218 魔法青年は裏からサポートする
よろしくお願いいたします。
カーヤはチェルシーを訪ねるときには一人で向かうと決め、コーディは毎回見送った。
彼女を迎えに行くまでの間に、異世界にいる皆の無事を確認し、さらに別の異世界も覗き見た。
地球の仙人のところへも数回顔を出した。
そうして一月も経たないころに、ガスコイン邸に行ったカーヤが初めて通話の魔道具を使って連絡してきた。
『コーディ様!チェルシーさんが、産気づかれました!陣痛が、もう五分間隔になっています!』
焦った声の向こうから、ほかの人たちの声や足音が聞こえる。
「わかりました。チェルシーさんの意識はありますか?」
『はい、お話はしっかりできています』
陣痛だとわかって混乱しているだけで、緊急を要する状態ではないようだ。
「僕もすぐに向かいますが、多分初産なので出産の進行は遅いと思います。痛みのないときに水分をとって、食べられるものを何でもいいので食べてもらうようにしてください」
『そうなんですね、わかりました!すみません、チェルシーさんが口に入れられそうなものを――』
ブツリ、と通話は途切れた。
カーヤは、チェルシーの治療を行う中で、少しずつ彼女と親しくなっていった。
アルピナ皇国は男尊女卑な文化の国だったし、魔塔もどちらかというと男性社会だ。
男爵家の跡取りとして立つチェルシーと話すうちに色々と刺激を受けたことで、これまでとは違う考え方を受け入れるきっかけになったらしい。
カーヤ自身が、主体的に動くことに前向きになっているのだ。
名目だけではなく、執務や防御といった方面からも、チェルシーはきちんと次期領主として動いていた。
今は妊娠と出産のために一時的に現男爵夫妻や夫のスタンリーに頼っているが、それは織り込み済みのことである。
自立した彼女のあり方に、良い影響を受けているようだ。
「なんにしても、チェルシーさんがガスコイン領の要であることには違いないからな」
自分の言葉にうなずいたコーディは、借家の鍵を閉めて空に飛びあがった。
ガスコイン邸は、思ったよりも落ち着いていた。
中心となって取り仕切っているのは現男爵夫人、チェルシーの母のようである。
予定日よりも少し早かったが、予想の範囲内ではあった。
きっと、出産に必要な準備はすでに終わっていたはずだ。
「失礼します」
いつもなら誰かがいるエントランスだが、さすがに人がいない。
遠くで誰かが話す声と、動く人の気配がする。
以前から、出産の際には控えておくと伝えておいたので、コーディは遠慮なく邸内にお邪魔することにした。
産室には、一階にある部屋が選ばれていた。
そこからほど近いプライベート用の応接室に、スタンリーと現ガスコイン男爵がいた。
スタンリーはソファに浅く腰かけて、落ち着かない様子で手を組んで拳に額を当てている。
一方のガスコイン男爵は、ゆったりと構えているように見えて、つま先が忙しなく動いている。
産室の控室にも入れてもらえない男性陣は、ただそわそわと待つしかないのだ。
「こんにちは、コーディです」
開けたままの扉をノックすると、二人はほぼ同時に顔を上げた。
「コゥ!来てくれたんだな」
「一応、医療魔法を使える身としてね。産医の人もいるからすることもないけど、魔法を使うなら役に立てるだろうから」
出迎えてくれたスタンリーについて部屋に入った。
ガスコイン男爵とはすでに面識はあるが、いつもの落ち着きがぽろぽろと剥がれ落ちている。
顔色が真っ青だ。
「来てくれてありがとう。娘を、どうか頼む!」
「落ち着いてください。産婆さんたちも慌てた様子はありませんし、今のところ順調に進んでいるようですから」
コーディが静かに言うと、男爵はゆっくりと息を吐いてからうなずいた。
「そう、そうだな。しかし、落ち着こうにも落ち着けないんだ」
娘の出産となれば、妻とはまた違った不安があるだろう。
コーディは、ワゴンに置かれていた紅茶セットを確認し、魔法でお湯を沸かし直した。
「お茶を淹れます。カーヤも付いていますし、産医の方ももういらっしゃっているんですよね」
ポットの水を詠唱もなく一瞬で湯にしたコーディを見て、男爵は目を見開き、スタンリーは力なく笑った。
「コゥは冷静だね」
大丈夫だと断言はできないが、少なくとも環境は整えられているのだ。
もちろん仙人だったころに出産を補助した経験がある、というのも理由にある。
なにより、コーディたちが慌てたところで何の手助けにもならない。
「周りに慌てている人がいると、逆に落ち着くものなんだよ」
コーディは、嘘でも正解でもない答えを口にした。
茶葉を入れたポットにお湯を注ぐと、ふわりと茶の香りが立つ。
爽やかな香りで、二人は少し落ち着いたようだ。
お茶を淹れて二人に出したコーディは、そのまま扉の方に向かった。
「では、僕は控室の方に行きます」
「タルコットくん、よろしく頼む」
男爵の顔色は、少しだけ赤みが戻っていた。
「はい。お任せください」
スタンリーも、少なくとも表面的には落ち着いたようで、カップをゆっくりと机に置いた。
「ありがとう。僕たちはここで、政務の話でもしているよ」
「それくらいで良いと思う。何かあれば呼んでくれる?魔獣くらいなら僕がパパっと片付けてくるから」
「コゥが言うと、本当に数分で帰って来そうなんだよなぁ」
少し笑ったスタンリーは、こわばっていた表情が少し緩んでいた。
「あちらの森くらいなら、数分で行って戻れるよ。だから安心して」
「うん」
部屋を出ると、後ろからスタンリーが男爵に「あれは冗談ではなく事実です」と説明しているのが聞こえた。
とにかく、待機する方が疲れてしまってはどうしようもない。
男性陣のフォローを終えたコーディは、控室に向かった。
控室は産室から扉一枚隔てただけの部屋で、産医がすでに待機していた。
「こんにちは。お邪魔かもしれませんが、補助として控えさせていただきますね」
壮年の男性医師は、落ち着いた様子で柔らかく微笑んだ。
「邪魔だなんて。魔塔の研究者様が手伝ってくださるなら、こんなに安心なことはありませんよ」
扉の向こうからは、チェルシーを励ますような助産師の声と、彼女に話しかけるカーヤの声が聞こえてくる。
どうやら、今は陣痛が治まっているタイミングらしく、何かを飲ませているようだ。
「そのままでいいですよ。こちらをゆっくり飲んでください」
「ありがとぅ」
チェルシーは気の緩んだ声で答えている。
「大丈夫ですからね。順調ですから、休憩しながらゆっくり息を吸ってください。赤ちゃんも今は休憩していますよ」
こちらは多分助産師だ。
「はぃ」
場合によると、ここから二日ほどかかることもある。
今がどういう状況なのかわからないので、コーディはこっそりと魔法を使った。
索敵の応用である。
ゆっくりと探ってチェルシーを確認し、おなかの赤ちゃんの様子も探る。
コーディは、軽く眉をひそめた。
(へその緒が、危ないな)
腹の中で何度も回転していた影響か、赤ん坊の首のあたりにへその緒が絡みそうになっていた。
(だがまぁ、生まれるときに逆側に回転させれば問題はない)
その補助くらいなら、チェルシーにも負担をかけることはないだろう。
コーディは魔法をそのままに、用意されていた一人掛けのソファに座った。
チェルシーが無事に出産を終えたのは、およそ六時間後のことであった。
読了ありがとうございました。
続きます。




