Sleeping×Yellow×Vampire01
「だるだるだね」
制服からグレーのパーカーとジーンズに着替えたアタシの姿を見たレオが笑った。服はレオに借りたものだ。レオの言った通り、上も下も生地が余っていてだるだるである。そりゃ、レオとアタシには十センチくらいの差があるのだから当たり前だ。
あれから談話室を出て、すぐにでも出発しようという話になっていたのだが、その前にアタシはお風呂に入ってどろどろの制服から着替えるように言われた。どうやら赤の王は綺麗好きらしいのである。つまりアタシは暗にその形では汚いと言われたわけだ。とはいえそれはなんとなくアタシも思っていたことだった。そういうわけでアタシはお風呂に入ってレオの服に着替え、風呂場を出たところで待っていたレオに先程の言葉をかけられたというわけだ。
「仕方ないでしょ、男物なんだから。サンダーさんやフェリックスさんの服は大きすぎるから論外だし」
まぁそうだけど、とレオは上から下にアタシを見た。
「ホノカちっちゃいから、その服を着ているとないみたいに見えるね」
アタシは拳を振り上げた。するとレオはアタシに背中を向けて一目散に廊下を駆けていった。
あの野郎!! と、追いかけようと思ったアタシは、ふと視界に入った部屋の扉が少しだけ開いているのに気づいた。
目についたのは風呂場の向かいの部屋だった。
なんとなく気になって、アタシは音が鳴らないように指先で扉を触った。そして思ったより広く開いた扉から部屋の中に滑り込んだ。
正面に大きな窓がある。右の壁寄りには三つのベッドが置いてあった。その、一番手前のベッドの上で金髪をおうぎ形に広げたハイネグリフが目を瞑っていた。
ドキッとしてアタシは思わず胸を押さえた。
白いシーツの上に出された腕には包帯が巻かれている。包帯は赤く汚れていたりはしないが、皮膚が見えないくらいにぐるぐる巻きにされていた。胸の上には金色の十字架のネックレス。
痛々しい。
アタシは思わず唇を引き結び、恐る恐るハイネグリフに近づいた。ベッドの脇に立ってハイネグリフの顔を見つめる。
ハイネグリフは目を閉じている。鼻が高くて金色のまつ毛が印象的な、綺麗な顔である。まるで絵のようだった。それほどまでにハイネグリフは動かなかった。胸が上下しない。指先も動かない。瞼の一つ、震えない。
何だろう、胸が、苦しい。
アタシは白いシーツの上に出ていたハイネグリフの手に指を絡めた。冷たい。
「ハイネ……グリフ……」
「おやおや。気になりますか?」
「ひゃうっ!」
ビックリして変な声が出た! 後ろから声をかけられるなんて思っていなかったのだ!
ハイネグリフを掴んでいた手を放し、ドキドキしながら振り返るとサンダーさんが立っていた。穏やかな笑みを向けてアタシを見下ろしている。彼の突然の登場でしどろもどろになっているアタシを尻目に、サンダーさんはハイネグリフの眠るベッドの端に座った。
「もう、もうずっと眠っているのです。なんとか身体は回復しましたが、意識がまだ戻りません」
サンダーさんがアタシを見上げた。悲しそうな微笑みに胸が締めつけられた。
「ホノカ。ホノカは、ハイのこんな姿を見てどう思いますか? 襲われた身ですから、良い気味だと思いますか?」
アタシは目を細めた。
「思いません。こんなになるまで痛めつけるなんておかしいです」
サンダーさんはハイネグリフの手を撫でた。腕に巻き付けてあるネックレスの十字架が揺れた。お揃いのネックレスだ。それに、サンダーさんの慈しむような表情。弟というのはどうやらホントのことらしい。似ているといえば似ているが、似ていないといえば似ていない兄弟だ。
弟がこんな状態になってしまうなんて、サンダーさんの心は穏やかではないだろう。こんなことをしたアイゼンバーグを殺してやりたいとも思っているかもしれない。
アタシだって、弟がこんな目にあったらそいつに復讐してやりたくなるはずだ。アタシにも弟がいたから彼の気持ちは分かる。弟のことを考えると胸が締め付けられるように痛くなって、アタシは唇を結んだ。
「ホノカ。これから私の言うことを守ってください」
サンダーさんがアタシを振り返った。その彫刻のように整った顔には感情がないように思えて、アタシは答えられなかった。
「ホノカが赤の吸血鬼かは分かりませんが、どちらにしても赤の王は間違いなくホノカに興味を持つでしょう。赤の王は無類の女好きで収集癖があります。理性を保っていられる野良というだけで赤の王は興味を持つはずです」
なんだか凄まじく嫌なことを聞いた気がするのだが、ひとまず聞かなかったことにしてサンダーさんの話に集中した。これから会いに行くというのに行きたくなくなってしまう。
「もしかしたら私たちと離され、ホノカは一人になるかもしれません。私のマスターはホノカを助けようとするでしょう。私のマスターは友が助けを求めていたら手を差し伸べる性格をしていますから。しかし、しかしそれでは私のマスターの身に危険が及びます。ですからもし、もし、私たちと離れてしまったらホノカは一人でどうにか私たちに合流してください。良いですか? 自分の身は自分で守ってもらいたいのです」
サンダーさんの金色の目がアタシを見つめている。表情のない顔が肯定することしか許していない。
一人でなんて無理だと思った。助けてもらわなくては、自分一人では何も出来ない。
「ホノカ。私はもう、仲間のこんな姿を見たくないのです」
ぐ、と喉が鳴った。ちらと視線を動かすとハイネグリフの姿が目に入った。
アタシだってフェリックスさんやレオやサンダーさんがあんな風になるのは見たくない。サンダーさんに同じ思いをさせたくないとも思う。
アタシは拳を握り、こくりと頷いた。声は出なかった。震えてしまいそうで出せなかった。
サンダーさんはアタシを吟味するように見ていたが、今までの無表情が嘘のようにパッと笑って立ち上がった。
「ではでは、行きましょうかホノカ。マスターとレオには先に車に乗っているよう言ってあります」
サンダーさんはそう言って足早に部屋を出ていった。彼の視線から解放されてどこかほっとしながら、ハイネグリフと離れるのに名残惜しそうにしないところが吸血鬼らしい、なんて考えていた。
振り返ってみたが、ハイネグリフに変化はない。胸にチクリと針が刺さる。
アタシは気持ちを切り替えて部屋を出て、扉を閉めようとした。
バキッ
「あ」
しかし扉が壊れて外れてしまった。そんなに力を入れたつもりはなかったのに壊れた。おかしい。アタシは非力な女の子のはずなのに。この扉、もともと壊れそうだったのではないだろうか。
「……おやおや、ホノカは剛腕ですね」
「剛腕って言わないで!」
半泣きで叫んだ。女の子に向ける言葉じゃないよね、剛腕って! やめてほしい! そういうキャラ付けにしないでほしい! アタシはずっとか弱い女の子でいたい!




