシでもあんな目を向けられたらさすがに分かる。あのメイドさんはブランと一緒にいられるアタシに嫉妬しているんだ。たぶんこのお屋敷にいる人たちはみんなブランのことを愛している。みんな同じ目をしてアタシを睨んでくるから。そしてみんながブランのことを愛していなければブランがあんな性格に育つわけがないからだ。この、アタシの胸の中に横たわる男の子だって、ブランのことを愛していたんだろう。だから、最後まで笑顔だった。
胸が苦しくなってきた。きゅっとなって、お腹が震えて、喉の奥から何かが込み上げてきた。
「っつ、ご、ごめんね……」
アタシは男の子の後頭部に呟いた。男の子は動かない。アタシはこの子の声さえ聞けなかった。
目が熱くなってくる。瞬きをしたら涙が一粒零れたのが分かったけれど、二粒目は唇を噛んで耐えた。アタシは泣いてはいけない。アタシの所為でこの男の子は死んでしまったのだから。
アタシはふわふわの綿菓子を潰さないように持つような感覚で、細心の注意を払って男の子の身体を床に寝かせた。それから爪の先でサラサラの前髪を掻き上げ、指の腹でサテンを撫でるように優しく瞼を下げてあげた。
「……ごめんね」
もう一度謝る。もう、聞こえていないだろうけど。
また喉の奥が締めつけられるように痛くなって、アタシは両手で顔を覆った。しばらくそのまま身体を揺らして心臓がある程度落ち着くのを待ってから、アタシは頬を叩いた。
「よし」
ここから逃げよう。こんなところにはいたくない。こんな、こんな悲しくて辛い思いはもうしたくないしさせたくない。アタシがしなくちゃいけないことは一刻も早くここから出てフェリックスさんたちと合流することだ。……ここでいつまででも悩んでなんていられない。とりあえず、アタシはこれ以上事態を悪くすることだけは避けなければならないのだ。
アタシは立ち上がり、男の子に背を向けて銀色の格子を両手で掴んだ。
「せーのっ!!」
自分で掛け声を出して力いっぱい鳥籠を両脇に引っ張った。必死に歯を食いしばる。結構強いぞこの鳥籠。出せる力の全てを使っているのになかなか動かない。ぬぬぬぬぬぬ……開けぇぇ!!
身体が熱くなってきたあたりでようやっと銀色の格子がぐにゃりと歪んだ。
「やった!」
アタシは思わず声に出して喜んだ。すごいぞアタシ!
歪んで出来た隙間に身体を横に入れて何とか脱出しようと試みる。が、お尻がつっかえた。あぁもうなんでこう、上手くいかないかな!?
「うぐぐぐぐぐ……わっ」
腕を突っ張って踏ん張っていると突然つるんと抜けて頭から床に激突した。痛くはなかったけれど、鼻が歪んでいないか気になったので触ってみた。大丈夫みたい。よし。
アタシは立ち上がり、鳥籠を回って白い部屋の扉の前まで来た。扉を押してちょっとだけ開けることに成功する。だんだん力の使い方が分かってきた。
顔だけ出して辺りを伺ったが、誰もいなかった。明るい蛍光灯が白くて無機質な廊下を照らしているだけで、何の影もない。たぶんあのメイドさんが焦ってやってきていたから、みんなそっちに気をとられているのだと思う。これはチャンスだ。逃げられるかもしれない。
部屋からそっと出た。扉を閉める時、動かない男の子の背中に胸が締め付けられたけど、迷わずアタシは扉を閉めた。アタシのすることは一つ。フェリックスさんたちとの合流だ。そう言い聞かせた。
アタシは床を蹴った。裸足なのでぺたぺたと音がする。
いくつかある扉は全部無視して真っ直ぐ廊下を走っていると、幸いにも階段に行きついた。なんとなく思っていたけれど、ここは地下だったらしい。窓がなく、通気口がだけがあったのでそんな気はしていた。
地上に出れば少なからず何人かの吸血鬼に遭遇するだろう。アタシはごくりと唾を飲み込み、警戒しながら階段を上っていった。
足音を立てないように注意してゆっくりゆっくり上っていくと地上が見えた。赤い絨毯がひかれている。この絨毯は見たことがある。ホールにひいてあった絨毯だ。
見たことのある絨毯に少し嬉しくなっていると、メイド姿の女吸血鬼が二人横切っていった。ぎょっとして身を隠し、ドキドキしながら顔だけを突き出してみる。メイドさんたちは長く続いている広い廊下の真ん中あたりで左に曲がっていった。たぶん、あっちにフェリックスさんがいるんだ。アタシは身体を完全に階段から出して地上に立った。
「あれは!」
「あの小娘じゃない!!」
一秒も経たないうちに見つかってしまった。アタシ、こっそりとかそういうの向いてないみたいだ!
メイドさんたちが右側からこちらに向かって走ってくる。アタシはあたふたしながら左側を見たが、廊下は行き止まりだった。アタシの立っている場所は丸い空間になっていて、後ろには地下への階段。右は長くて広い廊下、左の突き当りには赤いバラの大きなステンドグラスがはめ込まれている。唯一逃げられそうな、きっとフェリックスさんがいると思われる右側の廊下からはメイドさんたちが走ってきている。それも猛スピードで。悠長に考えている時間は無かった。
「もー知らない!!」
アタシは左側に走った。そして。
バリーンッ
ステンドグラスに突っ込んだ。頭を庇って交差した腕でステンドグラスは見事に割れてくれ、アタシは凄まじい音と無数の綺麗なガラスの欠片と共に外に出た。勢い余って地面で前転する。
「逃げたわ!」
「外の者を集めましょう!」
メイドさんの声が聞こえ、アタシは慌てて立ち上がって地面を蹴った。裸足だとか服装が恥ずかしいだとかは考えていられなかった。いや、ちょっと考えた。その所為か身体が熱くなってきたけど、とにかく追ってくる気配から逃げるように、アタシは全速力で真っ暗闇を駆けた。月明かりだけでも十分に辺りを把握することが出来ることが不幸中の幸いといったところだろうか。
吸血鬼たちは脇から現れたり前から現れたりしたが、その度に走るルートを変えてなんとかかわした。そう無計画に走っていたからか、ついに目の前に重厚な造りの壁が現れ、右からも左からも後ろからも吸血鬼がやってきているという事態に陥ってしまった。
これはたぶん、お屋敷を囲んでいる塀だ!
気づいたけれど迂回することは出来ない。でも立ち止まることも出来ない。立ち止まったらアタシは捕まってしまう。
「自分を信じろ、アタシ!」
アタシは呟いて祈るような気持ちで強く地面を蹴った。途端、身体が浮き上がり、気がついたらアタシは三メートルはあろうかという塀を飛び越えて森の木の枝に掴まっていた。




