第一人者
執政官であるコルネリウスとセンプローニウスは家族との再会もつかの間、元老院に直行して事の次第を報告する義務を負っていた。元老院に向かう父に付き添いながら、プブリウスとラエリウスも歩調を合わせた。
元老院の議長は本来、一方の執政官が務めるのが慣例だが、今回は元老院議員の第一人者であるクィントゥス・ファビウス・マクシムスがその壇上に登った。第一人者とは、三百人程で構成される元老院議員の中で最も権威ある者のことで、言わば元老院の長と言ってよい。これまで幾人もの執政官を輩出してきた名門ファビウス一門の筆頭であるマクシムスは五十八歳、執政官に就くこと二回、北イタリアでのガリア人との戦いで勝利を収めた戦歴も輝かしく、まさに第一人者としての風格を持ち合わせていた。
緊張した面持ちで講堂の中央に立ったコルネリウスとセンプローニウスは、ファビウスの悲痛な面持ちに改めて敗戦の責任を感じていたに違いなかった。
「お集まりの元老院議員諸君よ、すでにローマ本土北方で行われたカルタゴとの戦いの結末を知らぬ者はいないであろう。
今日、カルタゴ軍と戦った者たちがローマに帰ってきたが、その数は半分にも満たない。多くの市民の血が流れ、多くが帰らぬ人となった。今も捕虜として苦難の日々を過ごしている者たちも大勢いるだろう。この度の戦いで、どれほどの犠牲者が出たのかはまだ正確にはわからないが、まずは死んでいった者たち対して哀悼の意を捧げようではないか」
ファビウスはそう言って目を閉じた。講堂にいる者もそれに倣う。
「家族や友人、恋人を亡くした者たちの悲しみと怒りは想像できよう。私は今回の責任の所存をはっきりさせておく必要があると思うが、皆はどうであろう」
答えを聞く必要などなかった。元老院は殺気立った雰囲気でファビウスの次の言葉を黙って待っている。
講堂の中央付近には元老院議員が座り、その周りを傍聴する市民が取り囲んでいる。プブリウスとラエリウスは講堂の隅でファビウスの言葉を聞いていた。
父に敗戦の責任などあるはずがない。ハンニバル相手では誰でも同じ結果になっていたに違いない。プブリウスは両手の拳を強く握りしめ、いつもよりも小さく見える父の背中をじっと見つめていた。
ローマでは、執政官は敗戦の責任を問われない。これは毎年のように変わる執政官にいかんなく戦場で采配を振ってもらうための配慮であり、敗戦の責任で罰せられた者が平民出身者であれば平民から、貴族出身者であれば貴族からの不満が高まり、国が一致団結しなければならないときに平民と貴族とが無用な対立をするのを防止する狙いもあった。そのため、コルネリウスとセンプローニウスが今回の敗戦の責任を負って罰せられることはなかったが、責任を負わされないというだけで、責任の所存がうやむやにされるわけではなかった。ここで、コルネリウスがこれまでに築き上げてきた名声を大きく失うことになれば、コルネリウス一門やスキピオ家の失墜につながる恐れもある。もっとも、プブリウスが心配するのは父のことだけであり、一門や家のことなどどうでもよかった。ただ、最善を尽くしてきた父の努力が報われてほしいと思うだけだった。
「まずはコルネリウス殿だが、マッシリアでのカルタゴ軍捜索から始まり、カルタゴ軍のアルプス山脈越えに迅速に対応してみせたのは評価できる。二個軍団をグナエウス殿に託してヒスパニア攻略を維持したのも適切であった。ティキヌス川では敗戦したが、橋を破壊することで敵の追撃を振り切り、被害を最小限に抑えたのにも一定の評価を与えてよいだろう。敵が非常に高い騎兵戦力を有していると予測できておれば言うことはなかったが、そのことだけでコルネリウス殿を無能だとするのはいかがなものだろうか。
その後、適切な場所に陣営を築き、援軍を待つといった判断も決して悪いものではない。援軍到着後もその地での冬営を主張し、カルタゴ軍との即時開戦を否定していたとも聞く。
元老院議員諸君、どうであろうか。コルネリウス殿には兵を率いてヒスパニアに行ってもらい、兄のグナエウス殿と協力してヒスパニアのカルタゴ勢力に対処してもらうというのは。コルネリウス殿ならきっと我々の期待に応えてくれると思うのだが」
プブリウスは胸を撫で下ろし、父の偉大さを再確認するとともにファビウスの見識の高さにも尊敬の眼差し向けた。
ファビウスが下したコルネリウスの処遇に対して反対する者もいたが少数で、大勢がファビウスを、コルネリウスを支持した。コルネリウスは執政官と同じように兵を指揮できる前執政官に任命され、すぐさま名誉挽回の機会が与えられたのだ。




