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魔法少年になった仙人じいちゃんの驀進譚(ばくしんたん)◆書籍第二巻発売決定◆ESN大賞7奨励賞受賞◆  作者: 相有 枝緖
第五章

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215 魔法青年は間接的に見守る

よろしくお願いいたします。



ガスコイン邸の執務室のソファに、ふっくらとした腹を抱えたチェルシーが左側を背もたれに預けて座っていた。

顔色はあまり良くなく、心なしか以前よりも頬がこけている。


「スタン、おかえりなさい。タルコット君も久しぶりね。そちらが奥様ね。こんな格好でごめんなさい、何をするにも辛くて」

言葉遣いから、思考はしっかりしていることがわかる。

しかし、声に息が混じっている。

じっとしているだけでも大変なのだろう。


「チェルシーさん、お久しぶり。気にせず、楽な姿勢のままで。こちらが妻のカーヤ。カーヤ、チェルシーさんです。次期ガスコイン男爵です」

コーディは、二人を簡単に紹介した。


カーヤは、一度こちらを不思議そうに見上げた。

それからこちらの意を汲んでくれ、きっちりしたカーテシーではなく軽く礼をする程度にとどめた。

その方が、チェルシーも礼を返さずに済む。


「ガスコイン次期男爵、初めまして。わたくしのことはカーヤとお呼びください。遅くなりましたが、ご懐妊おめでとうございます」

「初めまして、カーヤさん。私のことは、チェルシーでいいわ」

チェルシーは軽く上体を起こそうとした。


誰よりも早くカーヤが動き、チェルシーを支えた。

「チェルシーさん、無理はなさらず。それから、もしよろしければわたくしに診せていただけませんか?」

「診る……?カーヤさんは、お医者様なの?」


「勉強を進めているところです。師は夫のコーディですので、知識と技術はご安心ください」

チェルシーの背中のあたりにクッションを当てながら、カーヤはふわりと微笑んで見せた。


「ふふ。それは頼もしいわね。一応、領地の医師にも診てもらって、母子ともに問題はないと言われているのよ」

ここにきて、やっとチェルシーの表情が和らいだ。


「そうですね。わたくしが診るのは、お二人というよりはチェルシーさんです」

カーヤはソファの横で膝をつき、チェルシーの手首のあたりを握るようにした。

手首のあたりには、吐き気を抑えるツボがある。


「私?でも、悪阻は病気じゃないから何もできないと聞いたわ。吐き気と嘔吐なら、食べられるものを食べて戻す方が良いって」

チェルシーは、不思議そうに首をかしげた。


「もちろん、悪阻そのものは治せません。ですが、たとえば吐き気を少しでも軽くしたり、嘔吐の頻度を抑えたりといったことはできる可能性があります。そのためにも、一度診させてください」

真剣に頼むカーヤの言葉を聞いて、チェルシーはこちらを見た。

コーディは、深くうなずいた。


「……わかったわ。もし軽くなるなら嬉しいし、そのままだとしてもあとひと月ほどで生まれる予定だから」

チェルシーは、丸く膨らんだ腹をそっと撫でた。


「ありがとうございます。では、診察しますので男性は席を外していただけますか?」

柔らかく、しかしきっぱりとカーヤが言った。


頼もしいことだ。

頬を緩めたコーディは、スタンリーを促して部屋を出た。




◆◇◆◇◆◇




「では、失礼しますね。まずは診るだけですので、そのまま楽な姿勢でいらしてください」

カーヤがそう言うと、チェルシーはゆっくりとうなずいて目を閉じた。


室内には、メイドが同席してくれている。

部屋の扉のあたりからは見えなかったが、ソファの陰になるところに小さなたらいが置かれていた。

嘔吐するときのためのものだろう。


チェルシーはどう見ても顔色が悪く、肌の艶もあまりない。

カーヤは、そっとチェルシーの手を握った。


「では、今から診せていただきます。そのまま、ゆっくりと息をしていてください」

「わかったわ」

チェルシーが落ち着いているのを確認し、カーヤは()()として教わった魔法を使った。

体の状態を、魔力を通して診るのである。


(血の巡りは悪くない。体温も正常。病気の可能性はなし。赤ちゃんの成長も問題はなさそう。馬車酔いのときに反応している部分は……)

相手の魔力を邪魔しないように、そっと確認していく。


魔力に敏感な人の場合、この診察でも気分が悪くなることがある。

特にチェルシーは気分が悪い状態だから、慎重に診ていった。


そして予想通り、馬車で酔っているときと似たような部分の乱れを見つけた。

馬車酔いを軽くする治療なら、何度か経験がある。

しかし、妊婦に医療魔法を使うのは初めてだ。


カーヤは、細心の注意を払って、慎重に魔法を行使した。


「……あら?」

チェルシーが、首元に手を置いて一つ息を吐いた。


「軽くなりましたか?」

「ええ。すぐにでも嘔吐しそうな感じだったのに、気分の悪さが引いていったわ」

微笑んだチェルシーを前に、しかしカーヤは眉を下げた。


「これはあくまで一時的なものなので、完全になくすことは難しいです。多分、時間が経つと戻ってきます。わたくしがこちらにいる間は、定期的に治療いたしますね」

そもそもの原因が妊娠なので、根本的な治療はできない。


握っていた手を放すと、カーヤはそっと立ち上がった。

チェルシーは、探るようにしながらソファに座り直した。

気分の悪さは治まっても、赤ちゃんを抱えているお腹は重いだろう。


メイドが近寄ってきて、いくつかのクッションを積んでチェルシーが座りやすいように調整した。

「ありがとう。少しの間だけでも、吐き気がなくなるだけで全然違うわ」

ほわりと微笑んだチェルシーは、やつれているのに美しい。


「いいえ。わたくしに任せてくださってありがとうございます」

カーヤが微笑み返すと、チェルシーがソファをすすめてきた。


「そちらにおかけになって。私、カーヤさんに聞きたいことがあったの」

「失礼します。なんでもご質問くださいませ」

ソファにゆったりと腰かけたカーヤを見てから、チェルシーはメイドに声をかけた。


「ブリタニーが送ってくれたフルーツティーがあったでしょう?妊婦でも安心して飲めるっていう。あれを淹れてきて」

「かしこまりました」


メイドが立ち去り、室内は二人きりとなった。


カーヤは、気持ち背筋を伸ばして言葉を待った。


「ねえ、カーヤさん。タルコット君は、無茶なことばかり言ってない?カーヤさんが無理をしていないか、ずっと気になってたのよ」

ゆるりと首をかしげたチェルシーがかけた言葉は、カーヤの予想とはかなり違うものだった。

彼女の表情も、裏などなく純粋に心配しているようである。


「無茶、ですか?特にそんなことはないと思います。わたくし自身も、無理はしないよう言われておりますので」

カーヤが思わず頬に手を当てて言うと、チェルシーはその表情を見落とすまいとするようにじっと見つめてきた。


「本当に?毎朝何十キロも走らされたり、一人で魔獣退治をさせられたりしてない?聞いたことのない魔法理論を当たり前のように説明されたり、新しい知識を怒涛の勢いで詰め込まれたりもしてない?」

チェルシーは、見てきたかのようにそう言った。


そんなことはない、と言いかけたカーヤは、しかし開きかけた口を閉ざした。


毎朝のランニングは、このところ十キロメートルほど走っている。

冒険者登録をしてすぐ、コーディの見守りつきではあるが、一人フレイムウォルフを討伐した。

新しい魔法の理論を聞くのはいつものことだし、あまり休まず勉強を続けている。


自分としては無理はしていないし楽しい。

しかし客観的に見たら、チェルシーの言うとおりである。


その様子を見て、チェルシーは身を乗り出した。

「やっぱり!タルコット君ったら、無茶ばっかりさせてるのね?!」

「いえ!違います!わたくしとしてはとても楽しんでおりましてっ!」

カーヤは思わず声を張った。


そうしてカーヤは、自分がいかに楽しいかを説明した。

チェルシーからは、学生の頃のコーディのやらかしを聞かされた。


カーヤの夫は、昔から変わらず魔法に向かって一直線だったようだ。



読了ありがとうございました。

続きます。

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