216 魔法青年は語り合う
よろしくお願いいたします。
一方、男性陣は応接室へ向かった。
ほかにすることもないので、旧交を温めようというわけだ。
「現男爵は、今は王都に行ってるんだね」
「手続きと根回しの両方でね。チェルシーが出産して落ち着いたら、爵位を継承する予定なんだ。もちろん、子育てがあるから義父上が完全に仕事を手放すわけじゃない。僕も、仕事はもちろん、父親としてもできる範囲を広げておかないとね」
男爵の代理を務められる伴侶になる、そして父になる、ということに、スタンリーは随分と張り切っているようだ。
「社交は今の男爵夫人が中心になってくれてるんだっけ」
「チェルシーも対応してたんだけど、悪阻が酷くなってからはほぼすべて義母上に頼り切りで。本当に、頭が上がらないよ」
眉を下げるスタンリーだが、そこには信頼が見える。
良い関係を築いているようだ。
「スタンは、領地の守りを完全に任されてるんだろう?」
コーディが聞くと、スタンリーは自信をにじませた笑顔を浮かべた。
「うん。騎士団とも連携して、定期的に森の方にも出てる。確実に僕の経験が役立つところだからね。それに、コゥと一緒にしていた訓練を少し調整して、騎士団でも実践してるんだ。それに関係あるかどうかはわからないけど、魔獣の気配に鋭くなったみたいで。駆けつけるのが速くなったから、ここ三ヶ月は領民の被害がゼロなんだよ」
着実に、ガスコイン領は防御力を高めているらしい。
大陸中に魔力が散ったので、それくらいでちょうどいいのではないだろうか。
「それは良かった。国から通知があったと思うけど、魔法陣も随時配布されるし、追加分は購入できるはずだから。上手く活用してほしい」
コーディが言うと、スタンリーはうなずいた。
「あの、魔力を霧散させる魔法陣とかすごく便利だよね。ただ、使い方は気を付けないと。味方の魔法を霧散させることもあるから、これからも訓練が必要かな」
確かに、魔獣だろうが人だろうが魔法そのものに違いはないので、魔法陣は区別せずに霧散させてしまう。
「味方の魔法を霧散させるのは問題かな。でも、人が攻撃しないとは限らないからなぁ」
夜盗のような者たちがいないわけではない。
今のところ気配すらないが、戦争の可能性も完全に否定することはできない。
ならいっそ、敵対者かどうかを判定する内容を組み込んでみても、と考えるコーディを見て、スタンリーは苦笑した。
「こちらの工夫でどうにかなるから、改良とか考えなくていいよ。それより、コゥはこれからどうするの?魔塔での研究は少し置いて、あちこち行くって聞いたけど」
改良を検討しかけていたコーディは、思考を止めてスタンリーを見た。
「うん。次はズマッリ王国に行って、ヘクターとブリタニーに会おうと思ってる。結婚式はまだだけど、もう籍は入ってるから、お祝いを渡そうと思って」
「良いと思う。きっと二人とも喜ぶよ。結婚式のときはまた来るんだよね?」
あと半年ほどで、披露宴を兼ねた結婚式を行うそうだ。
籍を先に入れるという変則的な方法をとったのは、ズマッリ王国での立場もあってのことらしい。
コーディはうなずいた。
「うん。招待状ももらってるし、二人で出席するよ」
「良かった。多分、チェルシーも行けるはずだから。子どもは式には出席させないけど、あちらには連れていくかもしれない。そのときの体調を見て決めると思う」
「ここからなら、そんなに遠くないから負担も少なそうだね」
コーディが同意すると、スタンリーも表情を緩めた。
「できれば一緒にいてあげたいから」
どうやらスタンリーは、もう父性に目覚めているらしい。
良い傾向だ。
「ズマッリ王国に行った後は、確定はしてないけどハマメリス王国に行ってみたいと思ってる。いろんな魔法の資料がある国だよ。あとは、ロスシルディアナ帝国の皇女殿下に挨拶にも行かないと。ゲビルゲ山岳地帯のヴェヒターの人たちともまた会いたいし、アレンシー海洋国も、コルニキュラータも、まだ足を踏み入れてない国にも行ってみたいかな」
カーヤとも話していたことだが、行きたいところがたくさんある。
彼女に学びを与えることも重視しているが、カーヤが望むように、あちこち移動しながら沢山の人に医療を施すことが目的だ。
さらには、カーヤが『将来的に住みたい』と思える国が見つかれば僥倖である。
ついでに言えば、このフロース大陸から外にも出てみたい。
元のコーディや六魔駕獣たちの生まれ変わりの様子も定期的に確認しておきたい。
もちろん、スタンリーやヘクターたちにも会いに来るのを忘れるつもりはない。
ふと、コーディは自分に関わる人たちがいることに、改めて思い至った。
一番近くにいてコーディの言動に付き合わされているのは、カーヤである。
前世よりもずっと深く、多くの人と関わっていることに気づいて、コーディは頬を緩めた。
それは、とてもあたたかい。
同時に、ほんの少し煩わしい。
けれども、そのすべてが愛おしい。
だからこそ、コーディは自分の『上界真人』としての能力を把握しなければならない。
前世で会った青い髪の上界真人は、老成した雰囲気なのに若く見えた。
人としての在り方から外れているようなら、少なくともカーヤと家族である間はバレないようにすべきだろう。
親しくなった人たちに畏怖されるなど、コーディは望んでいなかった。
◆◇◆◇◆◇
珍しく、カーヤが真剣な表情で「話がある」と言いだした。
夕食後のティータイムにガスコイン邸の客室で向き合って座れば、カーヤはぎゅっと両手を握りしめてから口を開いた。
「わたくしは、チェルシー様が無事に出産されるまでこちらに滞在したいと思っております。大したことはないのですが、どうしても気になって」
「わかりました。スタンにも伝えて、近くの宿か家をしばらく借りましょう。何が気になったんですか?」
すぐにうなずいたコーディに、ほっとした表情を向けたカーヤは、しかしすぐに表情を引き締めた。
「その、お腹の赤ちゃんが元気すぎて、かなり動いているのです。コーディ様に教わった『逆子』の状態で生まれそうになった場合、魔法で補助したいと思っております」
「なるほど。確かに、逆子での出産は危険がありますね。僕が産室に入るのは最終手段として、何もなくともカーヤが補助できるように頼みましょう」
プラーテンス王国では、出産に関する部分は女性だけで対処する。
産婆や看護師、雑用に至るまですべて女性がまかなうのだ。
産科医はほとんど男性で、男性の医師は出産のときには立ち会わず、危険が予測されるときには別室で待機する。
男性医師は、万が一のときだけ産室に足を踏み入れるらしい。
カーヤは医療を学んで実践してきている医師の卵なので、チェルシー本人と現ガスコイン男爵夫人が認めれば、補助として同席させてもらえるだろう。
コーディがそう言うと、カーヤは力強く首を縦に振った。
「はい、お願いいたします。予定はあとひと月ほどですから、その間に出産に関することをもっと学びたいのです。それと、できれば毎日体調を整える魔法を使って差し上げたいです」
ぎゅう、と左手を握る右手が軽く震えている。
だからコーディは、にっこりと微笑んでから深くうなずいた。
「もちろんです。僕も友人のことは心配ですから、むしろお願いしたいくらいです。僕の持てる知識を、余すことなくお伝えしますよ」
「ありがとうございます!」
黄色い目を緩めたカーヤは、握りしめていた手を解いて小さく息を吐いた。
読了ありがとうございました。
続きます。




