Blood×Rose×Vampire05
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ビルや家屋の上を飛び越え、三十分もしない内に住宅地の一角にあるフェリックスさんのお屋敷に着いた。
鉄格子の門が少しだけ開いている。
なんだか静かで、暗くて、腹の底がぞわぞわするくらい気持ちが悪い。いつもなら世間体のために点けられている電気が消えていて、人の気配がないというか、異様な空気が漂っている。
キィ……
サンダーさんが右手で門を大きく開けた。左手はアタシの手首を掴んだままだ。
見渡す限り、変なところはない。花の咲いていないバラの庭園はいつも通り綺麗に整えられている。景色としてはただ屋敷に明かりがないだけなのだが、何故か嫌な感じがして仕方なかった。肌を撫でる空気が冷たい。頭の一部が警鐘を鳴らしている。
屋敷の大きな玄関扉をサンダーさんが押し開けた。
「わぅっ」
そのまま彼が中に入っていくと思って一歩を踏み出したのに、進んでくれなかったので背中にぶつかってしまった。サンダーさんのように大きな人が出入り口を塞いでしまうとだいぶ入りづらい。立ち止まるにしてももう少し中に入ってくれればいいものを、と思いながら隙間に身体を滑り込ませて室内に入った。
瞬間、飛び込んできた光景に瞠目した。
「な……何、これ……!?」
煌びやかなシャンデリアの吊るされた玄関ホールに、とてつもなく大きな銀の鳥籠が置かれている。光を反射して白く発光する鳥籠の中には高低差をつけた大きな十字架が三つ立てられていて、暗い、暗い影を落としていた。
「みんな……うそ……」
十字架の一つ一つにみんなが括りつけられていた。
一番低くて左にある十字架にはレオが。中間の高さで右側にある十字架にはハイネグリフが。そして一番高くて真ん中にある十字架にはフェリックスさんが。胸に真っ赤な杭を打たれ、磔にされ、首を垂れていた。
頭の先からつま先まで血が引いた。
アタシはサンダーさんの腕を振り切って三人に駆け寄った。
「レオ! ハイネグリフ! フェリックスさん! なんで!? どうして!?!?」
夢中で鳥籠を掴み、押したり引いたりしたけどビクともしなかった。
どうして!? アタシ、吸血鬼なのに! 強い力を、みんなを助けられる力を手に入れたはずなのに!
「あっつ!!」
鳥籠を持つ手の平が尋常じゃないくらい熱くなってきて思わず手を放した。手の平の皮が剥がれて真っ赤な肉がむき出しになっていた。痛い。でも、そんなことはどうでも良かった。アタシはもう一度鳥籠を掴み、何とかみんなを解放できないか奮闘した。
押しても引いても叩いても蹴っても横に伸ばしてみようとしてもビクともしない。それどころか血で滑って力が入らなくなってきた。
「なんでよ!」
無我夢中で檻を殴った。ゴンゴンゴンゴン大きな音は鳴るのに、檻は壊れない。
どうして開けられないの? どうしてみんながこんな目にあっているの? どうして? どうして!?
「!?」
檻を殴っていた両手を後ろから掴まれた。ビックリして振り返ると、サンダーさんがアタシの両手を掴んで見下ろしていた。
ギラギラ光る金色の目に背筋が凍った。
「ホ、ノカ。やめ、テ、くだサィ。におィデ、おかし、ク、ナ、る」
強く噛み過ぎて血が流れている唇の隙間から、荒い息と発音のおかしい言葉が漏れてくる。
ぞっとした。
アタシの血の所為だ。アタシが青の吸血鬼だから、血の匂いにサンダーさんが当てられてしまったんだ。これ以上血を流すわけにはいかない。きっとサンダーさんの理性が壊れてしまう。
ゆっくり手を引っ込めた。サンダーさんの手は手首に食い込むくらい強く握られていて、すぐには離れてくれなかった。ギシギシ骨が軋む音がする。痛くはないがすごく怖い。
「サ、サンダーさん。ごめんなさい……」
震える声でそっと謝る。
「ひっ」
すると首の後ろに熱い吐息がかかった。荒い息が耳の後ろで繰り返されている。アタシは呼吸を止めた。少しでも呼吸をするために胸を動かしたら、息を吐いたら、後ろの獅子が噛みついて来そうだった。
「あナたの血ハ、麻、薬……。そ、レを、正シク、理、解して、くだサィ。イィ、ですネ?」
頷いた。
背中で蠢く獣が、首筋をなぞり、後頭部をなぞり、耳の渕を触った。
「エラィ、エラィ、デスョ」
ねっとりした水音がして、声が耳を直接刺激した。
「や、サンダーさん。やめて」
怖い。アタシ、食べられてしまうのではないだろうか。噛みつかれていないのが奇跡だ。サンダーさんが黄の吸血鬼だから、こんなに興奮した状態でもなんとか踏みとどまれているのだろうか。もしこれが他の吸血鬼だったら問答無用で貪り食われていたかもしれない。
「少し、ちょっと、待ッテ、くださィ。すぐ、もう、落ち着きますかラ」
だいぶ後ろの獣の息が整ってきている気がする。言葉もおかしくなくなってきた。自分の手の平を見ると溶けてなくなっていた皮膚が元に戻っていたので、血の匂いが薄れてきたからかもしれなかった。
アタシは彼が落ち着くまで待った。幸いそんなに時間はかからず、数分で両腕を解放され、後ろの獣が距離を取ったのが分かった。
手首に青や赤を通り越して真っ黒な手形がついている。恐ろしくて肌が泡立ったけど、吸血鬼だからかみるみるうちに治っていったのでほっとした。
「さ、て。ふぅ。では、そろそろ行きましょう」
サンダーさんは軽く頭を振ると何事もなかったかのような態度で再びアタシの右手首を掴んで引っ張った。切り替えが早い。
「待って! 行くってどこにですか?」
強引に引っ張られるのを踏ん張って耐えた。だってこんな状態のみんなをそのままにしておけない。サンダーさんはみんなを放っておいて一体全体どこに行こうと言うのか。
「それはもちろん。忌々しくも我々の胸に杭を打ち、磔にした赤の王の元にですよ」
「これはブランがやったんですか?」
「えぇ、えぇ」
サンダーさんは頷いた。
アタシは振り返ってみんなを見た。鳥籠に入れられ、両腕を広げられて十字架に括りつけられ、胸を大きな赤い杭で打たれた痛ましい姿を。
みんなをこんな目に合わせたのがブラン。鳥籠を見た瞬間そうではないかと思ったけど、ブランがアタシではなくこうして黄の吸血鬼に酷いことをするとは思わなかった。なんて惨いことをするんだ。彼らが何をしたっていうんだ。どうして彼らをこんな目に合せるんだ。こんなひどいことができるなんておかしい。
悲しみが怒りに上書きされていく。
「みんなは生きているんですか?」
「えぇ、えぇ。胸に杭を打たれて仮死状態になっているだけです。杭を抜けばすぐきびきび動けるようになりますよ。鬱陶しい銀の籠さえ開けられれば、後はどうにでもこうにでもなります」
「ブランのところに行って鳥籠の鍵をもらうってことですか?」
「そうそう、そういうことですよ」
「分かりました。行きましょうサンダーさん。早く鍵をもらってみんなを酷い状態から解放してあげましょう」
アタシは右手首を掴むサンダーさんの手を左手で掴んだ。サンダーさんは無表情だったけれど、ほんの少しアタシの手首を掴む手を緩めて「えぇ」と一言だけ言った。




