あなたは加害者。
『昨夜、5月15日深夜、渋谷区の路上で、人気バンド「Blanca」のマネージャーの乗る車が歩行者に突っ込み、車に轢かれた20代の女性が軽傷を負いました。
車の後部座席には、「Blanca」ギター&ボーカルの葉山さんが同乗していましたが、怪我はないということです。
事故当時、路面は昼間からの雨でひどく濡れており、ブレーキが効かなかったとみて、警察は当時の状況を詳しく調べています。
……
「軽傷…」
当時のネットニュースを読み返して、葉山は顔を歪めた。しかし、その顔はマスクに覆われており、周りの人にはわからない。
リノリウムの床に、陽光が射し込む。
病院の待合室は、名前を呼ばれるのを待っている大勢の人々でざわついていた。スマホを閉じてポケットにしまった葉山は、ぼんやりと時計を見上げる。
あの事故から1ヶ月が経とうとしていた。
「あの…羽山くんお待たせ」
その声に顔を向けると、マネージャーの沢田さんが立っていた。
「もう行っていいの?」
そう聞くと、沢田さんは頷きながらも複雑な表情を浮かべる。
「うん、いいとは言われたけど…
本当に一人で行くの?」
「そう言われてるし、おれもそうすべきだと思うから」
葉山は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「沢田さんにも、ほんとごめん。ひどいことさせちゃって…」
「あれは僕にも原因があるんだってば!僕が前の日飲みすぎて二日酔いになってたりしなかったら…普段運転しない葉山くんに替わってもらったりしなかったのに!」
「俺がやるって言いだしたんだし。加害者は俺だよ。」
この1ヶ月間、何度もした会話だった。
当時、雨の中運転して、彼女を轢いてしまったのは葉山だった。
人気バンドのトップに、汚名を着せるわけにはいかない。葉山が呆然としている間に、彼女は救急車で運ばれ、事務所の手によって同乗していたマネージャーが加害者に仕立て上げられていた。
後日、マネージャーと事務所の職員が彼女を見舞うと、彼女は言ったそうだ。
「あなたじゃないですよね」
それは確信的な言い方だった。事務所の職員は頑固として否定したが、それは無意味だ。
なぜなら、あの雨の中、轢いた彼女の横にひざまづいて、呆然としていた俺と彼女は目があっているから。あの光景を…俺が覚えているから。
それにこれ以上、沢田さんに罪を被せたくなかった。
「じゃぁ…いってきます」
まずは1ヶ月も隠れていたことを謝罪しよう。
彼女には、なにを要求されても許してもらうんだ。
沢田さんにも、バンドのメンバーたちにも迷惑はかけたくない。
たとえ、
彼女の足がもう二度と動かないとしても。




