Red×King×Vampire03
銀のゴブレットが口に運ばれ、喉が上下に動く。机の上に戻したゴブレットに美女が水差しから新しく血を注ぎ入れた。ブランが赤い液体を注いでいる美女の耳元に唇を近づける。たぶん、ブランは何かを囁いている。それがすごく絵になっていて、アタシは思わず見とれてしまっていた。
美女は声を出さずに笑ってから水差しをゴブレットの隣に置き、部屋を出ていった。
ブランはアタシに向き直る。アタシは急いで下を向いた。
「それでフェリックスはどうしてホノカを連れてきたのかな。先程たまには趣向を変えてと言ったが、君は今まで眷族の一人も連れてきたことがないじゃないか。それがどうして眷族でもない雑種を、それも野良を連れてきたのかな?」
心臓がうるさく鳴っている。
ブランは疑っている。ただの気まぐれでフェリックスさんがアタシをここに連れてきたのではないと確信している。なんとか本当の理由を探ろうとしているのだ。
「見ての通り、彼女は今までの野良と違っている。私も今までこんな野良に出会ったことはないので意見を聞こうと思ったのだ。女性だから、ブランボリー、君なら興味を持つだろうと思って連れてきた。私の思った通り、君は彼女に興味を持っている。そうだろう?」
フェリックスさんが聞くと沈黙が降りた。ブランは細い指でゴブレットを手に取り、手の中でくるくると回している。
とても長く感じる沈黙だった。アタシの心臓が時計の針みたいに十回くらい拍動してからブランは口を開いた。
「そうだね。フェリックスの言う通り、僕はホノカに興味を持っている。ホノカを一目見て普通の吸血鬼とは違うと思った。そしてホノカのことを知りたいと思ったんだ」
コト、とゴブレットが机に置かれた。
「僕はもっとホノカのことが知りたい。もっと君と話がしたいよホノカ。君のことを教えてほしい」
見られている。穴が開いてしまうのではないかと思うくらい見られている。ブランの顔を見ていなくても分かる。
ドキドキする。ブランの怪しく艶のある声がアタシの身体を刺激している。
「ホノカ、僕と話をしよう。君のことを教えてくれ。君の主人を教えてくれないかな」
アタシは唇をぎゅっと結んだ。
答えられない。自分のご主人様が分からないからではない。ここで下手なことを言えば何か恐ろしいことが起こるような気がしたからだ。緊張で心臓がうるさい。強い鉄の匂いの香りの所為か、気分も悪くなってくる。
「顔を上げてさえもくれないんだね」
悲し気な声に思わず顔を上げそうになったけれど耐えた。
「どうやら緊張の所為で気分が悪くなってしまったようだ。今日はもう帰るとしよう。ブランボリー、また来る」
フェリックスさんが立ち上がった。今度はブランもそれを許してくれた。アタシは思わずほっと息を吐いて立ち上がった。我ながら良く頑張ったと思う。
アタシはフェリックスさんの後ろに隠れるようにして歩いた。扉の前まで来るとブランが扉をノックし、外側から扉が開いた。誰かが扉の前にいるようだ。
「今日は来てくれて嬉しかったよ、ホノカ」
ブランが振り返ってアタシを見ているのが分かったが、アタシは答えなかった。
「突然の訪問に応じてくれてありがとう、友よ」
代わりにフェリックスさんが答える。
アタシはこの時、なんだか会話が噛み合っていないような気がしてちょっと面白いななんて思っていた。もう帰れるということでいくらか心に余裕が出来ていたんだろう。
このお屋敷に入ったときよりは少しだけ落ち着いてフェリックスさんの後ろについて部屋を出た。部屋を出たところで桃色の髪の可愛らしいメイドさんに睨まれたが気にせずに歩き、ホールの真ん中辺りまで来た。するとギィ、と玄関扉が開いた音がした。
「ブラン。庭にいた小猫ちゃんを捕まえましたわ」
すごく色っぽい女の人の声がした。フェリックスさんの背中から顔だけを出して確認してみるとあの美女が立っていた。
アタシは驚いた。美女はレオと一緒だったのだ。美女はレオの腕を背で掴んで拘束している。
「ご主人サマ! ホノカ!」
「ホノカ君!」
二人が叫ぶのが同時だったと思う。
フェリックスさんが素早く振り返る。アタシを捕まえようと腕を伸ばしたけれど、アタシの身体は後ろから誰かに引っ張られてしまっていて彼の手は宙を掴んだ。
アタシは数歩たたらを踏んだ。
「えっ」
それだけだと思っていたのに、いつの間にかフェリックスさんとは三メートルほどの距離が開いていた。しかも後ろから白い腕で首を緩く絞められている。肩に手を置かれている程度だったので、簡単に解けるかと思って肩に貼りつく手をはがそうとしたが無理だった。
「捕まえた」
ぞくぞくっと身体が震えた。
後ろからとてつもなく甘い声で囁かれた。それも耳元で。驚いて耳を塞ぎ、その方向を見ると真っ赤な瞳がアタシを見ていた。
あっ。
「やっと目が合ったね」
にこりと笑う、艶やかな顔。どぷんと、ぬるま湯の中に落とされたような感覚がした。
「どうやら君の眷族が僕の領域に侵入したようだね。どうしてそんなことをしたのか、その理由に問題がないと僕が判断するまでそれぞれ拘束させてもらうよ」
「わぁっ!」
足を掬い上げられ、アタシは横抱きにされた。いわゆるお姫様抱っこである。
「君はこっちだよ、ホノカ。僕とたくさん話をしよう」
流れるように額にキスをされた。
腹の奥がざわりとした。顔が熱くなってくる。
ブランは笑っていた。真っ赤な瞳にアタシが映っている。
どうしてだろう、目が、離せない。
「ホノカはその小鳥のような声で何を話してくれるのかな」「黄の王フェリックス様、それから小猫ちゃんはこちらへ」
離れたところで美女の声がする気がする。
「その前にまずは着替えよう。ホノカにはもっと可愛らしい衣装が似合うよ」「庭になんて入ってないんだけど! ちっごめんご主人サマ。塀の上から見ていたら捕まった」「分かっている。仕方のないことだ」
レオとフェリックスさんの声が聞こえてくる気がする。
内容は頭に入って来ない。
正直、アタシは心ここにあらずな状態だった。目はブランから離せないし、耳もブランの声に集中しているようで、なんとか聞こえはするが内容まで入って来ない状態だった。
不思議な気分だった。抱えられている所為か、何だかふわふわしていて気持ちが良い気さえしてくる。頭がぼーっとしてきて深く考えられなくなってくる。身体が熱っぽい気がする。
「さぁ着いた」
ブランがものすごく可愛らしい顔でにっこりと笑った。




