Stray×Girl×Vampire05
涙が落ち着いてから、アタシはその日の経緯を順番に話した。アイゼンバーグに会ってから、彼に死を告げられたところまでざっくりとである。その後のことは何か聞いたような気がしなくもないが、アタシの脳の中には何も残っていなかった。
「ホノカが血を飲んだ五人の中にホノカのご主人サマがいるはずなんだけど」
レオはううんと唸った。サンダーさんが二度ほど頷く。
「そうです。そうです。しかし青の王と金髪金目の吸血鬼は除外しても良いと思いますよ。青の王は言わずもがな。金髪金目の吸血鬼はハイネグリフでしょう」
「あ、そんな名前でした! どうして知って……」
いるのか、と聞こうとしたところで気がついた。金目。そうだ、あのお兄さんはこの吸血鬼たちと同じ金色の目をしていた。そう、さっき目の話で引っかかったのはこれだったんだ!
「もしかしてその吸血鬼はみなさんの仲間なんですか?」
「いかにも。ハイネグリフは私の眷族であり、友だ」
「えぇ、えぇ、そうですとも! ハイネグリフは私の弟ですよ!!」
「オレの先輩。サンダーよりは話せるけどオレとは合わない」
サンダーさんの弟、なのね。この話は拾うと長くなりそうなのでひとまず置いておこう。
あの、ハイネグリフと呼ばれていた銃のお兄さんはこの吸血鬼たちの仲間なんだ。なんだかそれを知って複雑な気分になった。この人たちにはすでに感謝しているが、あの日ハイネグリフという吸血鬼はアタシを殺そうとしたのである。そして仕方なかったとはいえ、アタシに血を飲ませた。
だんだん怒りが込み上げてくる。もう、あのとき居合わせたヤツ全員を殴ってやりたい!
「ハイネグリフはどこにいるんですか?」
怒った口調になってしまったが察してほしい。アタシは殺されかけたのだからこれくらいは許してほしい。それはさっき話したからこの人たちも分かっているはずだ。
フェリックスさんはちらとサンダーさんを見てから口を開いた。
「……彼は今眠っている。目が覚めなくてね。生と死の瀬戸際だよ。まだ命があることが信じられないくらいだ」
「えっ」
まさか、どうしてそんな状況に? 最後に見たハイネグリフはそんな状態ではなかったのに。
困惑してレオを見る。レオはアタシが聞かずとも察してくれて口を開いてくれた。
「ハイネには毎日連絡するよう言ってあったんだけど、三日前に連絡が途絶えたんだ。それで何かあったんだろうってことで探し回った。そしたら昨日、ホノカのいた廃墟の外でボロボロになったハイネを見つけたんだ。本当にひどかったよ。手足も身体もギリギリ繋がっている状態でね。オレ、死んでいるのかと思っちゃった。吸血鬼ってこんなんなっても生きてられるんだって驚いたよ」
想像して怖くなった。背筋が凍る。手足や身体がギリギリ繋がっている状態だったなんて。あまりに残酷すぎて感想も出てこない。
「誰がそんな目にあわせたの?」
なんとなく誰か分かってしまう自分が怖かった。
「おそらく。おそらく青の王でしょうね」
サンダーさんが低い声で言った。やはり、とアタシは喉を鳴らした。
「彼にとってはただの防衛だったのだろう。一方的に追いかけているのはこちらだ。こちらに非がある。サンダージャック。君には申し訳ないが、ハイネグリフがあのような姿になってしまったのも仕方のないことだ」
サンダーさんは「いえいえ、私のことは気にしないでください」と小さく首を振った。
フェリックスさんはだいぶ冷静なようだ。確かに客観的に見れば一方的に追いかけている方が悪いのだが、仲間を傷つけられた当事者がなかなかそうは言えない。誰だって仲間を傷つけられれば何であれ傷つけた相手を責めたくなるはずなのである。それが生死にかかわるならなおさらだ。
「仕方ないよね。時間は戻せない。オレたちはハイネに何もしてあげられない。ただ、目が覚めるのを待つしかないんだよ」
アタシは唇を噛んだ。いくら憎いと思っていても、殴ってやろうと思えども、そんなになるまでしてやろうとは思えない。それをやってのけてしまうのだから、アイゼンバーグはやはり冷酷な吸血鬼だ。
数秒、沈黙が降りる。なんだか話しづらかった。
「ま、ハイネがホノカのご主人サマならこの屋敷に入った時に分かっただろうし、ご主人サマだってホノカに会った時に分かったはずだからハイネではないだろうね」
レオが話を戻してくれた。アタシはほっと胸を撫で下ろした。ハイネグリフのことは気になるけれど、今はとりあえずハイネグリフのことは置いておいてアタシのご主人様探しに集中しなければならない。それに、気になることもある。
「その、屋敷に入った時に分かるって、どうやって分かるの? それからフェリックスさんなら分かるってなんで?」
それが気になった。分かりやすい何かが起こるとでも言うのだろうか。化学反応みたいに爆発が起きるとか、色が変わるとか。
「えぇえぇ! 気になるでしょうね! 不思議でしょうね! しかしそれが吸血鬼の主従関係なのですよ! マスターは眷族が分かる! 眷族はマスターが分かる! 感覚的なものです! ホノカにはまだ分からないでしょうがそういうものなのですよ!!」
あまりにも大声だったので耳がビリビリした。レオは両手で両耳を塞いでいる。
「ご主人サマなら分かるってのは、ご主人サマの眷族であるハイネの眷族ってことは、つまり間接的にご主人サマの眷族にもなるってことだから分かるってことね。雑種……王様からみた、眷族の眷族ってこと。雑種も王サマが分かると思う。吸血鬼には血が全てだから。自分の中に流れる血の大元くらい分かるよ」
「ふぅん」
ちょっと良く分からないので適当に流すことにした。どうやら感覚的なものらしい。感覚的なものは口で説明されても分からない。今は全然分からないけれど、そのときが来ればアタシにも分かるのだろうか。
なんだか吸血鬼って結構複雑な気がする。人間も結構複雑だったりするけれど、より複雑な気がするのは吸血鬼の話に慣れないことが多いからだろうか。しっくりこないことばかりだ。それはやはり、私が不完全な吸血鬼だからだろうか。
「それらの理由から判断すると、ホノカ君の主人は赤、白、黒のいずれかだ。……万に一つの確率で青の王ということもあるが、彼の性質上ほぼないと言って良いだろう」
赤は紫頭のお兄さん。黒はアイツだから、白はきっと剣を持った銀の目のお兄さんだ。銀色は白ってことね。
「えぇ、えぇ。そういうことになりますね。赤はハイネグリフのこれまでの報告にも出てきていましたよね。確か、確かデインという眷族でしょう」
「そうです! そういう名前でした!」
そうだ、デインだ。アイゼンバーグがそう呼んでいた!
サンダーさんはこくりと頷いた。それから顎に手を当てて考え始めた。
「しかし、しかし白と黒は分かりませんね。三日前に初めて会ったのでしょう」
「黒は王だろう。黒の王、ローザンヌだ。彼は眷族に青の王を追わせるような性格をしていない。追うならば自らが追うだろう。彼はゲームが好きだからな。赤い長髪で残忍という特徴も一致している。そうだろう、ホノカ君」
「はい、そうです。ローザンヌと呼ばれていました」
そう、ローザンヌ……。アイツの名だ。アイツは王様だったんだ。アイツに関する様々な記憶が蘇ってきて、アタシは眉をぎゅっと寄せた。
「白は? 白の王は女だったよね? 眷族か雑種ってことになると思うけど、ご主人サマ、青い髪で剣を持った吸血鬼に心当たりある?」
「単身で日本に来るくらいだから、彼女が騎士と呼んでいる眷族のうちの一人だろう。しかし誰かは分からない。彼女は私と違って眷族が多いのだ。騎士だけでも十を超えるはずだ」
「多いね。少数精鋭も考えものなんじゃないの? ご主人サマ」
ま、増えられても困るけど、とレオは続けた。
騎士だけでも、ということは、白の王という吸血鬼の眷族は騎士以外にももっといるということなのだろう。かたやフェリックスさんは三人。どのくらいが普通なのか分からないけれど、フェリックスさんは少ないんだ。
「私には君たちさえいれば満足だ」
フェリックスさんがレオとサンダーさんを見て言った。するとレオはふふ、とかわいらしく笑い、サンダーさんも微笑んだ。この人たちにしか分からないやりとりである。
これが主従の関係なのか。家族みたいな感じなのだろう。アタシだけその輪に加われないので少しだけ寂しい気持ちがある。
「白の王には私から連絡してみよう。彼女は応えてくれるはずだ。二、三日かかるかもしれないが良いだろうか」
フェリックスさんが申し訳なさそうにアタシを見た。
「大丈夫です。よろしくお願いします」
アタシは頭を下げた。フェリックスさんはゆっくりと頷いた。
アタシのタイムリミットは一応一週間くらいということだが、実際はよく分からない。その二、三日が命取りになるかもしれないが、こればっかりは仕方ない。そうして連絡をとってもらえるだけでありがたいのだ。だってアタシ一人だったら二、三日なんて無駄に過ごしているはずだから。
「赤の眷族と黒の王とそれから一応、青の王は? どうするの?」
「これは、これは推測ですが、白の眷族も含めて鬼ごっこを続けているはずですから、今すぐ捕まえるのは難しいでしょう。まぁまぁ、彼らの行先はマスターに白の王から聞き出してもらうしかないですね」
「じゃ、オレたちはこうして連絡待ちするしかないってこと?」
レオは不満そうに頬杖を突く手を入れ替えてサンダーさんを見た。彼らが移動を続けているならばそうするしかないのではないかと思う。もしかしたらハイネグリフのようにどこかで瀕死の状態になっているのかもしれないが、アタシたちがそれを知る術はたぶんない。いくら人間より体力のある吸血鬼といえども、日本全国をしらみつぶしに探すことは不可能だろう。
「いえいえ。そうは言っていませんよ」
「他に何か出来ることがあるんですか?」
サンダーさんはそういう口ぶりだった。何だろう。今すぐに出来ることならやりたい。大人しく待っているのは、レオと同じくアタシも向いていない。
「そうです、そうです。以前マスターに聞いた話では赤の王は本来の拠点を離れてこの日本に来ているはずです。ですから、ですから、こちらから赤の王に会いに行けば良いのですよ。赤の王ならホノカが自分の雑種であるのかどうか分かるはずです。ホノカも王が分かるでしょう」
「なるほどね。確かにそうだ。ホノカ、良かったね。とりあえずすぐに赤の眷族がホノカのご主人サマかどうかが分かるみたいだよ」
「や、やったー」
ちょっと話が良く分からなくて思いついた言葉を発した。レオは眉を寄せて「全然嬉しくなさそうだね」と訝し気な顔をした。
いや、だって話についていけないんだもの。正直に言うとアタシの頭は良くない。どちらかというと悪い方で、学校の勉強だって真面目にやってなんとか人並に追いついていたのである。そのアタシにこの怒涛のような知識の詰め込みは酷だった。とりあえず赤の王という吸血鬼に会いに行けば何かが分かるということだけ理解できているのだからアタシとしては十分だ。
「そうと決まれば行こうよ赤の王のところへ。まごまごしていたらホノカが死ぬよ」
レオは立ち上がった。アタシも反射的に立ち上がる。
「おやおやレオ! 貴方にしてはずいぶんやる気じゃないですか! 良いですね良いですね! 青春ですね!!」
「そんなんじゃないよ」
レオはきっぱり否定してから、ちらとアタシに視線を移した。それから口元を袖で隠してぼそりと言った。
「野良犬拾った気分なんだよ。拾ったオレが面倒見てあげないと可哀想でしょ」
野良犬……。レオはアタシを野良犬みたいな存在だと思っていたのか。いや、確かに野良らしいしレオを追いかけて無理やり入れてもらったみたいなもんだけど野良犬って。悲しい響きに少しばかりショックを受けた。
「そうですかそうですか! 主人に忠実な犬は可愛いものですからね!! ではではすぐに発つとしましょうか! マスター、良いですよね?」
にこりと笑ったサンダーさんがフェリックスさんに同意を求めた。するとフェリックスさんは一秒にも満たない間、サンダーさんをじっと見て何かを考えてから口を開いた。
「良いだろう。ただし、私も行く。王に会おうというのだから、それ相応の理由もいるだろう。赤の王、ブランボリーなら私を見れば入れてくれるはずだ。彼と私は友だからな」
「えぇ、えぇ、そうしましょう」
サンダーさんは微笑んだ。それからフェリックスさんもサンダーさんも立ち上がり、アタシたちは赤の王と呼ばれる吸血鬼のいるところへ行くことになったのであった。




