Blood×Rose×Vampire06
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「Attendez au port」
「なんて?」
夜の街を走りながらサンダーさんにどこに向かっているのか聞いたら、何語かも分からない答えをもらった。
「フランス語で『港で待つ』です。扉の内側の取っ手に堂々と挟まっていた手紙に書いてありました」
目の前に淡いピンク色の手紙を出された。右手は相変わらず掴まれたままなので左手でそれを受け取って中を見てみると、【Attendez au port】とだけ書かれていた。
へぇ、これ、フランス語なんだ。もしアタシが一人でこれを見つけていたら何て書いてあるか分からなくてだいぶ苦戦しただろう。それにたぶんこれ、どこの港なのかは書いていない。固有名詞がなさそうだから。しかしサンダーさんは思い当たる節があるらしく、ノンストップで突き進んでいる。アタシだけだったら読めたとしてもどこの港なのか分からなくて時間を無駄に浪費していただろう。サンダーさんがいて良かった。サンダーさんってフランス語が堪能なんだな。レオの話からすると外国で生まれ育ったみたいだし、もしかしたらフランスで生まれ育ったのかもしれないな。
「サンダーさんってフランスで育ちましたか?」
「いえいえ。ロンドンです」
違った。ロンドンか。ということはつまり英語も堪能ということだ。すごい。そういえばアイゼンバーグは北欧で生まれたという話だから、少なくとも彼も母国語と日本語の二ヵ国語は話せることになる。長く生きているから多言語使えるようになるのだろうか。
半ば現実逃避に近いどうでもことを考えながら一時間程移動し続けると、港に着いた。
アタシたちがアイゼンバーグを追い込んだ港とは別の港だった。頻繁に使われている港ではないようで、停まっている船も一隻しかなく、人の気配もなかった。
ただ一隻だけ停まっている船は船というよりクルーザーと言った方が良いかもしれず、もっと言うとクルーザーというのもどうなのかという乗り物だった。まるで一つのお屋敷、というか島のようなのだ。形も変わっていて六角形っぽい。こういうものに縁のないアタシからするとこれが船なのか? 動くのか? という疑問が湧いてくるのだが、たぶん船で動くのだろう。
そしてその船から伸びたタラップを塞ぐようにして一人の女性が立っていた。人ではない。吸血鬼だ。気配で分かる。
「お待ちしておりました」
目の前に立つと、クラシカルなメイド姿の女吸血鬼が頭を下げた。髪は癖のない黒長髪で瞳は赤い。目がぱっちりしていて鼻と口は小さくまとまっている。
「ブランボリー様は城でお待ちです。城まではわたくしがご案内いたします。どうぞ、よろしくお願いいたします」
女吸血鬼は綺麗な顔をにこりともさせずに頭を下げてからタラップを塞いでいた身体を滑らせ、「ご搭乗ください」と先を促した。サンダーさんが無言で進んでいく。アタシは引っ張られながらも彼女に軽く頭を下げることは忘れず、船に乗り込んだ。
船内はとてつもなく広く、そして豪華だった。煌びやかなシャンデリアに幾何学模様の美しい絨毯。一般庶民のアタシには馴染のない光景すぎてぽかんとしている間にこれまたお城のように豪奢なラウンジに通され、広い革張りのソファに腰かけるよう促された。
サンダーさんが手を離してくれないので彼と一緒に一つのソファに座ると、女吸血鬼は脇から何かを出してきた。
「ウェルカムドリンクです。本日は生娘の生血と少年の生血をご用意いたしました」
真っ赤な液体の入った銀のゴブレットが目の前に置かれた。ブランのお屋敷に出向いた日を彷彿とさせる。
「サンダージャック様、ホノカ様。主人に代わりまして、ご挨拶申し上げます。急なご招待にも関わらず、こうして足を運んでくださったことに感謝いたします」
何をいけしゃぁしゃぁと、と腹の底が煮えた。みんなにあんなことをしておいてご招待も感謝も何もない。
睨んでいるのに気づいているのかいないのか、挨拶を終えたメイドさんは素知らぬ顔で図面を取り出し、丁寧に船の内部の説明をし始めた。個室の他にも大浴場や巨大スクリーンを備えた劇場や遊技場もあるらしく、時間を潰す用意は十分なようだった。
「以上で説明を終わらせていただきます。主人からは可能な限りおもてなしをと申しつかっておりますので、何でもわたくしにお申し付けください。それでは旅をお楽しみください」
メイドさんはそう結んで去っていった。近くで監視するのかと思いきや、完全に視界から外れて見えなくなってしまった。どうやらこちらが呼びつけない限り姿を現さないようだ。吸血鬼の耳なら遠くにいても聞こえるうえにすぐ駆けつけられるからだろう。
聞き耳を立てられているかもしれないから慎重に会話をしなくては。
「あの、サンダーさん」
呼んでもサンダーさんは何の反応も示さなかったけど続けた。
「何があったか詳しく教えてくれますか?」
金色の瞳がアタシを見た。
十秒。吸血鬼にしては長い時間沈黙の後、サンダーさんは語り始めた。
「今日の昼頃でした」




