Bird×Cage×Vampire02
「ごめんなさい。謝りますから泣かないでください。アタシが虐めたみたいじゃないですか……」
「ホノカに虐められた」
「虐めてないですよ!」
アタシはあたふたと手をばたつかせた。そんな、人聞きの悪い!
「ちょっとむっとして言っちゃったんです。泣かないでくださいよー。メンタル激弱なんですか……」
「ホノカが悪いんだよ」
頬を涙で濡らしながらブランは潤んだ瞳でアタシを見つめた。うっ、そういう顔で見つめないでほしい。
「そうですね! アタシが悪いです! だから泣き止んでください。ほら、ね? イイコイイコー」
思わず鳥籠から手を出してブランの頭を撫でた。艶のある髪がするすると手の中で滑っている。歳の離れた弟が泣いていた時によくしてあげていたことを思い出し、少しだけ胸がきゅっとなった。
「ホノカ」
ドキ、と胸が鳴るのと抱き寄せられるのが同時だった。気がつくとアタシは格子越しにブランに抱きしめられていた。
「ちょ」
もがいて腕の中から逃げようとしたけれど、柔らかく包まれているようで全くそうではなく、もがくことさえ出来ないくらい強い力で抱きしめられていた。こんな細腕のどこにこんな力があるんだ。
「わぁ!」
耳にブランの熱い吐息がかかった。甘い匂いが鼻孔をくすぐる。もうっこういうときばっかり息をして!!
「好き。大好き。愛している」
甘い響きに腰の辺りから頭のてっぺんまでに電気が走った。
ふぎー!! アタシは奥歯を噛みしめて耐えた。ぞくぞくする! 怖いのとは違った理由で!
「僕はこんなにホノカのことを愛しているのに、ホノカはそうではないの? ホノカには僕よりも良い存在がいるの? それは誰? 人? 吸血鬼? ホノカの主人?」
アタシの頭の中で誰かがよぎりそうだったが、身体が少し離れたと思うと頬に手を添えられたのでビックリしてどこかへ吹っ飛んでいってしまった。
「ホノカ」
ブランがとてつもなく綺麗に整った顔を近づけてくる。これはもしや!?
「待って!! ストップ!!」
みゃー! キスされる!! 無理無理やめて! 美形のドアップに耐えられない!
もがこうとしたが無理だった。身体ががっちり固められている! ミシミシ鳴っているのに身体が離れない!!
コンコン
ここで突然部屋の扉を叩く音らしきものが聞こえてきた。目だけを動かして真白な扉を見ると、少しだけ隙間が開いて誰かが身体を滑り込ませてきているところだった。
助かった! 大抵こういうとき、こういうことは中断される!
「ブラン、誰かうむっ!?」
キスされた! 止まってくれよ!! 誰か入って来たんだからやめてくれよー!! そういう漫画やドラマや小説はいつも止まっていたよ!?
そんなことを思っているとぬるっとしたものが唇を割って入ってきた。
し、舌! ひょえぇぇぇぇ!!
アタシはビックリして身体を強張らせた。その間にブランの舌がアタシの歯をなぞっていく。ぞくぞくっとして思わず歯と歯の間に隙間を開けると、舌はさらに奥まで入ってきた。アタシの舌先にブランの舌が当たる。
ひいぃっ。アタシは舌を引っ込めたが、ブランの舌が奥まで追いかけてきて絡めとられた。
「はうっ」
滑らかな感覚が口の中を這いまわる。湿っぽい音が結構な音量で耳に入ってくる。なんとか逃げようと舌を動かすが、その動きがいいように使われている。舌の裏まで舐められた。
「んんっ」
苦しくはないけれど、耐えられない。身体が弛緩してくる。
「んあ、ん」
頭の奥が痺れてくる。何も考えられなくなってくる。腰が、抜ける……。
がくりと膝が折れた。ブランが腰を支えてくれていたから倒れずに済んだが、身体が支えられなくて格子越しにブランに寄りかかった。
銀の格子が冷たくて気持ち良い。全身が火照っている。心臓がバクバクとうるさい。
「とろけてしまったみたいだね。可愛い。身体は支えていてあげるから、僕に任せておいて」
はぁぁぁぁもう死にたい。恥ずかしい。なんだか泣きそうだった。アタシのファーストキス……特にこだわりはないけど、こんな形になるとは夢にも思わなかった。謎の喪失感がアタシを襲う。
「顔は動かせるかな。見てごらん」
目を上げるとブランは赤い目を動かして視線誘導してきた。素直に誘導されると、ちょうど誰かが鍵を開けて鳥籠の中に入ってくるところだった。
美青年という言葉がしっくりくる男の子だった。歳はたぶんアタシと同じくらいだと思う。白いシャツに黒いズボンをはいていて、人懐っこそうな顔をした黒髪の日本人だ。目は、焦げ茶色。
この人は人間だ。気づいたアタシは驚いた。まさか吸血鬼のお屋敷に人間がいるとは思わなかったのである。
「人間……?」
「そうだよ。ホノカのエサだ」
「エ、エサ!?」
アタシは思わずブランを見た。ブランはにっこりと笑っていた。
「さっきの生娘の血は飲まなかったから、これの方が良いかと思ってね。どうかな。気に入った?」
ちょ、ちょっと待って。
「エサって。アタシはペットじゃないし、この人は人間ですよね? 人間はエサじゃないんですけど」
人だよ? 人なんて食べられるわけないじゃないか。アタシは眉を寄せた。するとブランは小首を傾げてみせた。
「気に入らない? もっと若い方が良いのかな。それとももっと年をとっている方が良い? ホノカの好みを教えて。用意させるから」
「違う、そういうことじゃないです」
アタシは首を振った。話が噛み合わない。
「アタシ、人なんて食べませんよ」
「ホノカは動物の血が良いの?」
「違います。アタシ、血は飲みません」
ブランは目をぱちくりさせた。
「血を飲まない? どうして? 吸血鬼は血を飲むものだよ? ホノカは吸血鬼だろう? 血を飲まないと灰になってしまうよ」
「確かにアタシは吸血鬼……にならなきゃいけないみたいですが、飲みたくないんです。……特に人の血は。だってアタシはついこの間まで人間だったんですよ? 人間は人間の血が主食じゃないんです。そんなのすぐに受け入れられません。アタシ、突然吸血鬼にならなきゃいけなくなって、仕方ないと思いながらもまだあまり現実味もなくて受け入れられないでいるんです」
素直な気持ちを吐露するとブランは唇に手を持ってきて考える素振りを見せた。アタシは自分で立てるようになったのでその隙に彼と距離を取った。横目で鳥籠の中に入って来た男の子も確認する。男の子は無言で微笑んでいる。アタシはその姿に違和感を覚えた。




