助ける力を持つ者の義務
「こ、ここおこここここおおおっこおこ」
「あっはっは、ギリーさん何をニワトリの物まねなんかしてらっしゃって?」
立てないギリーの両肩をカグラが笑いながら掴む。だが、その手は彼を支えるためのものに非ず。その場から少しでも遠く逃げようとするギリーを押さえつけるためのものだ。
「あ、あんたらねえ! どういうことかわかってるのか! こ、この子は、この子は・・・」
「言いたいことはわかります。ですが、どうか彼女を助けてください」
カグラの隣に同じようにしゃがみ込み、アワユキはギリーの右腕を掴んだ。弱々しい言葉とは裏腹に、その手は締め付けんばかりに力がこもっていて、ギリーの腕をうっ血させた。
「ば、馬鹿言うな! できるわけがない。できるわけが。そうだろ!」
「そう言わずに。お金なら払うわよ。こう見えても年間金貨三十枚は稼ぐギルドよ?」
反対の左腕オウカが掴んだ。他力本願だが事実は事実だ。それを公表してやる必要はない。金の力でねじ伏せにかかった。
「若いのに大したもんだ・・・って、それとこれとは話が違う!」
「おいおい、医者が一度依頼を受けて放っぽり出すってのは、信用問題に関わらねえか?」
極めつけにミメイがギリーの正面に回り、両足を抑え込んだ。
―アウトロウ連携技『四面固め』―
四人の力を合わせて敵、もしくは協力に消極的な人材を捉え、圧力をかけながら相手の心をへし折り、都合のいい発言、好条件を引き出す技の一つ。他に相手の耳元でミメイが刃を研ぐ『研磨音』やオウカ、アワユキの共同技『王家の威光』などがあったりなかったりする。今後も随時追加予定。
しかしギリーは首を縦に振らない。なぜなら信用問題とか金とかそういう問題じゃなかった。
「私に、悪魔の子を治せというのか!」
口から唾を飛ばしながらギリーが訴える。その場にいたシンドやフィリオネが凍りつく。
捲れた毛布の中に横たわる幼い少女の髪は雪よりも白く染まっていた。悲鳴すら上げられず、フィリオネは口元を押さえながらふらふらと後ずさった。その両肩をシンドが抱きかかえ、自分の後ろに隠す。
「あんたら、わかってるのか。その子は悪魔の子だぞ」
震える指で、ギリーは少女を指差す。
「その子は災厄をもたらす不吉の子だ。そんなの治したなんて知られたら、教会の連中に異端審問にかけられちまう! そうでなくたって、こんな化け物、誰が治すか!」
「ちょっと待ちなさいよ! あんたさっきからきいてりゃ悪魔の子だとか災厄をもたらすとか、この子があんたに一体なにしたってのよ!」
オウカがギリーの肩を揺さぶる。
「うるさい! 今はまだ子どもでも、いずれ正体を現す。聖典を知らないのかお前らは。神を冒涜するお前らも同罪だ。悪魔の子を助けようなんて、お前ら正気じゃない!」
力任せにギリーは手足を振り回し、拘束を解かせた。鼻息荒く立ち上がり、救急箱を乱暴に掴む。
これが聖典の影響。神様の法律だとでもいうのか。オウカは悔しそうに耳を貸さないギリーを睨みつけた。
ミメイの言葉がよみがえる。彼女を助けるには、世界中を敵に回す覚悟がいると。あれは誇張でも何でもない、純然たる事実だったのだ。あれだけ彼女を助けると啖呵を切ってこのざまとは、情けなくて涙が出た。初めてミメイに褒められ、カグラに頼られ、アワユキに認められて張り切った結果がこのざまかと。力がほしいと思ったことは何度もあった。だから魔神を召喚しようとした。魔神の力なら、どんな敵でも倒せるだろう、と。
だが、この敵はどうやって倒せばいいんだ。人々の心に根付いた、この訳の分からないものは、どうすればぶっ潰せるんだ。
とにもかくにも、今ここで治療してもらわなけらばならないのは変わらない。無理矢理にでもやってもらう。アワユキに合図を出そうとしたとき、すっと、出て行こうとするギリーを追うカグラがいた。
「おいおい、どこ行くんだい?」
ギリーの歩調に合わせて歩きながらに声をかけた。
「帰るに決まっている。あと、教会に連絡を取る。神官たちなら、その悪魔を葬ってくれるだろうさ」
「葬る? そいつは困る。なあ、考え直しちゃくれない?」
「いやだ! 治療はしない。私は帰る。あんたらは二度と、私に関わるな!」
うっとうしげに振った腕が掴まれた。そのままぐいっと力任せに押され、壁際に叩きつけられる。
「あなたは、何か勘違いをしているようだね」
カグラは笑顔だ。だがいつもの愛嬌のある笑みとは違い、それは無理やり貼り付けたような違和感全開の笑みだった。
「な、なんだ! どれだけ頼まれたって私は」
最後まで言葉を発することができなかった。ギリーは、これまで聞いたこともない異音を聞きながら、見たこともない恐ろしいモノを面前に突き付けられた。
「僕はお願いをしているつもりはない。いや、さっきまではあったんだけど、あなたの態度を見て気が変わった」
ギャリギャリギャリッ!
冷気を防ぎ、中の熱を逃がさないために、また降り積もる雪の重さに負けないように、この辺りの家屋の壁は頑丈にできている。生半可な術や剣など簡単に弾き返してしまえるほどの強度を何十年も保つ。その壁を、恐怖の象徴ともいえるモノは簡単に削り取っていた。
「僕が今しているのは要求、いや、命令だ。応えなければ、僕はあなたを殺す」
恐怖を体現したモノ、チェーンソーが、主の感情を反映するがごとく回転数を上げる。
「どうする?」
にこやかにカグラは尋ねた。ギリーの首筋に高速回転する刃が迫る。
「なぁっ、ひ、ひあ」
悲鳴を上げるが、チェーンソーの唸り声はそれをかき消す。
「ちょっ、カグラ! あんた本気っ?」
「本気も何も、僕はこれまで本気じゃなかったことなんて一度もないけど?」
おどけて言うが、冗談になってない。冗談で済ますつもりも無い。証拠に彼の目が笑ってない。
「なあ、ギリー医師。教えてくれよ。どうして助けてくれないんだ」
「だからそれは・・・」
「あの子が悪魔の子だから? その証拠はどこにあんだよ。白い髪の子が、いつ世界に災厄をもたらしたんさ。見たことあんの? 資料でも残ってっか? なあ、言ってみてよ」
静かにカグラは問う。
「見たことは、ない。だが、聖典に」
「聖典、聖典って、じゃあ聞くけど、あんたそれ作ったっていう神さんに会ったことあんのかよ。奇跡で助けてもらったことは?」
「そ、それは」
「無えんでしょうが。神さんにも悪魔にもさぁ」
ギイイイイイイイイイイイ!
呼応したチェーンソーがますます回転速度を上げる。巻き起こす風で身がズタズタになりそうだ。
「それは詭弁だ! そんなことを言っていたら信仰はどうなる! 目に見えぬから信じる必要はないと? 信仰を持つことで保たれている平和は確かにある。それこそが神の御業と言えないか!?」
「その点は否定しない。心の支えに聖典とか宗教とかが一役買ってることは認めるさ。だがな。よく見ろ!」
ギリーの首根っこを掴み、無理やり少女の方へ顔を向かせる。
「ひ」
「目ぇ背けんな!」
カグラの口からこれまで聞いたことのない大音声が響く。
「あの子を見ろ。頭からは血を流した跡がある。体には打ち身擦り傷のオンパレードだ。なあ、あの子と僕たち、どこが違うんだよ。傷ついたら僕たちと同じ赤い血を流すんだ。体が冷えたら凍傷になるんだ。手を握ったら、脈打ってんのがわかる、温かいんだ、生きてるんだよ」
カグラの声が徐々に小さくなっていくのと比例して、チェーンソーの回転数もさがり、やがて止まった。パァンと弾けて粒子となって、元の携帯に戻った。
「助ける力を持ってんだろ。頼むよ。この子を助けてくれよ」
店内は、焚き木がはぜる音しか聞こえなくなった。
「ギリーさん。あたしからも頼みます。この子を診てあげて」
沈黙を破ったのは意外なことに、風呂を沸かして戻ってきたノキアだった。
「ノキアさん・・・」
「あたしも子どもがいるから、この人の気持ちわかるんだ。子どもを守るためなら、親は何だってする。守りたい、愛おしいって感情が、そういう小難しい話をねじ伏せちゃうの。理屈じゃないのよ。あなただって二児の父親でしょう?」
ギリーの脳内に、やんちゃ盛りの息子たちの顔が浮かび上がる。もしあの子たちが病気になったら、怪我をしたら、自分だってできることすべてをしてやりたい。それこそ命に代えても守りたいと思う。
「それに、気づいてます? この人、さっきからあたしたちのことを劣等種とか、普通の人がするような、そういう見下した目で見てないの。同じ人として、あなたに診てもらいたいって言ってるのよ。こんなに信頼されるなんて、医者冥利に尽きるというものじゃない?」
ノキアに諭され、ギリーは渋い顔で黙り込んだ。内面でどのような葛藤が起きているかは本人のみぞ知るところだった。
「あんた、わかってるんだな。この子を助けるということがどういうことか」
カグラに問う。
「ああ」
「この子がもし悪魔の子の本性を現したら、責任を取るんだろうな」
「当然。勝算もあるぞぅ。なぜなら僕は、白い髪で生まれる理由を知っている。悪魔の仕業ではなく、体細胞の機能として説明できる」
平然として答えたカグラ。だが、ギリーに与えた衝撃は計り知れなかった。
「馬鹿な! そんなことあり得ない! 学術都市の最高学府であってもそんなことは証明されていないはずだ!」
ギリーも医学の勉強をするために、この世界のあらゆる知恵が集まる学術都市に赴き、勉学を積んだ身だ。たまに開かれる学会にだって参加するし、学術都市に住んでいる同胞から最新の医療論文を取り寄せて内容を把握している。
そんなことがわかれば論文に乗るどころか大騒ぎになっているはずだ。教会の教えを根幹から揺るがすような大発見なのだから。それがないということは、この男は嘘をついているということになる。だが、その場限りの嘘をついているようには見えない。
「そいつの言ってることは全部本当だ」
ミメイが言った。
「カグラは、異世界から召喚された人間だからだ」
「そんなもの、信じられるわけがない。それこそ証拠はあるのか?」
疑惑の目を向けるギリー。
「証拠も何も、あんたが今見た武器もそうだし、そいつの姿恰好、荷物を見てみな。異世界の情報がわんさとある。ためしに聞いてみたらどうだ。その理由っての。未知の、それでいて納得の知識を披露してくれるだろうぜ」
そういってカグラに水を向ける。頷いて、カグラが話し出そうとしたのを、ギリーが首を振って「後にしよう」と遮った。
「朝日が昇るまで、この子を放っておくわけにはいかんだろうが」
「あ、朝まで生討論するつもりなのね・・・?」
文句を言いながらも、ギリーの言葉の真意に気付いたカグラは表情を和らげた。
続きを書かせていただきました。
ちょっとだけシリアスです。いつもちゃらんぽらんなヤツがシリアスになると
ギャップでシリアス度が上がる気がします。
今回はいつもより多めにお送りいたしました。