Blood×Rose×Vampire02
「ねぇ、その血って何の血なの? 教えて」
「オレが飲んだのはご主人サマの血」
「ご、ご主人様って、フェリックスさん!?」
レオは当たり前のようにそうだよーと間延びした声を出した。
なんとフェリックスさんの血だったとは。吸血鬼の血って酸っぱいんだ。そんなことを思いながら、まだ中身の残っていたグラスを傾けた。
「今ホノカが持ってるのはサンダーの」
「ごぶっ! うえ!? サンダーさん!?」
驚いて吐くところだった! 危ない! ここで噴き出したらホテルで働く人たちに殺人事件か何かが起こったのかと誤解されかねないところだった!
「サンダーさんの血ってレモン汁なの……」
脳裏にサンダーさんの姿が浮かんだ。ライオンみたいな髪型で背が高くて、いつも派手な服を着ているサンダーさんの中に流れている血がレモン汁。
「ホノカがグレープフルーツジュースって言ったのはハイネの血で、オレンジジュースはオレの血だよ」
なるほど。黄の吸血鬼全員の血だったということか。
アタシはハイネグリフとレオを交互に見た。この美人がグレープフルーツジュースで可愛い顔のお兄さんがオレンジジュース。美味しいと思った血が、今目の前にいる二人から供給されたもの……ダメだ。
二人のことを食べ物かのような目で見てしまった自分に失望した。この人たちは間違っても食べ物なんかじゃない。でも美味しいと思ってしまったのも事実だ。この感覚は持っていいものなのかいけないのか、吸血鬼になりたてのアタシには判断できない。
「吸血鬼の血って美味しいって感じるものなの?」
そもそも吸血鬼のアタシが美味しいと感じるものが吸血鬼の血っておかしくないのだろうか。不安だ。どうかおかしくないって言ってくれと心の中で懇願しつつレオを伺う。
「うーん。オレがハイネやサンダーの血を飲んでもそんな風には感じないし、自分の血だって美味しくもなんともないよ。他の吸血鬼の血はホノカのしか飲んだことないから分からないけど。ハイネは?」
「同種の吸血鬼の血は飲めないことはない程度です。他種の吸血鬼の血は身体が拒否するので基本的には飲めません。青の吸血鬼の血だけが例外なんです。青の吸血鬼の血の効果からも分かりますが、美味しいと感じるということは、身体が求め、糧として認識しているということになります。それも上等な。つまりホノカは動物や人間の血を食べ物以下とし、吸血鬼の血を食べ物と認識したということですね」
「それってだいぶクレイジーじゃない? 共食いってことだよね?」
「わっこわーい。ホノカは吸血鬼を食べる吸血鬼なのかぁ」
レオが口元を隠して笑い、「オレ食べられちゃう」と冗談めかしく言った。
アタシは冗談として受け止められなくて、頭から血の気が引いた。
バケモノを食べるバケモノなんてそれこそ真正のバケモノじゃないか。
ぞっとした。アタシ、もしかして吸血鬼というバケモノの中でもより恐ろしいバケモノになってしまったのかもしれない。吸血鬼になる覚悟はしたけど、バケモノになる覚悟なんてしていないのに。
「ホノカ顔に出てるよ」
「うっ」
レオに額をぶっ刺された。吸血鬼なのにちょっと痛みを感じるくらいだったので思わず額をさすった。
「吸血鬼って種類によって結構違うからそんなに気にしなくていいんじゃない? 食べ物認識されてむやみやたらに襲われたら嫌だけど、ホノカそんな感じじゃなさそうだし。ホノカが欲しいなら血をあげてもいいかなって思う」
優しい。レオって本当にいいやつだな。
「ありがとう」
「どーいたしまして。お腹空いたらオレの血いつでもあげるから言ってね。その代わりホノカの血もちょうだい。オレ、ホノカの血、気に入っちゃった」
前言撤回。この悪戯っぽい顔は優しさ云々じゃなくて自分の利益しか考えていないやつだ。レオは自分を餌にアタシという餌を釣るつもりなのだ。食われてなるものか。
「レオの血なんていらないからアタシの血も絶対あげない」
「え~。オレンジジュース好きなんでしょホノカ。ほらほら美味しいよ~」
パーカーの首元を引っ張り、首筋を見せつけてくる。今のところレオの首筋を見ても美味しそうと思うことはないが、いつか思うときが来るのだろうか。
「やめなさい。はしたないですよ。それから軽はずみに交換条件を出すのもやめなさい。ホノカの血は我々にとって毒のようなものです。むやみに口にして良いものではありません」
ハイネグリフがパーカーのフードを引っ張ったので、レオは「ぐえ」とうめき声を上げた。
「分かってるよ。ホノカの血は美味しいけどおかしくなっちゃうから飲んじゃダメなんでしょ? ご主人サマにも言われてるし、飲まないよ。ただの言葉の文。ハイネこそ、つまみ食いするなよ」
レオはじっとりした目でハイネグリフを睨む。一方ハイネグリフは「しませんよ」と眉を寄せてだいぶ不機嫌そうな顔をしている。
二人はいつもこの調子だ。お屋敷にいたときのように武器を持ち出して来たり、殺意を垂れ流したりすることはなくなったが、ちょっとした喧嘩のようなやり取りを毎回飽きもせずに繰り返している。それでも毎日二人揃ってやって来るので、仲が良いのか悪いのか分からない。
そのまま二人は数秒睨み合っていたが、ハイネグリフがため息交じりに「さて」と仕切り直して無言の攻防を終わらせた。
「実験が済んだので私は帰ります」
ハイネグリフは空になったグラスを回収してトランクの中に放り込んだ。本人がいる前で堂々と実験と言うところといい、グラスの扱いといい、本当にこの人は顔や言葉遣いに似合わず人や物の扱いが雑だ。
「オレはもう少しいる」
レオはまだいてくれるらしい。一人で過ごすのはつまらないからありがたかった。
ハイネグリフが「分かりました」と返して部屋の出入り口まで歩いていったので、アタシとレオも並んでついていった。
黄色のバラが絡まったドアの前につくと、ノブに手を置いた状態でハイネグリフが振り返った。
「ホノカ。青の吸血鬼という自覚を持って行動するように。私がいない間に軽はずみなことはしないでくださいよ。ここから私たちの拠点は距離があるのですから」
「うん」
「それでは。明日の昼にまた来ます。それまで大人しくしていてください。レオ、盗み食いはいけませんよ」
「しつこいな。分かってるって」
最後にまた睨み合い、ハイネグリフは部屋を出て行った。
「アイツ、前よりお節介度が上がってる気がする」
レオは扉に向かってため息を吐いた。アタシは「そう?」とだけ返す。
「バラの守りが万能じゃないからだろうけど、それ以外の理由もあるだろうな」
レオはううんと唸りながら口元を袖で隠した。
「バラの守り、ね」
ドアに絡みついている黄色いバラを見つめた。この黄色いバラはバルコニーにもある。レオとハイネグリフが赤の吸血鬼対策として設置したものだ。




