213 魔法青年は後から知る
よろしくお願いいたします。
カーヤは、緊張しつつも帝国の第二皇女殿下とやりとりする手紙を楽しんでいるようであった。
そもそも学ぶことが好きなのだろう、帝国の文化や歴史の裏話までよく知る皇女殿下の話は、カーヤにとって良い刺激になっていた。
魔法についても、コーディに聞きながら語り合っているようだ。
ちなみに、何度か宛名のない手紙が転送の魔道具から送られてきた。
魔道具は義理の父となったヘルツシュプルング公爵と繋がっているものだとわかったが、「お前のせいで」「なぜ私がこんな目に」といった文句しか書かれておらず、どちら宛てなのかすらわからなかった。
しかも、愚痴か八つ当たりのような内容だけで、「助けてほしい」といった要求は全く書かれていなかった。
だからコーディは、それを愚痴る先がない公爵のただのストレス発散として処理し、カーヤには伝えなかった。
八つ当たりだとしたらただ煩わしいだけなので教える必要がないし、こういう文句は捨て置くのが一番効果的なのだ。
気がつけば数ヶ月以上経ち、公爵からの手紙が来なくなった。
そして、公爵ではなく別の人からの手紙が、公爵との転送の魔道具から届いた。
「カーヤ、今いいですか?」
「はい、なんでしょう」
少しずつ医療の知識を学び始めているカーヤは、第二皇女殿下宛ての手紙を書いている手を止めた。
「手を止めさせてすみません。どうやら、ヘルツシュプルング公爵の領地経営が成り立たなくなり、調査の際に色々と違法な処理の痕跡が見つかったため、処分されたと知らせがありました。領地の接収と伯爵位への降爵、宮廷貴族への変更、義兄上への当主移行に加えて、違反金として多くの財産が没収されたようです。連絡手段だった手紙転送の魔道具は、高価な財産ということでアルピナ皇国の政府に没収されました。また、少し前にご両親が離婚され、義母上が修道院に入ったそうです」
それを聞いたカーヤはポカンとした後で、困ったように首をかしげた。
「まあ。それならきっと、修行のつもりで宮廷の役人をされていたお義兄様は大変なんでしょうね」
「すでに宮廷で働いていらっしゃったんですか?」
コーディは、あまりにも興味がなくてカーヤの義兄や義姉のことはほとんど知らなかった。
「ええ。お父様が、『宮廷でも重用されている優秀な後継ぎ』とあちこちで自慢されていましたから。給与も良いようですし、生活はきっと大丈夫だと思います」
うなずいたカーヤは、淡々と答えた。
大した感情も浮かべていないから、本当にただ事実を認識しただけのようだ。
コーディとしては、二度と関われないよう、どううまく派手に関係を断ち切るかを考えていた矢先のことだったので、ものすごく拍子抜けしてしまった。
こちらが何もしなくても、公爵家は自らの業を自ら得てしまったのである。
「それなら何とかなりそうですね。あと、この魔道具の片方を政府が持っていても役に立たないので、もしよければ皇弟殿下が二つ合わせて買い取りたいということなんですが、お送りしてもかまいませんか?」
「確かに、その状況でわたくしたちが持っていても困ってしまいますね……。お渡ししていいのでは?」
頬に手を当てたカーヤは、そのまま少し考えた。
「お義兄様とも、お義姉様とも、お義母様ともやり取りなどしていませんでした。お父様も、買い直すことは難しいのでしょう。それなら、魔道具はいっそ引き取っていただいて、少しでも違反金に充てる方が良いと思います」
カーヤは、『なんかかわいそう』という表情を浮かべていた。
他人事と捉えられているなら、もう心配はいらない。
「わかりました」
コーディは、良い笑顔で答えた。
後日、魔塔にあるアルピナ皇国とのやり取りに使う転送の魔道具を通して、コーディたちが持っている片割れを送った。
こちら側の買い取り分も、元公爵の違反金に当ててもらうように手紙を添えた。
ついでに、ヘルツシュプルング公爵あらためヘルツシュプルング伯爵へ、今後はそちらも忙しくなるだろうから、親戚としてのやり取りを控えようと手紙を書いた。
親戚の交流としては基本的に、年に数回ほど手紙を添えて何かを贈り合うそうだ。
公爵からは手紙以外に何も受け取っていなかったので、そもそも『やり取り』は始まってすらなかったのだが。
当主はすでに義兄に変わっていて、コーディは会ったこともない。
こんな状況で当主同士のやり取りで高い輸送費を出して物品を送るよりも、義兄はもっと色々とやることがあるはずだ、と気づかってみせた。
要するに、親切を装った断絶である。
今後、向こうが関わろうとしても、こちらが『研究で忙しい』と断るつもりだ。
手紙転送の魔道具がなければ、直接の連絡はほぼできないに等しい。
気をつけるとしたら、アルピナ皇国へ出向いたときくらいだろう。
元公爵については、爵位も財産も領地も取り上げられて、プライドがずたずたになっているに違いない。
こちらは、突き放すだけで充分である。
コーディはそんな風に考えていたのだが、さらに数ヶ月後にはその心配すらなくなった。
「皇弟殿下が、ですか」
それを聞いたカーヤは、黄色い目を丸くした。
魔塔に伝わってきた話は、一部の人たちの話題に上っただけですぐに消え去った。
「はい。皇王を捕縛し、革新派が城を押さえ、政府機関も軍も、内部にいた革新派が動かして制圧したそうです」
コーディが言うと、カーヤは思い出すようにうなずいた。
「皇弟殿下は、中立派だったと記憶していますが……。本当は革新派だったのですね」
カーヤによると、革新派は大多数を占める保守派の逆をいき、伝統を重んじるよりも他国のあり方を取り入れることを主張していたそうだ。
貴族のあり方しかり、勉学や魔法の男女平等しかり。
なんとなくだが、コーディが売り渡した手紙転送の魔道具が革新派を取りまとめるのに一役買っている気がする。
とはいえ、コーディは道具を提供しただけなので、ほんの少し情報伝達が円滑になった程度だろう。
つまり、遅かれ早かれ、この流れは変わらなかったと言える。
「なるほど。では、アルピナ皇国もまた変わりそうですね」
「はい。少なくとも、『自国は自国の力で守るべきだ』とおっしゃっていた皇弟殿下が皇王となられるのであれば、他国との軋轢も解消されていくでしょう」
古い体制を崩して、新しく国を組み立て直すことになるのだろう。
カーヤの話を聞く限り、いい方向に変わりそうである。
「義兄上や義姉上がどうなさっているか、確認しますか?」
コーディは、一応確認した。
質問されて初めて気づいたという表情のカーヤは、少しばかり逡巡した。
「お義姉様の旦那様は中立派の中核におられた方なので、多分大丈夫でしょう。お義兄様も、降爵によって派閥から弾かれた上で必死に働いていたはずですから、きっとご無事かと。もし何かあれば連絡がくるでしょうし」
「便りがないのは良い便り、とも言いますからね。では、こちらは変わらず旅の準備を進めましょうか」
便りすら出せない、という可能性もあるが、そこまで配慮する必要性も感じない。
コーディの提案に、カーヤは笑顔でうなずいた。
「はい」
実は、ヘルツシュプルング家は最終的に貴族位すら失っていたのだが、それを知るのはもっとずっと後のことであった。
読了ありがとうございました。
続きます。




