11 深い深い海の中
◇◇◇
波に飲まれたピアラは、一気に海中に引き込まれていた。水を吸ったドレスが鉛のように重く、もがけばもがくほど沈んでいく。
(く、苦しい……もう、だめ……息が、続かない……)
必死で息を止め、目を固く瞑っていたピアラだったが、酸欠で頭がガンガンしてくる。とうとう、意識を失い、ごぽりと肺から息を吐き出した。
──そのとき、海の底から巨大な影がゆらりと動いた。ふわりと浮かぶ身体。そのまま一気に海上まで上昇する。
くたりと力の抜けたピアラを背に乗せて、海から現れたのは一匹の巨大な海亀だった。
ピアラを落とさないようにゆっくりと浜辺に下ろした後、海亀は人型に姿を変える。
「ピアラ、ピアラ、しっかりしろ」
水を飲んで意識のないピアラの顔を、心配げに覗き込むカイ。胸を押し、水を吐かせるが、くたりとした身体はゾッとするほど冷たかった。
しばらく悩んでいたカイは、ピアラを抱きかかえ、意を決したようにピアラに口付ける。
「頼む。死ぬな……」
◇◇◇
揺れる波間に浮かぶいくつもの影。一つ、また一つと消えていく小さなあぶく。混乱する意識の裏側でチカチカと眩しい光に、思わず顔をしかめる。
流れ込んでくる、暖かい温もり。それは、徐々に熱を帯びて。
ピアラはパチリと目を開けた。
「ここは……」
目の前には、目に涙を一杯に溜めたソフィアとばあやの顔。
「姫様……」
いつの間にか、きちんと整えられた部屋のベッドに寝かされていた。
「カイ陛下は……?海で、いつまでも上がってこなくて……私、心配になって……」
「陛下が溺れたピアラ様を抱えて帰ってきたんですよ。ドレスのまま海に入るなんて、無茶なことを……」
「そう、彼が無事なら、良かったわ……」
ピアラはまた目を閉じる。
海の水は冷たくて、身体に纏わりついたドレスは重たかったけれど。
海の中は、どこか懐かしくて。どこまでも、どこまでも、深く。このまま沈んでしまいたいと思う、不思議な感覚があった。
ピアラはそれからもウトウトと眠り続けた。眠っては起き、眠っては起きを繰り返すピアラ。
その間カイは、一度も姿を見せなかった。
◇◇◇
ようやくピアラが歩けるまで回復した頃、ルミエル王国からトルティア王国に、勅使が遣わされた。
王の勅使としてトルティア王国を訪れたのは、美しい姉姫たち。
ピアラがカイの心を掴んでいるかどうか、見に来たのだ。
トルティアは大国。万が一ピアラが気に入らないのなら、未婚の姉たちのうち気に入ったものにすげ替えても構わない、と、暗に示したものだった。
そのぐらい、カイが今回の婚姻の条件として差し出した海の利権は、ルミエル王国にとって魅力的なものだった。
小さいけれど、豪奢な美しい船からトルティア王国にやってきた姉姫たちは、トルティア王国とルミエル王国の、あまりの国力の違いに息を呑んだ。
ルミエル王国にとっては切実な海の利権さえ、トルティア王国にとっては、自国と接するほんの僅かな海域の一部に過ぎない、取るに足りないものだったのだと理解する。
「ようこそ、トルティア王国へ!」
「歓迎いたします!ルミエル王国のお美しい姫君たち!」
和平の使者に対して、わぁ〜と歓迎の言葉を述べるトルティア王国の民衆に、艶やかに微笑む姉姫たち。
「美しいなぁ」
「ルミエル王国の姫君はどなたも素敵ね」
美しさへの称賛の声に、ここでも自分たちの美しさは別格なのだとほくそ笑む。
「さあ、あの子の様子を見に行こうかしら」




