新橋駅から異世界へ
ふぅ、今日も残業でそれなりの時間になってしまったな。
サラリーマンの聖地、新橋駅は今宵も俺みたいに仕事帰りのくたびれた人間と、酒が入ってご機嫌な人間で混み合っている。
たまにはそっち側の人間になりたいものだが、ノルマの厳しいブラック企業でウォーターサーバーの営業なんかやっていると普段の生活にそんな余裕なんかありゃしない。
別にウォーターサーバーの営業が悪い訳じゃない。負けてばかりの俺が悪いんだ。
今日は手間隙かけて開拓した顧客を上司の鶴の一声でゴマすり同僚に奪われた。努力しても報われる事は少ない。
40歳になっても独身で友人も少ない。そんな孤独な毎日を過ごしている。
そしていつもの事だが今夜も新橋駅のホームはごった返す人でまともに歩けやしない。俺は降車駅の階段に近い所で降りる為に、少し危ないけれど黄色い線の外側を歩いていた。
電車が間もなく入って来るのは分かっていた。だがまだ時間に少し余裕が有る。大丈夫な筈だった。
「うわっ!」
そう思っていた次の瞬間には全身を鈍い痛みが襲った。あろう事か俺は線路に突き落とされてしまった!
「痛え…」
背中から落ちた俺を口をだらしなく開けた酔っ払いがホームから覗き込んでいる。どうやらこのふらついた酔っ払いに結果として押されて転落してしまった様だ。
キキーッ!
近付く電車のライトの眩しさにようやく事態の深刻さに気が付いた!
だがそれも後の祭り。このままでは乗る筈だった電車に轢かれてしまう!
急ブレーキの音が響く!
ライトがとにかく眩しい!
身動きが取れない!
それが最後の記憶だった。
◯▲△
「気が付いた? 油断したわね。大丈夫?」
「ああ、すまない」
敵の予想外の敵の一撃を喰らってしまった俺は戦いの最中で意識を失っていた様だ。
意識を失うとこの世界の住人になる前の記憶、日本のブラック企業に勤めていた頃の記憶が蘇る事が有る。しかし今は目の前の戦闘に集中だ。
「戦闘はどうなった?」
「何も問題ないわよ。もう大丈夫みたいね。私も戻るわ」
その言葉に安心して状況判断する。俺達の前では、満身創痍のリザードマンが慌てふためいているがそんな光景は見慣れている。
そのリザードマンに先程まで俺を介抱してくれた姐さんが戦闘に戻るとさっきとは打って変わって強気な声を掛ける。
「アンタさぁ、悪いんだけど私達がその気になりゃアンタとっくに死んでるわよ。ケインに八つ裂きにされて!」
「姐さんヒデェな。八つ裂きにはしねぇよ。4、5回斬るだけだぜ!」
答えたケインは22歳の剣士だ。短い金髪で筋骨隆々。如何にも脳筋って感じだが気はいい奴だ。そこそこイケメンだし。
「4回斬る時点で八つ裂きじゃない。偉そうにしているから少しは見所が有るかと思ってあげたのに期待外れもいい所よ。つまんないトカゲね」
冷徹な吐息と共に姐さんが言い捨てた。
姐さんと呼んでいるるこの美女、モデルの様なスタイルに長いウェーブの掛かったシルバーブロンドを煌めかせている。本名はアリー。29歳の筈。
筈というのは、ここ1年以上は年齢の話題には触れられないからだ。触れた瞬間にこの世から消される。そんな絶対的な圧を彼女は持っている。
「ふざけんじゃねぇぞ! これでも喰らいやがれ!」
リザードマンが破れかぶれに口から火を吹いた!
が、それが俺達に届く事は有り得ない。
炎を一気に冷ます様な姐さんの声が声が響く。
「アンタさぁ、この私の防壁をこんなショボい炎でどうにか出来ると本気で思ってる? バカなの?」
ちなみに姐さんは別に挑発している訳ではなく、自然な感想を口にしているだけだ。
「まぁまぁ姐さん、落ち着いて下さい」
姐さんをなだめながら赤髪のツインテールを揺らしてニーナが前に出て来た。
「相手はトカゲなんですから」
「トカゲトカゲうるさい! 聞いて驚け! 俺は魔王軍四天王の1人、ジェラフニード様配下16将の1人、オリズオン様が四天王の1人、灼熱の…」
「息が臭いのでしゃべらないで下さい」
ニーナが放った容赦無い水魔法がリザードマンにそれ以上名乗る事を許さなかった。
水の塊に首から上を捕らえられたリザードマンは声を発するどころか呼吸も出来ない筈だ。
その証拠に金魚鉢の様に顔を覆っている水を取ろうと必死にジタバタしている。
このニーナ、見た目は可愛らしい少女なのに、実にえげつない魔法を使う。
「この前はあの水を顔に留まらせた状態で凍らせましたけど、今度はどうしましょう? 沸騰でもさせます? でも茹でたトカゲの臭いって遠慮したいですよね。取り敢えず1回解除しますね」
面白そうな始末の仕方が思い付がなかったか、ニーナは魔法を解いてしまった。
「よく分からないけど四天王の配下の16将の下って、魔王軍の70位タイくらい? やっぱりザコね」
「うるさい! さっきからザコとかトカゲとか好き勝手に言いやがって。お前らは何者だ?」
窒息の危機から脱したリザードマンが必死な形相で声を裏返して聞いて来た。敵ながら必死過ぎて哀れになる。
「あっ、聞かれちゃいました。さぁリーダー、出番ですよ!」
「また俺がやるの?」
ニーナが瞳を爛々と輝かせ明るく言って来る。断れる雰囲気では無い。
名乗りを上げるって正直めんどくさいんだよな。こういう事は全部リーダーである俺に回ってくる。いつもの事だけど。
底辺を這いつくばっていた負け組の時には分からなかったけど、リーダーって本当にめんどくさい!
只の雑用じゃねぇか!
書き溜めが有る限りは毎日更新します。
よろしくお願いします。




